合宿初日とバスの中

夏休みが始まった。

俺たちに遊ぶ暇などなく、夏休み二日目にして2週間の合宿が始まる。

場所はインハイ本選が行われる都内。合宿終了の次の日には本選が始まる。

家の事は全て環奈に任せている。暫くは会えなくなるので昨日は3人で過ごした。桜も気を使って自分の家に帰っていた。

「じゃあ行ってくる。」

「うん。怪我には気を付けてね。」

「頑張ってね!にーに!」

朱莉ちゃんの頭を撫でて、環奈には触れるだけのキスをした。

「戸締りはちゃんとするように。買い物の時は車に気を付けてな。」

「ふふ。心配性ね。大丈夫。貴方と桜がいない間、ここは私が守るわ。」

ぽんぽんと頭を軽く触って家を出る。そこには桜がいた。

「もういいの?二週間は中々長いわよ?」

「ありがとう桜。でも大丈夫よ。昨日は3人で過ごせたから。颯汰の事お願いね。」

環奈の言葉に桜は頷く。

「任されたわ。本選の応援には私のお母さんが車を出してくれるわ。これ、連絡先。」

環奈が紙を受け取る。

「いいの?」

「勿論。朱莉ちゃんと荷物を持っての移動は厳しいでしょう?宿の場所もお母さんには伝えてある。まぁ気まずいかもしれないけどいい機会だと考えなさい。私たちは長い付き合いになるんだから。」

環奈はその言葉を聞いて頷く。

「そうだね。親友のお母さんだもん。ちゃんと仲良くなっておかないとね。」

桜が環奈に近づくとそっと抱きしめる。

「きっと全てが上手くいくわ。だから安心して会場に来なさい。」

「うん。」

「朱莉ちゃんもね。」

環奈を離して朱莉ちゃんの頭を撫でる。朱莉ちゃんは内容を理解していないがうんと笑顔で頷いた。

最後に二人に手を振って俺たちは家を出た。

並んで歩く。荷物があるので手を繋げない。なんだかいつもより距離があるのが嫌だ。

「ありがとな、桜。」

「何が?」

「俺の大事な人を大事にしてくれてさ。」

「当然じゃない。それに環奈は親友で、朱莉ちゃんは親友の妹よ。私にとっても他人事じゃない。」

器が広すぎる。二股を許すだけじゃなく周りに気を使いすぎている。

「桜だって我慢しないでくれ。どうだ?優勝したら二人で旅行にでも行かないか?」

「ダメよ。私たちはバイトもしてないんだからお金が無いわ。」

確かに。一介の学生がバイトもしてないんだからそんな余裕もないのは当然だ。

「新婚旅行まではお預けか…。ごめんな。」

「ふふ。それよりも大切なことがあるわ。」

「大切な事?」

「今年両方の大会を勝ち抜いて、未来の展望を明るくする事よ。そして一旦みんなであの男を笑ってやりましょう。そして束の間の勝鬨を上げたら、今度はプロになるための技術を彩人さんに叩き込んでもらうの。前人未踏の3連覇。貴方の世代で成し遂げて、私と環奈にプロポーズしなさい?そしたら二人で旅行に行きましょう。」

夢を見て、理想を語って、それを全て成し遂げる。思わずふっと笑ってしまった。

「何よ。」

「いや、君は俺だ。俺は君だ。生き方が俺に似ている。だから好きになったのかも知れない。君となら不可能は無い。一緒に走ってくれるか?」

「バカね。それこそ当然じゃない。貴方のビックマウスを現実にするには同じレベルの目標を持ってるパートナーがいないとダメなのよ?」

そう言ってにっと笑う。俺も笑い返す。前を向く。学校が見えてきて、既にバスケ部の数名の姿が見えた。

「やるか。」

「ええ。」

「俺と君で!」「貴方と私で!」

笑いあう。そして駆け出した。これが俺の青春だ。なら駆け抜けて見せる。全てを手に入れるために。


旅館まではスクールバスでの移動になる。

席は自由なので当然俺は桜と並んで座っている。だがその桜は俺の肩に頭を乗せて眠っていた。

「ようビッグマウス。良いご身分だな。」

博先輩がにやにやと俺を見てくる。この人は俺の前に座っている。

「立ったら危ないっすよ。聞きましたよ?予選終わった後に3年の先輩と付き合い始めたって。」

その噂は既にバスケ部の中に回っていた。この人普通にイケメンだし当然と言えば当然だ。

「うぐっ!お前だけはいじってこねぇと思ったのに。」

「えぇ。いじりませんよ?でも先に絡んできたのは先輩です。撃っていいのは打たれる覚悟のある人だけですから。」

「正論すぎて言い返せねぇね…。」

そう言って博先輩は前を向きなおす。

この幸せな時間を邪魔したんだから当然のカウンターパンチだ。

「いいなぁ…。俺も彼女欲しいなぁ…。」

色々な負の感情の目線を感じて目線を向ければそこには純也先輩がいた。

「う…。こっちには何も言い返せない。」

バスケプレイ中は間違いなくバスケ部内でトップの格好良さと派手さがある。なのに彼は全くモテない。可哀そうなほどにモテない。結局少しはビジュアルが必要なのかもしれない。だって高校生の恋愛にはそこの比重が大きい。

可愛い人と付き合いたい、格好いい人と付き合いたい。それが自分の価値を引き上げる一つのパラメーターだからだ。

「東堂さん紹介してくれよ。」

「あっ、それは無理っす。」

「即答かよ。」

だって彼女も俺の大切な人だし。

「眼中にないっすよ。」

「言いすぎ!もっと敬って!先輩なんだから!」

とはいえ俺だって人間関係は広くない。狭く深い人間関係のみ構築されている。

「俺に紹介は無理っすね。そもそも自分で動かないとチャンス無いんじゃないっすか?」

ブーメランを承知で投げつけると純也先輩は胸を押さえる。

「東堂さんには無視されました…。」

「脈ないとかいう次元じゃないんだよなぁ…。長い付き合いだけど彼女が誰かを無視したなんて聞いたことないっすよ。」

環奈は社交性は高い方だ。人当たりは良いし、自分が大変なのに相談にも乗ってあげる余裕を見せている。

「…胸と足を見すぎたかもしれん。」

「キモ…。すません。紹介できそうな人がいたとしても先輩には紹介できません。」

「ふあ…。純也がキモイのは周知の事実。」

純也先輩の隣に座っていた要先輩がアイマスクをずらして言う。

「純也先輩キモすぎ…。」

「最低…。」

前の方から他のマネージャーの声も聞こえてくる。きっと桜が起きていたら同様の反応をしただろう。

「うぐ…。仕方なくないか?だって学校1の美人だぞ!?スタイルも抜群なんだから見るだろ!?」

うわ…。これはモテないわ。

「そもそも学校1って誰が決めたんですか?投票を取ったんですか?」

「それは今年のミスコンが決めてくれるだろ。」

ミスコン。10月にある学際のメインイベントだ。

「多分環奈は出ないですよ?桜が出たら出てくるかもしれないですけど、桜もそういうの興味ないし。」

「なん…だと…!?」

何でそんなに出てほしいんだよ。

「じゃあ水着姿が見れないじゃないか!」

声がマイクロバス内に響く。

「…。」

理由がキモすぎて車内に沈黙が下りた。

「なに?煩いんだけど…。」

桜が目を開けて俺の方を見る。

「ふあ…。」

欠伸をしながら周囲を見渡す。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。何もなかった。ほら、抱きしめてあげるからもう一度寝な?」

疑問符を浮かべて首を傾げる桜を抱きしめてやる。

「ふぁ…。暖かい…。」

少しするとまた寝息が聞こえて安堵する。この人の言葉を桜に聞かせるのはよくない。

「この話は終わりです。純也先輩は口を開かないでください。桜が寝てるんですよ?」

「ご、ごめんなさい。」

言いすぎただろうか。しゅんとなって縮こまってしまった。

バスはあと2時間の長旅だ。肩を貸すだけならまだしも、抱きしめていたら俺も何もできない。本当はバスケの雑誌とか桜が恐らく遅くまで作った練習メニューを見るはずだったが致し方ない。

全ては純也先輩のせいである。俺は少し迷ったが抱きしめたまま目を閉じた。

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