第5話 以前とは違う港

 ビザンツ帝国の帝都コンスタンティノープルに到着したラニエーリは、早速手厚い歓迎を受けた。


 ヴェネツィア共和国の国章である『翼の生えた獅子』の旗印を掲げ、堂々と帝都の港湾地区である“金角湾”に入ろうとした。


 しかし、そこは騒動を起こしたとされるヴェネツィアの船である。


 軍船に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。


 とはいえ、ラニエーリはもちろんの事、『自由リベルタ号』の船長から乗組員にいたるまで、こうなる事は予想の範疇であった。



(まあ、歓迎されないのは当然だな)



 慌てることなく、ラニエーリは船首部に顔を出した。


 大きく息を吸い込み、すぐ近くにいる軍船に向かって叫んだ。



「万歳、万歳、万々歳! 偉大なるローマに栄光あれ! 帝国に繫栄あれ! 帝国の諸兄方、お出迎え感謝いたします! 私めはラニエーリ=ダンドロと申す者! ヴェネツィアの議会より、使者として派遣されてきました!」



 その態度は堂々たるものだ。


 いつ矢が飛んで来るとも、あるいは衝角ラムで船体に穴が開けられるとも分からぬ状況であったが、臆するラニエーリでもなかった。



「いささか不幸な出来事があり、こちらとしても不本意な立場を強いられている! 今日、ここに参上いたしましたるは、それについての話し合いの場を設けていただくためにあります! 統領ドゥージェよりの親書もありますので、お確かめいただければ幸いでございます!」



「よかろう! しばし、そこで投錨し、待機せよ!」



 相手方より返答があり、問答無用で攻撃、拿捕という危機は回避された。 


 軍船に囲まれるという落ち着かない状況であったが、使者の来訪はビザンツ側も予想の範疇であったらしく、すぐに接岸と上陸許可が下りた。


 ただし、上陸できるのは使者唯一人だけではあったが。


 金角湾の港の隅の方へと停泊し、逃げられないようにと見張りの軍船を横づけされ、これ見よがしに火炎放射器グリーク・ファイヤーの発射口まで向けられる始末。


 これ以上にないくらいに歓迎されていない証だ。


 普段であれば、ヴェネツィアの船なら港の良い場所を占有できるうえに、港の使用料も免除という最高の待遇を受けていた。


 戦になれば、軍船や人員を派遣するという事への見返りだ。


 この特権を生かし、ヴェネツィアは帝国勢力圏の港で優遇措置を受け、大いに貿易で儲けてきた。


 しかし、今は完全に罪人扱いの招かれざる客。


 おまけに、ラニエーリが以前帝都に来た時に使っていた場所は、他国の船が停泊していた。


 幻獣鷲頭獅子グリフォンの旗がなびいており、それは商売敵であるジェノヴァの旗だ。



(フンッ! 露骨な脅しや嫌味だな!)



 はしけに乗り込み、以前とは違う港の雰囲気に、ラニエーリは悪態の一つも付きたくなった。


 並ぶ軍船や水兵で脅し、商売敵にかつての居場所を使わせ、物心両面から使者に対して圧をかけてきた格好だ。


 しかし、そこは選ばれた使者であるラニエーリである。



「やあやあ、水兵の皆様方、お務めご苦労さん! 案内役、よろしくお頼み申す!」



 大胆にも不敵な笑みを浮かべ、居並ぶ兵士や商売敵に手を振って挨拶し、余裕の態度で応じた。


 ビクつく姿が見れずに残念であったのか、案内役を務めた役人はわざわざ聞こえるように舌打ちしてくる有様だ。



(すでに勝負は、交渉は始まっている。場の空気に呑まれるなよ!)



 父エンリコや、その他同胞の命は自分の“舌”にかかっている。


 そう自分自身に言い聞かせつつ、兵士に取り囲まれながら、ラニエーリは宮殿へと歩いていった。

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