幕間-颯汰と仁 仁と綾香
「はぁ、はぁ。」
息が切れ始める。土日の習慣に新しく始めたランニング。
6時から8時までの二時間を使って公園の外周を走る。朝ごはんは桜が用意してくれているのでこうやってトレーニングに時間を使える。
自分には体力がそこそこあると思っていたが、その驕りはもう無い。
大会まではあと1か月ちょい。その前に夏休みを利用した合宿と、夏休み前のテストがある。
この際、成績を少し落とすのは致し方ない。
今年中に環奈の事に決着をつけるつもりでやると決めたからには、周りだけではなく自分のレベルアップは急務だ。
タイマーがなり、少しずつスピードを落としていって暫く歩く。20分1セット。休息をいれつつ動き続ける。これは桜が俺の怪我のリスクを考慮して考えてくれた練習メニューだ。
スポドリを少し口に含む。ゆっくりと飲んで歩きながら溜息を吐いた。
5分のタイマーが鳴り、再度走り出そうとすると前から人が歩いてくるのが見えた。顔が見えて立ち止まる。
「仁…さん。」
「やあ。頑張っているようだね。」
「えぇ。まぁ。何か用ですか?」
「なに。顔を見に来ただけさ。」
実の子供の顔を見に来ないくせに俺の顔を見に来るとはどういう了見だこの野郎とは思ったが口には出さない。
「君の活躍は見ているよ。あの会場には私もいたからね。真実味を帯びてきてるじゃないか。これだから才能のある若者を見るのは楽しいね。」
殴ってやろうかと思った。だがその手を振り上げることは無い。見返し方は決めている。
「余裕ですね。いいんですか?あの二人は俺が…いや俺たちが貴方の手から奪いますけど。」
「ははは。別にいいよ。いなければいないで手段はある。まぁ私としては君も欲しいから是非とも失敗してもらいたいがね。君は何か勘違いをしているが、私が欲しいのは君なんだ。失敗しても環奈の事はくれてやってもいい。君は環奈と結婚して私の後を継ぐ。安泰じゃないか。何が不満なんだい?」
溜息を吐く。
「敷かれたレールを歩く人生なんてごめんだ。自分の努力で掴み取ってこそ価値がある。バスケも、環奈も、朱莉ちゃんも。その全てを俺は手に入れる。」
俺の言葉に成程と仁さんが頷いてにやりと笑う。
「では君の心が折れるのを期待しよう。その時は、親と後継者として仲良くしようじゃないか。」
「アンタと仲良くするのだけはごめんだ。」
溜息を吐いて吐き捨てる。仁さんは俺の横をすれ違う。
「どちらになっても環奈のことは好きにするといい。朱莉がいるからね。問題はないよ。」
舌打ちをする。遠ざかる背中を睨む。煽りに来ただけとは本当に性格の悪い男だ。俺でストレスの発散でもしてるんじゃなかろうか。
前を向いて走り出す。今日の出会いは心の中にしまっておく。わざわざ話すことも無い。
それにしても、俺がこの時間にランニングをしてるってどこで知ったのだろうか。まさか俺の事を調べているのか?
いやそれよりも引っかかる。狙いが俺とはどういうことだ?喧嘩を売ってくる気概を買っている?それとも俺の心に動揺を誘っている?俺は天才ではない。いつだって藻掻いて足掻いて、泥臭く結果を出している。勉強だってしなければ成績が落ちる。あの人からすれば凡夫と言える存在だ。
(考えていても仕方ない。答えはでず、やることも変わらない。俺は環奈が欲しいんじゃない。二人の幸せな人生が欲しいんだ。)
前を向いて走る。暫くすると今回の出来事はすっかり忘れられた。
ガチャリと後部座席の扉が開く。
旦那の仁が乗り込んでくる。
「本当に性格が悪いですね。」
「はは。手厳しいね。」
会話は終わる。私たちの間には夫婦という紙の契約しかない。
私はこの人には逆らえない。
この人に逆らえば両親は路頭に迷う。
好き好んで結婚した相手でもない。
両親を盾にされて頷いただけだ。
環奈が幼稚園の時に彼の家に住むように仕向けたのは私だ。
相当な無理と手回しをした。だからこそ二度はない。勝手に動いた反動が朱莉を産み、二度と抱くことが許されない罰となった。
それに私が動けば両親も困る。両親は好きにやりなさいと言うがそれは許されない。
私は両親を愛している。
いや、言い訳だ。私に母親の資格はない。
私から彼に言葉をかけた事は一度もない。彼の両親とは話したが、それは墓まで持っていってもらう約束だ。私は最低な母親のまま、誰にも見取られずに死ぬだろう。
仁が彼に目をつけたのはその精神力だ。
折れても立ち上がる心。
走り続ける精神力。
自らの手で未来を掴もうとする意思。
天才じゃないからこそ、その全てが光り輝く原石なのだ。
だから私も彼に賭けた。用意周到に環奈と朱莉の逃げ道を作ろうと動いた。
その結果が私を包む鳥籠を強固なものにするのは自明の理だった。最後に二人を受け入れてほしいとお二人にメッセージは送った。
全て監視されてる私の最後のメッセージ。
二人からは任されましたと連絡が来た。
本当にお人好しで素敵すぎる人達だ。
だからこれで終わり。もう手を貸す事は出来ない。あとは彼に全て託す。この男に敗北を味合わせる人間がいるとすれば彼だけだ。
願わくば彼が賭けに勝ってあの二人をこの地獄から救うことを祈る。
動く車の窓から外を見る。流れる街並みを見ながら私はため息を吐いた。
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