3 そこでコケろォおおおおおおおッッ!!

 俺は知ってる。


 幼馴染みのアイツは、めちゃくちゃドジだ。

 運動神経が最高に悪いから、顔は可愛いのに膝も腕も擦り傷だらけ。


『えへへぇ……またコケちゃったぁ……』


 あまりにもコケるせいで、高校二年生になった今は最早誰も反応しない。

 俺以外は。


『……お前は本当に、何で俺がいない時を狙ったようにコケるんだよ』

『ご、ごめんねぇ……』


 一緒にいる時はともかく、毎日百発百中で助けられる訳じゃない。


 だから俺は絆創膏もガーゼも消毒薬も常備してる。

 自分で準備しろと思わないこともないが、常備してる。


『今日は絆創膏で大丈夫だな』

『う、うん、ありがとう』


 そうして、ちょっと申し訳なさそうに、にへへ、と笑うコイツが、俺は好きだ。

 コケるのに呆れはしても、バカにしたりはしない。


 だから、だから。


 お前が甘やかすからコケ癖が直らないんじゃないか、と言われても。

 あんだけコケるのは何かの病気だ、と言われても。


 俺は絶対に、それを直すようにとは、言わなかった。

 体に傷がつくし、痛い思いをするのに、酷い奴だと思われても構わなかった。


 コケていい。

 コケて良いんだ。


 俺は、絶対にコイツを助ける・・・為に、そのクセを直すように言わなかったんだから。


 そうして、今日、この瞬間だ。


 高校2年生の夏休み。

 アイツとの買い物の待ち合わせ。


 昔は、コケ癖を直せと言っていた……俺が最初に時間を・・・・・・・・逆行して・・・・、14歳に戻る前までは。


「あー、待った〜?」


 横断歩道の向こうから、アイツが歩いてくる。


 そうしたら、アイツは。

 最初の『この時間』で、コケそうになって、コケないように踏ん張って。



 逆にグラッと後ろに傾いて……左折してきたトラックに、頭を轢かれた。



 その直後に、最初の逆行が起こった。

 それから俺は、何回もループした。


 ここにアイツを来させないようにしても、無駄だった。

 先に迎えに行っても、無駄だった。


 アイツは絶対死ぬ。

 もう10回死んだ。


 俺が目を離した隙に、コケるのを踏ん張ろうとして5回死んだ。

 後半は、コケるのを止めさせないようにしたが、やっぱり5回死んだ。


 場所は色々で、時間だけは『今日』だった。


 アイツが死んだら、俺は14歳に戻る。

 自分が逆行することはどうでも良く、むしろそれが起こるたびに安堵していた。


 ただ、どうすればアイツが死なないで済むのか、必死で考え続けて……ふと気付いた。


 『ここ』じゃないとダメなんじゃないかと。

 一番最初に死んだ、『ここ』で、踏ん張らせないようにしないといけないんじゃないかと。


「あっ……」


 アイツが足をつまづく。

 その後ろで、左折してくるトラックが見える。


「そこで……ッ!!」


 俺は、思わずそう口にしながら、足を踏み出す。


 家に迎えに行ってもダメだった。

 助けようと早く近づいても、ダメだった。

 家から出さないようにしてもダメだった。


 だから、アイツがコケかけた瞬間に、俺は待ち合わせ場所から走り出す。



「そこでコケろォおおおおおおおッッ!!」


 

 アイツは……一番最初に死んだところで、前に・・傾いた。

 

 コケる。

 いつもの『あっ』っていう顔で。

 それだけは手慣れた、手を前に突き出す姿勢で。


「〜〜〜〜〜〜っだァッッ!!」


 幼馴染みの体を、全力で駆け抜けてギリギリ間に合った俺が、抱き止める。

 その後ろを、トラックが走り抜けた。


 何も、起こらなかった。


 一瞬呆然としたが、腕の中でモゾモゾと動いた幼馴染みに、すぐに我に返る。


 死んでない。

 死ななかった。


「あ、ありがと……」


 幼馴染みが顔を上げて、いつものように、ちょっと困ったように笑う。


 死んでない。

 生きてる。


「生き、て……」


 戻らない。

 時間が逆行しない。


 俺は、14歳に戻らなかった。


「よ……良かった……!! 生きてる……!! お前が、生きてる……ッ!!!」

「え、あ、へ? な、何で泣いてるの〜?」


 俺の頬を涙が次々と伝って行く。

 時間をループしていた理由なんて、全然分からなかったし、それを抜け出したこともどうでも良かった。


 ただ、目の前でコイツが生きていてくれることが、嬉しかった。


「お前がドジで、本当に良かったッ!!」

「え? 私もしかして、バカにされてる……?」


 何にも分かっていない幼馴染みが、また、へにゃりと困ったような笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る