幼馴染とのデート

一週間の練習を終え、ゆっくり土曜日を過ごした週末。今日は環奈と朱莉ちゃんと出かける予定の日曜日だ。

「朱莉は今日は桜ねーねといる!」

朝食を食べていると突然朱莉ちゃんがそんな事を言い始めた。

桜は目をぱちくりとした後にいいでしょうと頷く。

「だ、だめよ。桜だってお休みなのに!」

「まぁまぁ。私にとっても妹なんだからいい機会よ。二人だってたまにはデートをしたいでしょう?任せなさい。私は朱莉ちゃんと仲がいいわ。朱莉ちゃんが私と一緒にいたいと言うなら喜んでこの大役を受けるわ。」

「で、でも…。」

環奈が戸惑ったような顔で桜を見る。

「環奈は私に朱莉ちゃんを任せるのが不安なの?それとも颯汰とデートをするのに罪悪感があるのかしら?正妻である私が許可してるのよ。そんな罪悪感は捨てなさい?」

「あう…。」

桜にじっと見つめられて環奈がたじろぐ。俺はそんな環奈の肩に手を置いた。

「環奈の負けだな。桜、留守を頼む。」

「ええ。夕ご飯は中華にするから家で食べるのよ?あとホテルに入っちゃだめよ?」

「入るか!」

「入らないわよ!」

俺たちの声が被って桜がくすくすと笑う。

朱莉ちゃんはきょとんと首を傾げていた。


家を出て並んで歩く。いつもなら間に朱莉ちゃんがいるが今日は微妙な距離感だ。

「こうやって二人で最後に歩いたのは小学の時か。なんだか懐かしいな。」

「そうね。よく手を繋いで登下校して、揶揄われてたっけ。」

そんなこともあったなと思う。でも揶揄われても手を離すことはなかった。

小学生の時に出来ていたことが今出来ないのはおかしな話だ。だから手を差し出す。

環奈は手を差し出して、直前で下ろした。

「それは良くないわ。桜に悪い。家でならいいけど、外では桜が貴方の彼女として認識されてるもの。」

確かにそうみたいだ。外に行けばクラスメイト達に会うこともあるだろう。でもこの道を選んだのは環奈ではなくて俺だ。だから下されたその手を握った。

「世間体とかどうでもいいだろ。俺は桜のことが好きだけど環奈の事も好きだ。嫌なら手を離してくれてもいいけどな。」

「意地悪…。私が颯汰の手を離すわけないじゃない。一回離した手をようやくまた握れたんだから。」

そう言って環奈が俺の手を握り返す。そのまま環奈を引き寄せる。

「俺だって2度と離す気はない。絶対に救い出して笑顔で生きてくって決めたんだ。これはもう決定事項だからな。」

「やめてよ。嬉しくて泣いちゃうじゃん。せっかく気合い入れておしゃれしてるんだからさ。」

「はは。そうだな。今日の環奈もとっても可愛いよ。」

思ったら口に出す。環奈はすぐに遠慮するからグイグイ行かないとダメだ。それは付き合いの長さから知っている。

環奈の顔が赤く染まる。

「もう…本当に颯汰は私を何度も恋に落とすんだから。責任とってよね?」

「勿論だ。その為に人生を捧げた賭けの真っ最中。この賭けに勝つのは決定事項だから。任せろよ。君の惚れた男は約束は必ず守る男だ。今年中にそのふざけた運命ってやつに反逆して、先ずは見返してやるよ。そして見せてやるんだ。取るに足りないと思った蟻が実はでかい相手だったってな。」

夢を語って、理想を語って、それを実現してこそのビッグマウスだ。苦しんでる子の前では格好つけて、安心させてやりたい。

格好悪いところは桜に見せて慰めてもらう。それでバランスが取れてる。

自分が万能の人間だなんて思っていない。

だから努力するし、掴み取る為に足掻く。

「もう…本当に格好いいんだから…。」

環奈の言葉に首を振る。

「格好つけてるだけさ。でもそれでいいと思う。楽な方に逃げる人生なんて楽しくないだろ。壁を越えてこそ楽しいんだ。一度心が折れて、挑んでいる今だからわかる。やっぱり俺はどんな逆境でもこの手を離したくないってさ。それに勝算がある。」

「勝算?」

「そうさ。俺達には勝利の女神がついているんだ。中学の無理難題だって彼女が陰ながらサポートしてくれたんだ。それが今回は表立ってサポートしてくれてる。なら賭けに負けるわけないんだ。後は俺が甘えずに精進するだけ。」

話しながらたどり着いたのはよく二人で来ていた高台の階段の下だ。

「久しぶりに登らないか?デートの場所に選ぶには、ちょっとミスチョイスかもしれないけど…。」

「そうね。私たちの思い出の場所だもんね。」

階段を一歩ずつ上がる。

「小さなときは君の事情なんて知らなかった。ただ隣にいる事を当たり前だと思ってた。」

「うん。私だってそう。颯汰とお母さんとお父さんの手を繋いで入れたら幸せだった。実の両親の事なんてどうでもよかった。」

「だよな。環奈はもっと笑う女の子だった。その笑顔が好きだったんだ。中学の頃は失敗した。手は伸ばせず、一人で戦ってる気になってさ。環奈の気持ちを考えてなかったんだ。ガキだった。」

環奈は首を振る。

「私だってそう。颯汰が私を大事に思ってくれているのに気づかなかった。貴方を巻き込むことが怖かった。」

視界が広がる。街の景色が一望できる。

「話さないと何も伝わんないよな。」

「そうね。もうすれ違うのはこりごりよ。」

そうだ。昔のように隠し事のない関係に戻ろう。

「はっきりと言わなかった。俺は君の父親と3つ契約した。一つは既に終えている。中学時代だ。君の高校生活での自由。二つ目は今後の人生の自由。三つ目は朱莉ちゃんの自由だ。条件はインハイ、ウインターカップの優勝と高卒プロ選手。厳しい条件だ。失敗したら君の父親の会社で社畜として飼われることになっている。言えば君の重荷になる事は分かり切っていたし、契約違反と言われるのも困る。だから言わなかった。」

環奈は涙を流しながら黙って聞いている。

「でももう辞めだ。君とこの先、一緒に生きていくならこの方法は違う。勘違いさせてるようだから言う。俺は勝手に君を守りたいし、君を幸せにしたいんだ。だから恩義に感じてもらいたいわけじゃない。これを理由に好きになってもらいたいなんて思ってない。だけどそれでも俺と一緒に生きたいと思うなら何も知らないフリをして欲しい。そしたら必ず君たちを俺達が救ってみせる。全て終わったら…桜と一緒に嫁に来てくれ。平等に大事にする。」

言葉にしないと伝わらない。すれ違うくらいなら最低な言葉でも吐く。差し出した手が強く握られる。

「私…私ね…。ずっと颯汰とお母さん、お父さんを巻き込みたくなかった。私と一緒にいても辛いだけだって…颯汰の気持ちも考えずに距離を置いた。颯汰が差し出した手を握らなかった。でも未練を捨てられなくて隣には居続けた。私…颯汰が思ってるほど綺麗な心とか持ってないよ…?」

そんなの俺だってそうだ。

「あぁ。そのままの君でいい。」

「嫉妬だってするし、結構めんどくさい自覚があるよ?」

嫉妬は愛の裏返しだ。それだけ愛してもらってると言う事だ。

「あぁ。そんな君が好きだ。それに君の方こそいいのか?俺は二人同時に口説くような男だぞ?」

「いいよ。平等に愛してくれるんでしょ?」

「あぁ。必ず。」

夢を見て、理想を語る。

その全てを成し遂げて、自分の手で幸せを掴む。生き方はもう決めた。

「うん。分かった。」

環奈が顔を上げて微笑む。

流れる涙すら美しかった。

「不束者ですが、幾久しく、よろしくお願い致します。」

あぁ。満開の花が咲く。太陽のように輝き、俺の心に火を灯す。この笑顔のためなら命も賭けられるだろう。

それは数年ぶりに見た本当の笑顔だった。


綺麗な夕陽が街を照らす。

その景色を俺達は腕を組んで眺めている。

この景色を見たくてここに来たんだ。

「覚えてる?」

「あぁ。」

小さな女の子が一人で涙を流している。その少女の手を取った一組の親子。

「私は愛情に飢えていた。そんな私に貴方達は愛をくれた。」

「好きな子が泣いていたから手を差し出したんだ。考えなしの子供だった。結局はウチの両親がなんとかしてくれた。」

いつだってそうだ。俺は親の愛に支えられてる。だから無茶もできる。

「あの時の私達は、確かに何も知らない幼稚園児の子供だったね。きっとお母さんとお父さんが無理を通したんだよ。今ならわかる。ウチの両親は性格が悪いもの。」

確かに。俺と同じように何か契約でも結んだのかもしれない。そして成し遂げたのだろう。なら息子の俺が引き継ぐべきだ。

「だったら恩返しをしないとな。最高の笑顔で出迎えてやろう。帰ってくるのはまだ先になるけどな。」

「うん。だから今は頑張ろうね。」

「あぁ。」

繋いだ手は熱く、心まで燃えている。

見返してやるよ。今度は全員で。

俺は夕陽を見ながら誓いを新たにした。

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