還らずの谷の聖樹

@ZENON-exsper

第1話

んー、暇だ。

私はこれまでと同じ思考をなぞる。

同じ事をただ繰り返し感想として考えることは『考える』と言えるのか。分からない。

以前だったら『何も考え無かった』。いや、『考える』、ということがなかった。

それは『彼等』を私の中に容れることで『彼等』の考える……いや、何だろう、感じたり、思ったりする? よくまだ分からないんだけど、その行動が少し羨ましく……いや、それも後に身に付けた『感情』というヤツだ。とにかく、何となく自分が持ってないものを吸収してみた訳だ。

最初は戸惑った。

だって、今まで何もない『そのまま』のもののことに、何やらゴチャゴチャとするんだもの。

まぁ、それは今、この現時点でも同じなのだけど。

取り敢えず、吸収してみたものの、この『考える』は果たして私自身には良かったのか? それも悩む。

この、悩む、というヤツもむしろマイナスにしか思えないんだけど。

ーーなんで、人間ってやつは『考える』んだろう。不思議だ。

ただそんなことを考えてると、そんな『考える』人間を吸収して自分も『考える』ようになったのはなんでなんだろう、と自問自答してしまう。

なんだろな、コレ。

よくも人間はこんなので過ごしていられるな。


何もなければこの深き谷は非常に静かだ。

深過ぎて陽の光は僅かにしかささない。

でも真っ暗ということは無い。周囲の蛍石(この名称は人間達から知った)がごく僅かにさす陽の光を吸収してボンヤリと周囲を照らすから。

殆ど動きは無いけれど、時折ここに舞い込んだ鹿や熊、魔物の類が来るが彼等には申し訳無いけど(その概念も当初は無かった)逃さない。

一瞬で伸びた私の蔓が四肢を縛りこちらに引き寄せる。怯えた悲鳴をあげるが偶に来る栄養分は私にとっても好物なの。

そのまま私自身の本体ーー花弁を広げて花の中心から無数の触手? 私自身はこれの名称を知らない、を出してその花の奥底に獲物を飲み込む。

即吸収することも出来るけど、お陽さまや蛍石の光でそんなに栄養が足りてない訳じゃないから焦らずじっくりと分析? 獲物の中身を分かるようにしつつ分解して吸収していく。

でも、まぁ、動物ってそんなに何か新しい物があるわけでもないし、魔物なら偶に稀な魔術を見つけれるくらいなのだけども。


諦めて私は『種』ーー自分の分身を花から出す。便宜上、『種』と言ってるが多分、中身はそんな感じじゃないと思う。

根を張ってその場から動けない私自身の本体と違って、手足を持ち自由に動ける私の分身。

ただ、そのままの裸体だと人間の考え的には良くない、ということは吸収した際に分かったのでこれまでに吸収したけど吐き出した人間の衣服をつける。

ただ、布とかは一緒に吸収しちゃってるから残ってるのは動物の革や金属でできた鎧とかいうヤツだけど。

それを見よう見まねで身につけ、谷を移動する。

別に何かを探したいとかは本当は無い。もうずっと、それこそ500年近く同じなのだ。何かがある訳じゃない。

わかってはいる筈なのに、この人間の『好奇心?』というやつはそれでも実際に探してみたい、という思いが消えない。

吸収するんじゃなかったかも。

そんな思いも時によぎりながら私は見知った谷をウロウロしていた。




その時だった。

「キミ、危ないよ」

声は急に上から掛けられた。

ハッと見上げたその方向には、何やら大きなリュックとローブで覆われた人間がいた。

遺跡発掘者。

ここに来る人間は大抵がそれだった。彼等の狙いは蛍石らしい。よく分からないが彼らによると蛍石は魔力蓄積に非常に優れているらしい。なのでその蛍石を発掘しに彼等は自らの命を賭けて冒険をするんだそうだ。

……彼等の考えは『吸収』することで理解はするが、それでその行動に同意するかどうかはまた別だ。なぜ自分の唯一である命を危険に晒してまで冒険とやらをするのかは何度吸収しても理解不能だ。

「大丈夫? こんな『還らずの谷』の奥底で君は何をしてるの?」

さて、なんて答えよう。

「いえ、魔物に追われてる内にいつの間にかこんな所に。どうしたら良いかわからなくて困ってたんです……」

こう答えれば今の私は人間的には若い女子と呼ばれる部類に値する筈だ。そして若い女子は(なぜか)庇護される筈。

……者によってそうじゃないイメージもあるからよくわからないんだけども。人間って。

「僕はオレルカ。遺跡発掘をしてるんだ。ここには良質な蛍石の鉱脈があるって聞いて来たんだけど。ただ、この谷底にまで到達して帰ってきた発掘者は居ないってそう聞いてね。なので充分な用意をして挑んで来たら君みたいな娘がいてビックリしちゃったんだけど。君の名は何て言うのかな?」

『名前』を問われた。名前、というヤツは個体名? だと認識している。厳密には『私』には個体名は存在しない。種である『私』も本体である『私』も常に同じだ。ただ、そういうこととは別にこんな風に問われる事態も想定して『名前』は決めていた。

「リリー、て言うの」

「リリーか。可愛い名前だね。宜しく」

と、オレルカなる人間は右手を差し出してきた。名前に可愛いや可愛く無いはあるのだろうか? よくわからない。

「え? ……握手はイヤだったかな……」

こちらが色々と考えているうちにオレルカは差し出した右手をぎこちなく元に戻そうとする。つい、その手をこちらから握りしめてしまった。

「いいえ、宜しく」

「良かったー。君みたいな娘に初対面から嫌われてしまったのかと」

嫌われるとどうなのだろうか?

ただオレルカは心底ホッとしたようにしている。

「ところで……」

と谷底に降り立って私の横に立ちながら何やら自分の装備を確認しつつ彼は言葉を繋げた。

「この『還らずの谷』底では蛍石の鉱脈を護る大魔物がいるって話なんだけど、君は見たことがあるかい?」

うーん、それは今までの人間達の思考を鑑みるに多分『私自身』のことなんだろうなぁ。

ここは無難に(ということも人間から知った話だが)、わからない、と答えておく。


「そっかぁ……ここは本当に底まで到達して帰ってきた人がいないからね。少しでも情報があれば、て思ったんだけど。中々うまくいかないなぁ……」

何やら悩んでる様子だった。ちょっと申し訳ない気分になる。

「蛍石なら向こうの方にあった感じだったけど……」

「え!? それは本当!? どこに!! 向こうなんだね!!」

予想以上の反応に戸惑う私。なんで、こう急変するのよ。

「う、うん。確かあっちの方にいっぱい……」

「そうか! ありがとう! リリー。この先は危険だからここに居て。……その蛍石が沢山ある谷底のその地点に主がいるって話なんだ。君は離れていた方がいい」

その話でわかった。私は『主』って呼ばれてるんだ。

そして、この『人間』は『私』を狩りに来る『敵』だ。

……吸収した人間の言葉に置き換えるとこうなる筈。なのに、なんだろ。自分で整理して置き換えた言葉に拒否感がつのる。

「……私も行くわ。無理してほしくないもの」

「ありがとう。でもリリーは少しでも危険だと思ったら僕のことは構わず逃げるんだよ。それが約束だ」

うーん、なんか変なことになったなぁ。私はただこんな変な状況を何とかしたかったのだが。……何とかって、どうしたかったのだろう? ちょっと自分でも分からなくなってきた。

オレルカは早速、私『本体』のいる方に足を進める。

ああー、なんでだろ。これはなんか私としては良くないと思ってる。なんで良くないと思ってるかはわかんないんだけど。

「リリー、君は安全な所に居るべきだ。ここから先は僕だけが行く。……ここに食料と水を残しておくから僕が帰れなかったらすぐにここから抜け出すか救助を待つんだ」

……わかった。

この違和感。

私は、今まで『私のことを考えてくれる相手』に会ったことがなかったのだ。この、オレルカは初めて『私』のことを気にかけてくれたのだ。

なんだろう。

『私を思ってくれる』とはこんなにも暖かく感じるのだろうか。いや、気温は変わってない筈だ。ではなぜ?

オレルカが合図をして、サッと『私自身』に向かって走っていく。

ダメだ!!

反射的に蔓や花弁からの触手を伸ばそうとしたのを必死に押さえつける……どうして??

なんで私自身が傷付く危険を見逃すの!?

私は私自身の行動がわからない。なぜ? 人間も同じようになるの?

気がつけば意味がない疑問を繰り返していた。

その最中オレルカは私本体に窮迫し、その剣を振り下ろす。何度も何度も。

痛みの感覚は私自身にはあまり無い。全く無いと逆に危険だからそれらしき物はあるけど、それは多分、人間達が感じる程のものとは違うだろう。

でも、それでも今、何度も切り裂かれている組織からの痛みは感じ取れる。その度に本能的に蔓や触手、更には稲妻の魔術を使いたくなる。

だが、その本能を私は必死で押さえ込んだ。何故なら、それを使えばオレルカが死んでしまうからだ。

(それが何?)

私の本体が問いかける。

(今までも人間は吸収してきたじゃない。食べるだけが嫌なら吸収してしまえばよくはない?)

そんな気もする。

でも、吸収してもやっぱり人間はわからない。そしてオレルカはオレルカじゃなくなる。そんな気がする。

(じゃあ、このまま『私』は死んでしまってもいいの?)

わからない。

こんな『考える』ことがない時はただ生きることが全てだった気がする。でも、『考える』ようになってしまってからはただ生きることに意味があるのか無いのか……そもそも、この『意味がある』というのもわからない。

何もかも分からないのに、私はオレルカに死んでほしくない、と思ってる。


それが、私自身の死と引き換えにしてでも。



気がつくとオレルカの剣撃は止まっていた。

「どうして……」

「それは僕も知りたい」

彼はこちらを見て言った。

「僕はこの魔物の花が『還らずの谷』のボスだと思って攻撃した。でも全くと言っていいほど反撃はなかった。……これ以上の僕の攻撃だとこの魔物の花も死んでしまうにも関わらずに、だ」

そして彼はこちらに歩み寄る。

そう。今、私本体自身からは背後を見せてまるで無防備な状態にも関わらず。

「僕は、これは君自身が何か知ってるのだと思う」

「……」

「知っていることがあれば教えて欲しい。僕は無抵抗なものは例え魔物と呼ばれるものでも危害を加えたくない……既にそうしたことになってしまっていたなら、通じるなら謝罪をしたいんだ」

え?

一瞬、彼の言うことが理解できなかった。『人間』が『私』に謝罪する??

どうして??

「あの花は僕のことを知りながら何も反撃はしなかった。何かある筈なんだ。それなら僕達は争うだけでなく互いに分かり合える筈なんだ」

『分かり合える』

それは吸収して会得するのとはまた別の話のよう。

なんだろう、なぜか『涙』とやらが『私=種』から出てきて止まらない。

「ええ!? どうしたの? リリー!? 何か辛いことでも……」



私は、『私自身』のことをオレルカに打ち明けた。オレルカは、何だろう、今まで吸収した人間の知識では『親が子供をみる眼差し』とやらに近かった気がする。

わかんないんだけど。

ただ、最後にオレルカは、

「ん、分かった」

と言ってくれた。

そして、人間的には蛍石は欲しいんだけどそんな無闇矢鱈に欲しい訳ではないこと(この辺りは説明してくれたんだけど私にはわからなかった。『市場としてどうのこうの』とか言ってたが)、そして私が人間に危害を加えない限り人間も『私』に危害を加えないようにすること。その為に『私自身』を護る『人間達』をこの谷に作ること、そして何やらこの谷底に『集落』というのを作って人間達の営みから「吸収だけでなくて見て学習するんだよ」と言われた。

それは本当に実行された。

何かわからないんだけど、年に1回、『お祭りだ!』と私本体に色んな飾り付けをされて谷底がどんちゃん騒ぎになるのはよく分からなかったけど、『私=種』は一緒に楽しめた。人間達と一緒に『楽しむ』というのはこれまでの長い生の中で初めてだった。

そして、折に触れ、オレルカは私に会いに来てくれた。

もう何年も。何十年も。


彼の最期、彼は既に幾多の冒険で片腕を失い、これまでのようにはいかずともまた私『達』の元に『還って』きてくれた。


そして彼は、彼自身の最後の希望を私『達』に伝えてくれた。


『僕を、君の中に吸収してくれないか』


即座に『私』は拒否した。もう何十年も人間は吸収してない。いや、動物ですら。魔物は人間が困った時に手助けして吸収したけど。

そうじゃない。

私をこんなに『幸せ』にしてくれたオレルカを吸収なんかしたくない!

「違うんだ、リリー。僕は君と一緒に居たい。それが僕の『希望』なんだ。最初に会った時から、好きだった。告白するのにこんなに回り道したけどね。許しておくれ」

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だー!!

なんで……なんでこうも……『人間は不自由』なんだ……

「そうだね、君から見ると僕達はそう見えるかもね。でも、そうだからこそ、色々と見えたり考えたり動けたりすることもあるんだ。僕からするとずっと同じところに居なければいけない君のことが心配になることもある。だからあの祭りも君が見たこともない『海の風景』を模して演じていたんだよ?」

ああ……なんてことだろう……彼等は……『人間達』は……私がこの地から動けないから色々と教えてくれていたのだ。

思えば昔、吸収してた人間達もそうだった。彼等の『考える』を最初に教えてくれた。その『考える』に戸惑い、悩んだりもしたけど、それで今のオレルカや皆と知り合うことが、出会えることが出来た。

「だから、僕もリリーの中に居させて欲しい。愛しい人よ…」

「バカね。最後の最後の時に言い出すなんて」

涙。

知識としては知っているけど涙したのはこれで2度目。オレルカと初めて会った時以来。そしてまた……もう……止められない。

ありがとう、オレルカ。

ありがとう、人間達。

私『達』はあなた達のおかげで『思い』を持てるようになった。

ただ谷底でひっそり咲くだけの花が色んなことを知って色んなことを考えれるようになって、これからのことを『希望』として思えるようになった。

ありがとう。

好きだよ、オレルカ。



『谷底の聖樹』と呼ばれる聖地がある。

それがいつからあるのかははっきりしないが聖樹の元、人々が幸せに暮らしているのは確かである。

その地には聖樹の精と、とある冒険者との恋物語が語り継がれているとの話である。

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