桜との1日
「暇だなぁ…。」
にゃあ~
俺の言葉にヨミが反応する。
予選で怪我をした俺は絶対安静を理由に無理やり学校を休まされていた。
つまり一人である。あんまり動かないようにと言われて仕方なく横になっている。
テレビの画面には環奈が撮影して撮りため、桜が2,3位の映像だけを纏めて映像化してくれた映像が流れている。
「多才だよなぁ。」
にゃあ。
ヨミは俺が口を開くたびに返事をしてくれている。まるで俺の言葉を理解してくれているようだ。
「たまには休むのはありだけど、何もしないっていうのはなぁ。暇すぎて死ぬ。そう思うだろ?」
にゃあ。
「だよなぁ。よし!」
「よしじゃないのよ。」
上半身は動かせないとしても足を鍛えるくらいなら良いだろう。そう考えて立ち上がろうとすると桜の声が聞こえた。
「なぜここに…?」
桜は学校に行っていたはずだ。
「早退してきたからよ。私は優等生だし、アンタとの仲は知れ渡ってるからね。良かったわね。公認のカップルみたいな扱いになってるみたいよ?私達。」
「そ、そうですか。」
ベッドに体重をかけて沈み込む。こうまで過保護にされては動くこともできない。
「でもそうね。散歩に行きましょうか。30分くらいの運動は必要でしょう。」
「マジで!?やったぜ!」
一週間もベッドで寝ていたら鍛えた分が全て無駄になるんじゃないかと不安もあった。
「じゃあ、はい。」
手が差し出される。その手を見て首を傾げる。
「立てないほどの重症じゃないぞ?」
「久しぶりのデートなのよ?」
そっか。散歩とはいえ二人で外に出るならそれはデートだ。
「エスコートは出来そうにないけどな。」
「ケガ人にエスコートさせるような人間に見えるの?」
「あ、すいません。」
ジト目で見られては謝るしかない。桜がふふっと笑う。
「なんだか最近ドンドン可愛くなってる気がする。」
「そうね。今恋してるからね。」
そう言って桜が笑顔で俺の手を握った。
手を繋いで公園を歩く。背中の痛みは痛み止めと湿布のおかげで今のところはない。
「一日ずつ交互に休むの事にしたの。」
「どういう事?」
「アンタを一人にするのは危ないって話よ。見てないところで悪化されるより、見えるところに置いておくと決めたの。」
「信用無いなぁ。」
「それはそうでしょ。さっき動こうとしてたじゃない。」
そう言われると返す言葉もない。
「明日は環奈と二人っきりよ。でもエッチはダメよ?散歩くらいにしなさい?」
「いや、しないから…。」
「本当かしら。環奈はあの美貌であのスタイルだもの。胸だけは私が勝ってるけど、全体のバランスを見れば、圧倒的に敗北しているって理解してるし。」
そう自虐して桜はふっと笑う。
「俺は見た目で判断しないよ。だから初めての相手は桜だって決めてるんだ。こんな二股野郎の言葉は信用無いかもしれないけど。」
両方に手を出しておきながらこんな言葉を言うのはどうなんだと第3者には言われるだろう。だけど1番は桜だ。彼女を幸せにして支える。支えてもらっている恩を返す。それがなによりも大事なことだと思ってる。
「惚れた弱みね。貴方にそう言われるだけで胸が高まっちゃうわ。でもそれは契約を果たしてからじゃないと実現は出来ない。一時の幸せより、一生の幸せが欲しい。でも昨日貴方が怪我をしたときに本当に怖くなっちゃった。やっぱり一緒に逃げたくなっちゃった。だって貴方は自分の体より他人の幸せの為に動いてしまう。私はそれが怖い。いつか大きな怪我をしていまうんじゃないかって。貴方の夢が叶えられなくなるんじゃないかって。」
桜が俯き本音をこぼす。その目の端には涙がたまっている。
「確かに険しい道だと思う。だけどこれはチャンスでもある。あの契約があるから俺は止まらない。厳しい練習すらも耐えられる。プロになるって簡単じゃないだろ?夢を叶えるためには努力をしなければならない。だから隣で見ていてほしい。俺が世界で一番格好いい選手になるところをさ。」
ビッグマウス。俺はそう言われることも多い。だけどそれを実現させられるだけの努力をしているとはっきり言える。だけど俺だけじゃ無理だ。隣にこの子がいないと俺はこの道の半ばで倒れてしまうかもしれない。だから隣にいて叱咤激励しながら支えてほしい。
「…そうね。わかった。支えてあげるわ。私の残りの人生、全部あなたにあげる。だから必ず幸せにしなさいよ?」
泣きながら笑う桜の頭を撫でる。今はしっかり怪我を治して万全の状態に戻らなければと改めて思った。
「なんだかこうして二人でリビングにいるのも久しぶりよね。」
スノーを膝に乗せながら微笑む桜はまるで絵画の1枚のようだ。
「環奈と朱莉ちゃんが普段はいるからな。」
時間を見ると15時。そろそろ学校も終わり、二人も帰ってくるだろう。
「学校の許可を取り付ける為とはいえ、今日は短すぎるわ。1日あればもっとゆっくりできたのにね。」
「というかよく学校の許可が下りたな。」
普通なら看病という理由で許可など下りないだろう。死ぬほどの怪我ではないし、少し背中が痛いだけだ。
「流石の私たちも分が悪いかなって思ってはいたけれどあっさり許可されたわ。さて、それは何故でしょう?」
桜が悪戯を思いついたような顔をする。少し考えるが全然わからん。
「二人が優秀だから?」
「違うわ。成績優秀者だからって特別扱いはされませーん。正解はアンタよ。」
指を指されて首を傾げる。
「どういう事?」
「アンタって背が低い選手よね。」
ぐさりと胸に刃が刺さる。ぐっ!致命傷だ…。
「あっ悪口じゃないの。ごめんね。言葉が悪かったわ。」
「だ、大丈夫だ。問題ない。」
胸を押さえながら応える。桜は苦笑しながら口を開く。
「学校に取材の申し入れがあったらしいの。小さいのに大きな選手を実力差でねじ伏せる選手がいる。素敵なストーリーが書けそうだからってね。でも当の本人は怪我で休んでる。だから一旦お断りしたそうなの。でも復帰したらその取材を受けてほしいんだと思う。その為に恩を売ってるのね。つまりそういう事よ。」
成程…。取材とかは目立つのが嫌いな俺なら断る可能性がある。だとすれば恩を売っておくのは悪くないという判断か。
「どっちがいいと思う?」
「受けるべきでしょう。プロになるのなら知名度はいるわ。順調に積み上げようとは思っていたけれど、飛躍的に知名度を上げる手段にはなる。」
桜がそういうのなら受けるべきだ。彼女は俺の専属マネージャーなのだから。
「そうか。じゃあ受ける。」
「判断が早いわね。」
「君が受けるべきと言うならそうした方がいいんだろう。信頼してるから。」
「そう…。まぁ個人的には受けてほしくないけどね。」
そう言って苦笑する。
「どっちだよ…。」
「だって颯汰は普通にイケメンだし、きっと人気が出るわ。だから嫌。」
「俺の一番はいつでも桜だよ。それだけは本当だ。」
自然と顔が近づいて唇を重ねる。
「ふふ。私って自分が思ったより単純な人間だったみたい。キスするだけで不安がなくなっちゃう。」
「俺だってそうだよ。桜とキスするだけで何でもできる気になる。だから頑張るよ。今できる事を精一杯。」
「うん。私も支えるよ。ずっと一緒にいたいから。」
俺達はそのまま寄り添いあって静かなひと時を過ごすのだった。
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