桜と朱莉
「桜ねーね!質問があります!」
「いいわよ。何かな?朱莉ちゃん。」
私は今朱莉ちゃんに頼まれて押し花の栞を使っている。手を止めて朱莉ちゃんの目を見る。
「ねーねと桜ねーねはお兄ちゃんと結婚するの?」
質問に固まる。純真無垢な目線が刺さり、冷や汗が流れる。幼稚園児でも結婚は知ってるか。
でもなんと答えたらいいだろう。本来この国は重婚を認めていない。でも常識なんて人生を縛る枷だ。無ければ無いほうがいい。
それに、海外ならば重婚が可能な国もある。
「そうよ。颯汰は大変な事でも成し遂げる。器のでかい男なの。でもまぁそうね…。普通に考えれば法律的に私が妻で、環奈が内縁の妻になるでしょう。私としてもそこは譲れないわ。」
「うーん。難しい!」
説明は私も難しい。
「結婚は一人としかしか出来ないの。だけど私達は環奈ねーねの事も好きだから一緒にいる。ハッピーエンドじゃないと嫌だから。大事な親友と一緒にいたいから。」
「じゃあ朱莉も一緒?」
「ええ。勿論。だけど朱莉ちゃんも大きくなれば大事な人が出来るわ。その時はその人を大事にするのよ?」
「うん!」
色々と言ったけど最終的に選ぶのは颯汰だ。私が逆になる可能性だってある。それはそれで仕方ない。私は私がいい女だと思える女になる。
その為に環奈を助けると決めた。その選択に後悔などない。それに颯汰ならきっと平等に愛してくれるだろう。
たった一人の親友だ。彼女が幸せになれないなんて私が認めない。誰にだって幸せになる権利とチャンスは平等にあるべきだ。
それに朱莉ちゃんだってそうだ。この子には汚い大人の世界なんて知らないままに育ってほしい。
「ねーね!これでいいの?」
声をかけられて見ると綺麗に並んだ花たちが並んでいる。
「うん。上手よ。一度乾燥させると形は変えられないから朱莉ちゃんが一番お花が綺麗に見えると思う形にするのよ?」
この押し花は完成したらしおりにするらしい。
7月生まれの環奈の誕生日にプレゼントするんだと言われて驚いた。
環奈はよく小説を読んでいる。その際にボロボロになった押し花のしおりを使っているのは見たことがある。
「ねーねは自分の物をあんまり買わないの。朱莉が欲しいって言えば買ってくれるんだけど、それを受け取ってはくれないの。でも手作りなら受け取ってくれるから…。」
優しい子だ。恵まれた家庭環境とはとても言えない。だけど彼女の中には環奈から貰った愛情が根付いてる。
「新聞紙で挟んで、重いもので挟む。これを数日繰り返せば完成よ。」
「ねーねには秘密にしたい!」
サプライズか。うん。とてもいいことだと思う。
「じゃあ私の部屋に置いておきましょう。スノウはとてもいい子だから心配はいらないわ。」
チラリとスノウを見るとにゃあと鳴く。この子も少しずつ大きくなってきた。私の部屋に入ってくるのはこの子だけなので何も問題はない。
時刻を見ると12時。お昼の時間だ。
「お昼ごはんは何を食べたい?」
「ラーメン!」
小さい子は麺類が好きな子が多い。朱莉ちゃんも例にもれず麵が好きなのでインスタントではあるが常備はしている。
あまり体にいいとは言えないけれど、私も小さい頃はよく食べていた。
私は頷いて立ち上がり、手を引いて階下に降りた。
お昼ご飯を食べ終わり、冷蔵庫の中を確認するとあまり食材は無かった。少し考える。朱莉ちゃんを連れて二人で出ていいのか。入れ違いで環奈が帰ってきたら心配しないだろうか。
少しだけ考えて、メッセージを送る。15分程待っては見たが既読になる気配はない。あの二人はデート中だ。あまり邪魔もしたくない。
「朱莉ちゃん。私と一緒に買い物に行ってくれる?」
「うん!」
可愛い笑顔に顔がほころぶ。私はやっぱり子供が好きだと思う。いやこの子だから好きなのか?親友の妹だし、少し贔屓目もあるかもしれない。
でも連れ回す上で何かあっては環奈に申し訳ない。お母さんに連絡して手伝ってもらうことにした。
「朱莉ちゃん。この人が私のお母さんよ。」
朱莉ちゃんに母親を紹介する。なんだか不思議な気分になる。
「朱莉です!初めまして!」
「はい!初めまして!桜のお母さんの千花です!よろしくね?」
「はい!」
お母さんは大人だ。余計な事は言わないだろうけど、私をいじるために変なことを言いかねない。だから紹介したくはなかったけれど、迷惑をかけ続けていることも理解しているので無下にも出来ない。
「今日はどこに行くの?」
「買い物。食材を買ったら直ぐに帰ってきたい。入れ違いで環奈に迷惑もかけたくないし。」
「分かったわ。じゃあ早速行きましょう。」
「はーい!」
朱莉ちゃんが元気に返事をして、可愛いなぁと私は微笑んだ。
スーパーについて朱莉ちゃんと手を繋いで歩く。念には念を入れて反対側はお母さんにガードしてもらっている。
「朱莉ちゃんは何か食べたいものがある?」
「餃子が食べたい!」
私が中華と言って言っていたのを理解していたらしい。賢い子だ。包むのは大変だけど、この子と料理をするのも楽しいだろう。
「うん。手伝ってくれる?」
「やるー!」
空いてる手で優しく頭を撫でてあげる。これが母性というやつかもしれない。子供が欲しくなってきた。
颯汰と私の子供…。可愛いに決まってる。
きっと素敵な家族になれるだろう。
その時は環奈にも子供がいて、きっと楽しい生活が待っている。
「何ぼぉっとしてんの?桜。」
お母さんに声をかけられてハッとする。
ダメだダメだ。こんなところで変な想像をしてしまった。
「何でもないわ。さっさと買い物を終わらせましょう。時間はあまり無いわ。」
頭を振って歩き出すとお母さんはくすくすと笑い、朱莉ちゃんは楽しそうに歩き出した。
家に帰ってきてお母さんにも手伝いを頼む。
朱莉ちゃんは大人との付き合いが希薄だ。
環奈が母親代わりとはいえ、こういう経験も大事だろう。
お母さんは快く了承してくれた。
そうして今は私がエビチリを作っている間にお母さんと朱莉ちゃんは餃子のタネを一緒に作っている。
きゃっきゃと楽しそうな声が聞こえる。
朱莉ちゃん曰く環奈は心配性で朱莉ちゃんをキッチンに入れてくれないらしい。
不味っただろうか…。これは私が勝手にやっている事だ。環奈には後で謝罪しよう。勿論その話を聞いたときにやっぱりやめようと言おうとしたのだが、朱莉ちゃんがやりたがったので許可をしてしまった。火を使う事と、包丁を使うことは勿論やらせていない。
こうなれば帰ってくる前に終わらせるしかない。
その願いもむなしく餃子が完成する前に二人は帰ってきてしまった。
時刻は17時。実に健全である。
颯汰…ホテルに行くなとは言ったけどもうちょっと遅くてもいいのよ…。
環奈は餃子をウチの母と作っているのを見て目をパチクリとする。これは不味い。
「お帰りなさい二人とも。そしてごめんなさい環奈。私が頼んだのよ。」
「ううん。寧ろありがとう。いい経験になると思う。」
ちらりと見ると二人の距離は近づいている。
どうやら颯汰が上手いことやったらしい。
私は一つ安心する。この二人はちょっと距離が微妙だった。二人ともに負い目があるように感じでいた。
朱莉ちゃんの思いつきから始まったデートとは言え距離が縮まるのは良いことだ。
「あとはチャーハンと海老マヨなんだけど、チャーハンは任せていいかしら?」
私の言葉に環奈が笑顔で頷く。不覚にもその笑顔が綺麗でドキッとする。どうやらこれが本来の環奈の笑顔らしい。
もう影はなく、年相応の女の子だ。
私はその笑顔を見て心の底から安堵する。
きっとこの子は幸せになれる。私達はその後押しをすればいい。
ちらりと颯汰を見ると、同じことを考えていたのか頷く。その頷きに私も頷きで返した。
二人で見返すと決めたことだ。なら私のやることは何も変わらないだろう。
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