13 地獄の沙汰もドジっ娘次第!?
「遅刻遅刻ぅー!」
ほんのり鼻にかかったハスキーな萌え声が聞こえたら、全力で回避行動を取るべし。今日を生きるための鉄則だ。
時刻は朝八時。
右方向から不穏な足音。
忘れ物を取りにもどったのが
いや、まだ尽きてない。そう簡単に尽きさせてなるものか。
「朝っぱらから逝ってたまるか……」
このまま進んだら美少女に
百五十一回目の
この
攻略法は
――いざ。
「おはよう、チカ!」
「ふぇえ!? ほーちゃん、避けてぇえ」
まずは猛スピードで迫る涙目のセーラー服美少女の前にとび出し、すばやく両腕を広げてアピール。
チカは止まらない。ショートカットのおかっぱ髪をなびかせ、黒タイツに覆われた細い脚をフル回転して、住宅街の急斜面を駆け下りてくる。
腹をくくれ。女は度胸。信じるのは、あたしじゃなくてチカの運動神経。あとは
ぐんぐんと加速度的に近づいてくる美幼女フェイス。童顔の美少女が涙を浮かべ、頬を染めて飛びついてくるなんて、命かかってなければご褒美か、も、ね。
「ほ、ほーちゃん……チカのこと、受けとめ……」
――……む、
「無理ィイイ――!」
「ほーちゃぁぁあああん!?」
ぐらりと傾いだ身体を感じた途端、ドクリと跳ねた心臓の拍動が、締めつけられるように乱れて、止まった。
†
「おやおや、お帰りなさいませ。
手持ちの
コツコツ、と小槌を鳴らしながら、いかにもダルそうに、対面の床に正座する
「高校生と曲がり角で正面衝突。心停止後、転倒して電柱に後頭部を強打。はて。一体全体どうしたら、曲がり角で、正面衝突、するんですか」
「うるせーあたしなりに必死なんだ」
「無駄な努力をするより、あの子から離れたらどうです? ……ま、いつも通りサービスしときますよ」
ポン、と『却下』の判が押され、あたしの死因は決裁箱の中へと消える。
「それでは火垂さん、どうせすぐに会えますから強く死んでください。あ、まちがえました。生きてください」
「おい今のわざと――」
カァンと高く打ち鳴らされた小槌の音とともに、あたしの
くそ、足が痺れて立てない!
†
「だ、大丈夫? ほーちゃん、痛くない? 生きてる?」
目を開けると、うるうると目を潤ませた美少女の顔面ドアップがあった。
「平気……」
死んでたけど。でもよかった。意外と力の強いチカに抱きつかれたら、また閻魔の顔を拝むことになりかねない。
チカと離れたら、心配なのはこの子の方だ。入学以来なにかやらかすたびに心臓を止められながら世話を焼いてきた。手のかかる妹のようで見捨てられない。
「あんたさぁ、せめてもうちょっとどうにかしなよ。どうやって生きてく気?」
「ほーちゃんがいれば平気だよ?」
「あのね……チカ。もうすこし将来のことを」
「ほーちゃんと結婚するからいいもーん」
えへへ、と照れ笑いをするチカは、かわいすぎて心が痛む。あたしの虚弱心臓よ、もってくれ。
こうやって、なあなあにしてきたのがよくないんだ。今日こそは心を鬼にする。
「いい加減にしなさいよ! 真面目な話してるんだからふざけないで」
「えー? ふざけてないよ」
「あたしと結婚なんてできるわけないでしょ! そりゃ海外なら理解のあるところもあるみたいだけど、そんなのごめんだからね! あたしは、日本で、普通に籍入れて、普通に暮らしたいの!」
「うんうんいいね、ずっと一緒に暮らそ」
「話聞いてた? 日本では同性結婚できないの。チカ。あんたがよくてもあたしが無理。いくらあんたがかわいくても、女同士は絶対無理」
「うん、だから問題ないよね」
「あんたは女の子、あたしは――」
「え? チカ、男の
……。
…………。
は?
「ごめんちょっと耳おかしくなったみたい。もう一回言ってもらっていい?」
なんだか眩暈がする。ふらつく頭を支えながら、どうにか心臓の跳ねを抑えようとする。待って待って待って待って待って。
チカ。
あたしの親友。クラスメイト。
あれ、チカのフルネームってなんだっけ。
教室の並びは男女混合。
トイレ。更衣室。
着替え一緒に……したことない。
入学式の列、どこに並んでた、っけ?
「だからぁ、チカは、立派な男の娘ですぅ。女の子がスラックスで通えるのに、男の子がスカートで通えないなんておかしいよね! って、抗議したのー。面白半分に女装して乗りこんだら、カワイイからオッケーとか言われちゃって、引っ込みつかなくなったかんじ? きゃはは! ――
叫ぶ声は言葉にならず、美少女の口から放たれた重低音に、あたしの心臓はあっさり止まった。
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