買い出しとダブルデート①
旅館に着いた俺たちは各々荷物を持ってバスから降りる。
ここは毎年この季節になるとバスケ部が使用しているという話だ。先生が昔から懇意にしているらしい。
チェックインを終えた俺たちは早速荷物を運びこんだ。
例年通り1、2、3年が一人ずつ振り分けられており、俺は要先輩と純也先輩と同室だ。
これはくじ引きでそうなった。
移動初日に練習は移動疲れもあるから効率は良くないと初日は旅館でゆっくりするのが通例らしい。
要先輩はせっせと布団を取り出して横になった。
「要先輩。もう寝るんですか?」
「昨日は徹夜してゲームをクリアしてきたから…。寝る…。」
それはいつもの事だろっというツッコミは辞めておいた。
「よし、颯汰。ナンパに行くぞ。」
肩に手を回される。
「都会の女の子は可愛いぞぅ?」
「却下です。そんな事桜にバレたら正座で説教ですよ。一人で行ってください。」
「ダメだ!お前は顔も整ってるんだから俺の為に女の子を釣るんだよ!」
何言ってんだこいつ。それで仮に釣れても俺目的なら意味ないじゃん。
「そんなのいいから温泉ですよ。旅館に来たら先ず温泉!」
「爺臭いぞお前!」
「はぁ!?」
普通の発想だろ。その喧嘩買うぞ!?
「二人とも煩い…。ふぁ…。」
いきなり寝ようとしてる要先輩に言われるとなんだかムカつく。
その時コンコンとノックの音がした。
「ちっ。来客か。颯汰が出ろ。こういうのは一年の役目だ。」
「やだやだ。今時年功序列とか流行らないっすよ?」
「はぁ?」
「なんすか?」
喧嘩を買った以上は負ける気は無い。
睨みあう。要先輩がむくりと起き上がってアイマスクを下にずらす。
「煩い。」
その一言は呪詛の念が籠っているのかと勘違いするくらいに低かった。
『ごめんなさい。』
二人で謝って溜息を吐くと立ち上がった。
「遅いわよ。」
扉を開けると桜と桐生先輩がいた。
「アレ?どうしたの?」
女子部屋と男子部屋は端と端で離れている。わざわざこっちに来るのは手間のはずだ。
「ダブルデートに行きましょう?どうせ暇でしょ?とは言っても買い出しも兼ねてるんだけどね。」
「さ、桜さん!?で、デートじゃなくて買い出しですよ!?」
「まぁまぁ。落ち着いてください桐生先輩。せっかくなのでデートも兼ねましょう。」
桜に言われて桐生先輩は顔を赤くして言葉を飲み込む。
「ダブルデートって俺も誘われてる!?」
純也先輩が前のめりになると桐生先輩がスルーして部屋の中に入っていく。
「要君。行くわよ。」
要先輩がゆっくりと上半身を起こしてアイマスクを外す。そしてじっと桐生先輩の顔を見つめて立ち上がった。
「ふぁ…。仕方ないな。」
ゆっくりとした動作でパジャマを脱ぎだすと、世話が焼けるんだからと桐生先輩が脱ぎ散らかされたジャージを差し出す。
俺と純也先輩はその姿を唖然と見つめる。
「お、おい。あの要が睡眠を後回しにしてるぞ?」
「一体何が起こってるんだ…。」
何よりも睡眠優先の男がバスケ以外で動く姿は初めて見た。
「腐れ縁って桐生先輩は言ってるけど、真実は違うってことでしょ?」
桜が小声でそんなことをいう。
「どういうこと?」
「彼女は彼と一緒に居たいから努力してるってことよ。要先輩だって満更じゃないんでしょ。知ってる?要先輩は桐生先輩の事だけは気にかけてるのよ?相思相愛なのに踏み出せない何かが二人にあるのよ。」
『桐生はいいところの娘さんだ。』
大吾先輩の言葉を思い出す。
「それでダブルデートか。」
「えぇ。いいでしょ?偶には他人の恋愛を助けてあげても。でも本来の目的は買い出しよ。」
「まぁいいけど。」
「俺は!?ねぇ俺は!?」
純也先輩の言葉に対して桜は冷ややかな目線で返す。
「聞きましたよ?私の親友に汚い目線を向けたそうですね。汚らわしいので近づかないでください。」
「うぐっ!」
純也先輩はその言葉に胸を押さえて膝から崩れ落ちた。自業自得である。
そんな純也先輩を残して俺たちは旅館を出た。
街中まではスクールバスが送ってくれた。
17時に迎えに来てくれるらしい。今は13時だ。あの運転手もよくわかってる。今年はお前達かと言っていたのでもしかしたらよくあることなのかもしれない。
「それで?他人の恋を助けるってなにするんだよ。俺は別に恋愛強者じゃないぞ。」
前を歩く二人を見ながら桜に聞く。二人は微妙な距離感だ。
「知ってるわよ。私だって貴方以外知らないわ。恋愛強者って言えるほどの経験値はお互いない。だから別に手助けなんて出来ないわ。」
「じゃあどうするんだ?」
俺がそう言うと手が握られる。
「連れ出しただけでも助けになるでしょ。後は二人の問題だもん。だから私達はイチャイチャするわ。これ以上余計なことしても馬に蹴られるだけだしね。」
つまるところこの状況を作り出すこと自体が手助けと彼女は言っているのだ。その言葉にははっと笑ってしまう。
「なによ。考えはなかったわ。でもどうにかなるでしょ?」
「はは。確かにそうだ。それにせっかく桜と街にいるんだからイチャイチャしないのは損だ!いくぞ!」
「ちょっと!どこに行くのよ!買い出しもあるのよ!?」
手を引いて歩く。目についたクレープの屋台の前で止まる。
「食おうぜ。」
「良いわよ。」
「要せんぱーい!二人もどうです!?」
二人に声をかけると振り向いて顔を見合わせると、これまた微妙な距離で歩いてくる。
「颯汰はどうせチョコバナナでしょ?私はティラミスにするわ。」
視線を戻して。どっちにしようかと迷ってるとそんなことを言われる。
「半分こな?」
「あーんしてくれるならいいよ?」
小悪魔な微笑みでそんなこという。
「それ自滅にもならないか?まぁいいけど。」
「この時間は今だけなんだから、自滅くらいがちょうどいいのよ。」
そう言って桜は注文する。
それを人はやけくそと言うんじゃなかろうか。
でもそうだ。来年インハイに出れたとして、この屋台がここにある保証はない。だからこそ今だけなのだ。
「今しかない…。」
後ろからぼそりと桐生先輩の声がした。
「要くん。私たちもしましょう。」
「し…桐生。俺達はそういう仲じゃ…。」
「嫌なんですか?」
「嫌…なわけねぇだろ…。」
やっぱりこの二人には何かあるようだ。
その問題をなんとかしてやることは出来ない。
だけど要先輩の寝不足が何となくゲームじゃないことはわかった。
だってこの人3年の学年2位だし。常に1位の桐生先輩の下に名前がある。つまりはそういうことなのだろう。
環奈を追いかけてたあの頃の俺と同じだ。
クレープを受け取って俺達は違うベンチに座った。邪魔はしたくない。ほぼ完成されてる俺たちと違って、あの二人はまだ始まってもない。
それにこっちはこっちで集中したい。
「ほら、あーん。」
桜が口を開く。持っていくとパクりと一口食べる。その顔は真っ赤だ。口の端についたクリームをペロリと舐める。その仕草に視線を奪われる。そうしてるとすっとティラミスのクレープが差し出される。
「あーん。」
これ本当に恥ずかしいぞ?だが俺もパクリと一口食べる。
「クリームついてるわよ?」
「あ、ああ。」
「動かないで。」
舐めようとしたらそう言われて固まる。桜の顔が近づく。口の端をぺろりと舐められた。
「お、おまっ!」
顔を離すと桜がペロリと舌で口を舐める。
「甘いわ。」
「クリームなんだから当たり前だろ。ってか何してん?外なんだけど?」
動揺が止まらない。
「気にしない、気にしない。ここは地元じゃないし、先輩達はぺらぺら言う人じゃないもの。最近キスしてないわ。環奈とは昨日したんでしょ?ずるいじゃない。」
「してないよ!?」
本当にしてない。そんなにポンポンとしない。
「あら、そうなの?でも私はしたいわ。ホテル行く?」
「本当にどうした!?」
「ごめんなさい。欲求不満なのかも…。」
そう言って桜が離れる。あぁもうっと引き寄せて唇を重ねた。すぐに離れる。ちゅっと音がして沸騰しそうなほど顔が熱くなる。
「したくなったら言ってくれればいいんだ。俺だって…したいんだから。」
顔を背ける。これ以上顔を見てられない。
「ふふ。大好き。」
「俺だって好きだ。いや愛してるね。」
もう混乱して何を口走っているかは自分でもわからない。
「私も愛してる。」
「く、クレープ…食おうぜ。」
「うん!」
そう言って桜が笑う。幸せな時間だった。
「凄いなあいつら…。」
別に誰に何を言う事はない。今見たことは見なかったことにする。だけどその姿は眩しいと思ってしまった。
「ねぇ。いつまで待てばいいの?」
声をかけられてはっとする。
「勝ち取るまでだ。お前の親父さんはなにも邪魔をしたいわけじゃない。でも君のことを心配してるんだ。これは男と男の約束だ。」
「私の気持ちは…?」
そんなことは分かってる。だけどこの子のお父さんと俺は約束をしたのだ。
「あと少しでいいんだ。せめて高校卒業まで待って欲しい。」
「わかった。でもキスして…。好きだって証明してよ…。」
「志保…。」
それは約束に反することだ。でも声も出さずに泣いてる彼女を放置することなど出来なかった。唇を重ねて、離れる。もしかしたらあのバカップルに影響されたのかもしれない。
「愛してるさ。」
「うん。わかった。待つよ。」
そう言うとクレープを差し出してくる。
俺はそのクレープを一口食べた。
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