4 ドジっ子☆りべんじ!~黒い涙が夜を焦がすワケ~
「ねむちゃんセンセ~! めるる、ドジっ子に殺されたいよ~!」
放課後の中学校。
静かな音楽室。
穏やかな気持ちでショパンの「幻想即興曲」を奏でていた
フリルやチェーンを勝手につけてゴシック趣味に改造したと思しき制服を愛らしく着こなし、耳にはこれでもかとピアスをつけ、明らかに校則より短いスカートと黒いリボンのあしらわれたサイハイソックスの間には若々しい太腿が絶対領域を形成している、人目を引かざるをえない格好の生徒。
見た目から偏見を持たれがちだが、性に奔放なこと以外は極めて素行もよく、成績だけ見たら優等生。それにとても人懐っこい性格をしているため、生徒たち同士はもちろん、教職員からも可愛がられている。斯く言う眠夢もそのひとりだ。
そんな水星からの相談に、眠夢は面食らった。思わずその華奢な肩を掴み「なんで、めるる! めるるどうして!? 私にできることなら何でもするからっ、だから、何か悩みがあるなら……!」と詰め寄ってしまう。そんな眠夢に、水星は笑顔で答える。
「だいじょぶ、なんもよ。すっごい幸せ!」
「だったらどうして!」
「幸せなうちに死にたいんだぁ」
恍惚とした水星の顔に、眠夢は言葉を失う。
「めるるね、いますっごい幸せなの。ほしいものはパパたちが買ってくれるし、友達みんないい子だし、しゅきぴも優しくてイケメンだし! だからね、今のまま死にたいの。ねぇセンセェ、めるる死にたいよ。死にたいよ、センセェ~」
涙ながらに懇願してくる水星。
彼女の気持ちは決まっている。
それでも、眠夢は水星に生きていてほしかった。
「なんでドジっ子なの?」
水星の気が変わるまで少しでも時間を稼ぐために、質問を変える。少しでも考えたりすれば、その間に考えを変えられるかも知れないという
しかし、答えはすぐ返ってきた。
「だって自分で死のうとしたら、怖くて幸せじゃないでしょ? そういうんじゃなくて、わっ!みたいな。もういきなり殺られたいの。殺されるって怖がるんじゃなくて、もうそういうのも感じないくらい一撃で、事故みたいに死にたいんだよね」
なんとも難しい話である。
そんなのは、キャリーオーバーで賞金の膨れ上がった宝くじで一等を当てて、その当選情報に目を奪われたままバスケットコートいっぱいに横切るロングシュートを決めるようなものだ。
「めるるドジっ子好きなんよ。ドジっ子可愛いじゃん? 可愛い子にドジで殺されても『かわぁ♡』て思ってる間に死ねそうじゃん、よくない?」
同意を求められても、眠夢には答えられない。水星のいない世界など、マグロと海苔と酢飯を除いた鉄火巻きである。
その困惑を見て取ったのだろう、水星は「ねむちゃんセンセェ、ありがとね」と明るい声で言った。
「めるる、ちょっとだけ前向きになれたかも。てか、ねむちゃんセンセェ残して死ねないし?」
「うん、うん……! めるるがいないと私駄目になっちゃうから、だから……!」
「おけおけ、あんがと」
だから、悟った。
水星は、まだ死ぬつもりでいる。
去っていく背中を見送る眠夢の目には、ある決意が宿っていた。
「めるるが本気なら……私が」
水星の理想とする『ドジっ子』になるため、研鑽の日々が始まった。
いわゆるドジっ子ヒロインたちを研究し、模倣する日々。生来何でも如才なくこなせた眠夢にとっては苦行だったが、水星のためなら頑張れた。
そしてそれらが少しずつ実を結び始めた矢先に、水星は死んでしまった。通りの曲がり角で、チェーンソーを制御できずによろめいた女子小学生に接触してしまったのだという。
その顔は、満足そうだったという。
「あ、ああ……あああ、あ、ああああああ!!! うああああ、ああああああ!!!」
なんで、どうして!?
私がめるるの願いを叶えられるチャンスだったのに!
なのにどうして!?
なんで後から出てきた、めるるのこと何も知らないような小娘がめるるを殺してしまうの!?
「うああああああ!! あああああっ、ああああああああああああ、ああああああ!!!」
眠夢は七日七晩泣き続けた。
そして、月日が流れて。
放課後の中学校。
静寂を切り裂くのは、「月光」第三楽章の旋律。繊細ながらも荒々しい音色を奏でるのは、喪服のように黒いゴシックロリータドレスに身を包んだ眠夢。分厚いメイクとアイシャドウを引いた顔は西洋人形に似て、譜面を見つめる目はあくまで静か。
「──────」
奏で終わった眠夢の顔は穏やかで。
だが立ち上がる足取りは荒々しく。
「待っててね、めるる」
ひとりでも多くのドジっ子を、あなたに。
今日も眠夢は町のドジっ子を探し求める。その息の根をひとつでも多く止めるべく。
黒い涙を流す殺人鬼が、今宵も歩き始める。
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