買い出しとダブルデート②

クレープを食べ終わってチラリと見ると二人の距離が縮まっていた。俺たちは顔を見合わせる。

「どうやら何とかなったみたいね!」

「そうみたいだけどノープランすぎだろ…。」

苦笑して立ち上がって桜に手を差し出すとその手が握られる。

「結果オーライよ。ううん。計画通りよ!」

「結果オーライであってるだろ。」

「ここまでが私の計画なの!」

ぷくっと頬を膨らませる桜。その頬を指で押す。

「もう!さぁ行くわよ!?」

苦笑して引っ張られるように二人の元に向かった。

「行くのか?」

要先輩が疲れた顔で俺たちを見る。彼の手には桐生先輩の手が重なっていた。

「そっすね。一イベント終えたので。」

「イベントって恋愛ゲームかよ。」

「残念ながら現実です。」

苦笑する。現実なのにこの街中でキスをしてしまったから苦笑するしかない。

「お前の気持ちはよくわかる。」

どうやら俺の表情から察してくれたらしい。

表情にあまり出ない要先輩がここまで疲れているということは俺も流石に察する。

「要先輩も色々有るんですね。」

「お前よりはマシだよ。お前が相手にしてるのは悪名高い東堂仁だろ?俺なら心が折れるね。」

思わず息を飲む。この人は普通の家庭のはずだ。桐生先輩から聞いたのか?

「彼の両親も元は社長よ。東堂に買収されて今は普通の会社員なの。」

「志保。」

要先輩の鋭い声が飛ぶ。

「彼も関係者よ。そうでしょう?環奈の王子様?」

環奈との事は公にしていない。学校では今まで通りの幼馴染だ。

「貴女はどこまで知ってるんですか?」

「大抵のことはね。貴方と桜が環奈の為に頑張っていることもね。私の立ち位置だと色々な話が耳に入るのよ。あの東堂仁が目を付けた若者。貴方の名前は業界では特別な意味を持つのよ。」

「俺はただの高校生ですよ。」

「隠さなくていいわ。協力してあげる。私もあの男には個人的な恨みがあるのよ。」

桐生先輩が俺の目を見る。その目は冷たく冷え切っている。ごくりと生唾を飲む。

「東堂仁とは関わらない。それが俺たちのスタンスのはずだぞ。」

要先輩が溜息を吐く。

「目の間に最高のカードがあるのよ?人生をチップにかけるのも悪くないわ。」

「はぁ。わかった。話してみろ、颯汰。お前たちのお蔭で一歩前進出来た事は確かだ。」

俺は桜と目を合わせる。桜は頷いた。俺は彼らの横に座って今までの事を話した。


「成程…。相変わらず反吐の出る野郎だ。」

要先輩が溜息と悪態をつく。

「でも成程ね。双方の立場の話を聞いて全てわかった。やっぱりあの人は最後に娘たちが逃げる場所を貴方に託したのね。そうなると今頃綾香さんは鳥籠の中か…。」

予想外の名前に俺は前のめりになる。

「綾香って環奈の母親だろ?彼女は元から仁さんの言いなりだ。俺だって話したことは無いぞ。」

「落ち着きない颯汰。」

桜が俺の肩を掴む。桜に止められてぐっと堪えて沈黙した。

「あの人は表立って動けないから。私の両親も彼女には裏で手を貸していた。貴方の両親から何も話は聞いていないの?」

聞いていない。両親が話さないということは事情があるということだ。

「そう。貴方の表情で分かったわ。聞きたい?あの人の影の抵抗の話。」

「あぁ…。聞かせてくれ。」

「私は聞かない方がいいと思うわ。なんでも背負い込むのはアンタの悪い癖なんだから。」

桜に止められる。確かにそうかもしれない。でもこれは聞いておかなければダメだ。

「それでも聞く。」

「そう。わかった。」

「ふふ。良いパートナーね。貴方が綾香さんに嫌悪感を抱くのは当然だわ。綾香さんにも綾香さんの事情がある。あの人は両親を人質に取られているわ。」

「両親を…。」

「あの人は私のお母さんの親友なの。元々才色兼備のお嬢さんだったわ。見目麗しく、運動神経抜群で、頭も良かった。だから目を付けられちゃったのね。優秀な子供を産むには優秀な母体が必要とでも考えたのでしょうか…。」

合理的にしか動かないアイツなら考えそうなことだ。

「彼女の両親が経営している会社を買収して、元々社長だった彼女のご両親を排斥しようとしたのよ。それを防ぐ手段は彼女が東堂仁の妻になるしかなかった。身内は冷遇できないしね。親御さん思いだった彼女はそれを了承した。それ以外にも彼女自身にも莫大な量の仕事を課していた。子供を産んだ後は彼女に膨大な仕事量を課したわ。優秀な彼女でも処理するのにギリギリの仕事量だったそうね。なぜそんなことをしたのかは東堂仁にしかわからない。もしかしたら彼女を疲弊させて傀儡にでもするつもりだったのかもしれない。でもそんな彼女にも親の愛はあったのね。私の母に環奈の幼稚園での生活を調査するように頼んだ。そして浮かび上がったのが貴方よ。」

「俺は確かに環奈と仲が良かった。園内でも常に一緒にいた。」

桐生先輩がそうでしょうねと頷く。

「そして彼女は貴方の家族の事を徹底的に調べた。忙しい中の隙間時間を使ってね。そして東堂仁の出張の隙を突いて貴方のご両親に接触した。その出張も私の父が東堂仁と仕事の契約を結ぶために意図的に行ったものだった。綾香さんが貴方のご両親に頼んだのは親の愛を我が子に教えてほしいという一点だったそうよ。環奈の初恋は叶わない。だけど少しでも幸せな時間を作ってあげたかったのでしょう。そしてそれは彼女が初めて東堂仁に見せた反抗だった。でも彼女には人質がいる。外ではあくまで自分が仁の立ち位置にいる様に演じるしかない。だから彼女は多くを語らないのよ。口に出せばボロが出るもの。」

じゃあ何だ…。彼女は環奈と朱莉の事を愛しているが、それを表に出せないってことか…?

「そんなのは…!」

桐生先輩が首を振る。

「綾香さんの事を解決するのは無理よ。諦めなさい。仮に環奈と朱莉ちゃんを貴方が救えたとしても、あの男からすればどうでもいいことなのよ。綾香さんは18歳の時に環奈を産んだ。つまりまだ33歳。わかるでしょ?まだ子供は産めるのよ。だからあの男にとってはどうでもいいことなの。代わりがいるんだから。男の子が生まれればそのまま継がせればいいんだしね。だから彼は綾香さんだけは手放さない。綾香さんだって両親が存命の内は彼から離れることは出来ない。私の家だって正面切ってあの大企業に手を出せないんだから彼女を救うことは誰にも出来ないのよ。それがわかっているから綾香さんは二人と会わないの。いや合わせる顔も無いのよ…。」

そんなのは悲しすぎる…。子供たちを愛しているのに会うことも出来ず、気持ちも伝えられずに苦しみ続けるなんて…。

「確かに今の俺にはこの状況を変えられる手札は無い。この話を二人にすることもできない…。」

「そうね。貴方の賭けを受ける様に仁に促したのも彼女よ。貴方の賭けを仁が受ければ自分が傀儡になる。受けなければ関係を切るってね。以降お母さんにも綾香さんからの連絡はない。あの男からすれば運が良ければ貴方が手に入るんだから断る理由も無かったでしょう。でも綾香さんの進言が無ければ貴方の賭けを受ける理由も無かった。わかる?綾香さんは自由の代わりに貴方に全てを賭けたのよ。娘を幸せにしてほしいってね。だから私は貴方の事を知っていた。そして見ていたわ春からずっとね。」

ギリッと奥歯がなる。

「勘違いしていた…。綾香さんも二人に興味が無いとばかり…。」

やはり俺は子供だ。言われれば全てが腑に落ちる。彼女が身を削ったからこそ二人は俺の所にいるのだ。

「だから手を組まないかしら?これでも社長令嬢。情報ならいくらでも引っ張ってこれるんだから。このダブルデートだって目的は二人に接触するためよ。こんな話地元じゃできるわけないもの。これは私の愛する要を苦しめたあの男への私なりの復讐なの。それに腹が立って仕方ないのよ。自分の掌の上で他人の人生を転がすアイツに目に物を見せてやりたい。そう思わない?」

「俺には余裕はない。今は目的がある。」

桐生先輩が頷く。

「ええ。卒業まで待つわ。先ずは今の賭けを優先してちょうだい。卒業したら今度は綾香さんを助けたいの。その時に手を貸してほしい。」

「ちょっと待って。颯汰は今だってギリギリなのよ?妻になる身として看過できない!」

桐生先輩が俺の目を見る。その目が強制はしないと告げていた。

ポンポンと桜の頭を撫でる様に叩く。

「あ、う…。」

「すまないが将来の妻がこう言っている。だから無茶なことは出来ないぞ。」

「颯汰…。」

「それに俺には幸せにしなくちゃいけない人が3人いるんだ。桜、環奈。そして朱莉ちゃん。これ以上は高望みしすぎだ。それでも何か手を貸せることはするよ。綾香さんが桐生先輩のいうような人だとしたら、手を伸ばさないのも後味が悪いだろ。それに俺には勝利の女神がついてるから。」

桜を見ると溜息を吐いた。

「わかったわよ。結局やることは変わらないわ。でもまた隠し事が出来ちゃうじゃない。」

「いや、今回は隠さない。今年中にインハイとウインターカップを制して環奈を救ったら一度全てを話す。環奈に決めてもらおう。綾香さんは環奈の親なんだから。」

「本気で言ってんのか?まぁ俺も全力で手は貸すけどさ。」

要先輩が呆れたような顔で俺を見る。

「ビッグマウスなんでね。」

「はは。生意気。でもやる気出てきたわ。それで先ずはあのくそ野郎に一発パンチだな。俺だってあの男には個人的な恨みがたっぷりあるんだ。」

「話はまとまったみたいですね。長い話になってしまいました。時間もありませんしデートを再開しましょうか。」

桐生先輩が立ち上がる。今の話を聞いたからと言ってやることは変わらない。

楽しい日常を送りながら目的を達成する。

今はそれだけを考えればいい。

また桜の手を繋いで俺たちは歩き出した。

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