ミーティングと帰宅

バスから降りた俺たちはゾロゾロと部室へと向かう。俺と桜は最後方を静かに歩いていた。

「体の調子はどう?」

「うーん。不完全燃焼だな。なにせフルで出てないから。後半はただ見ていただけだし。だけど収穫はあった。」

「ダブルポイントガードでしょ。」

桜の言葉に俺は頷く。

「桜から見てもやっぱりアリか?リズムも変えられるし、ありだと思うんだよなぁ。でも実際にやるならちゃんと全員と相談してウインターカップだよなぁ。」

「そうね。司令塔がコロコロ変われば、選手が混乱する。固定していればその心配もないけれど、ゲームの中でコロコロ変わるとね…。」

桜の言う通りだ。もっと早くに気づいていれば面白い戦法だった。

これは要先輩がいないと出来ないことだし、出来るとすれば最後の大会のみだ。

ここ数年は優勝がないから、3年の先輩には頂からの景色を見せてあげたい。その横に自分がいれれば最高だ。

「なんにせよ、今ある武器で戦うしかないでしょうね。予選中は自主練も出来ないしね。」

「疲れを残すわけにはいかないか…。」

その言葉に桜は頷く。

「私は颯汰の専属トレーナーのつもりでいるわ。だから言わせてもらうけど、オーバートレーニング症候群になれば、今年の大会を棒に振ることになるわ。颯汰が責任感を力に変えるのは知っているけれど、だからこそ止める時は止めないといけない。出来うる限りのことはやった。この三日間は試合に集中して。」

「オーバートレーニング症候群?」

知らない言葉が出てきて首を傾げる。

「私も知らなかった事何だけど沙耶さんから貰った本に載ってたのよ。過剰なトレーニングが原因でパフォーマンスが低下し、慢性疲労状態や抑うつ症状を引き起こす状態の事を言うらしいわ。だからこの3日はリラックスして過ごしてほしいの。大丈夫よ。私が貴方を勝たせてあげるから。私は貴方の勝利の女神でしょ?」

桜が微笑む。

「そうだな。なら予選の試合は気楽に楽しくプレイするよ。負ける気は無いけれど。」

「それでいいと思うわ。負けたとしても颯汰だけの責任じゃない。私のサポートだって完璧じゃなかったって本を読んでわかったわ。だから二人で成長しましょう。それが運命共同体なんだと思うわ。」

いや、負けたとしても俺の実力不足だと思う。だが桜の一緒に頑張りたいという気持ちは痛いほど伝わってきた。

俺たちが小声で話していると前から斎藤さんが近づいてきた。彼女は智也と一緒に歩いていたはずだが桜に何か用かと俺は一歩下がる。

何せ彼女とはまともに話したことがない。

俺は意図的に桜以外のマネージャーとは話さないようにしている。昔だが変な噂が立って非常な面倒なことになったからだ。

「あっ、逃げないで速水くん。」

「俺?」

首を傾げると、俺をフォローするように桜が口を開く。

「映像ですよね?マネージャーでベンチ入り出来るのは一人だけ。だから今日の映像は斎藤さんが残してくれていたんです。明日の対戦相手の貴重な映像ですよ。」

「そうです。部長と智くんが速水くんに渡すようにって…。」

成程。智也だから智くんか。あの普段無口な男もやることはやっているらしい。いい事だな。

俺は差し出されたビデオを受け取る。

「ありがとう。助かるよ。この後のミーティングで流すか…。桜。帰ったらDVDにやいてくれ。家でも見たい。」

「はい。任せてください。颯汰くん。」

俺達のやりとりを見て斎藤が目をぱちくりする。よく分からないが驚いているようだ。

「どうした?」

「いえ…。家に帰ったらって言い方がまるで同棲してるみたいに聞こえて…。」

言われてしまったと思う。どう言い訳しようか頭を抱えそうになる。

「私は颯汰くんの専属マネージャーのようなものです。だから練習後は彼にマッサージをしてあげているんです。家に行くのはそれが理由ですので深い意味はありません。将来的にはスポーツマネージャーの資格も習得する予定なんですよ?良かったら今度ご一緒に如何ですか?」

微笑みながら桜は重要なことは隠して言う。

俺にはできない冷静な返しだ。

斎藤は目を輝かせて頷く。

「わ、私も智くんのために勉強したいです!」

「そうですか。では後日時間を作りますね。」

「はい!」

斎藤が笑顔で頷いて前の方に戻って行った。

「いいのか?」

「アンタが口を滑らせるからよ。上手く切り抜けるための話だからいいの。どうせ向こうは来ないと思うし。」

「いや、アレは多分くるぞ…。絶対智也と恋仲だろ。」

俺の言葉に桜が沈黙する。

「まずったわね。はぁ。私も少し冷静じゃないみたい。」

桜のこんな言葉は珍しい。

「フォローはしたいが、環奈が家にいるからウチは使えないなぁ…。」

「そうよね…。まぁその時に考えましょう。」

「そうだな。」

元々は俺の失態から始まったことだ。できうる限りのことをしようと考えていると部室に着いたのだった。


部室について俺達は映像を全員で見る。

次の対戦相手は鈴鹿高校(すずかこうこう)。

実力的には中堅クラス。超攻撃特化チームで全員が190cmを超えている。

主体はダンク。普通のシュートの精度は高くないがリバンの上手さでカバーしているようだ。

実質1人足りなくなるが、俺は出されたパスを途中でカットするように立ち回るのが現実的だろう。1on1をしても高いところからパスを出されたら後手に回る。

その辺のことを所感で話して全員が納得した。

監督も何も言わないのでこれが正解だろう。

今後はそういう展開が増えてくる。これは予想していたことだ。

ミーティングが終わって監督が最後に口を開く。

「皆さん。本日はお疲れ様でした。明日以降もベストなプレイをする為に今日はしっかり休むように。」

全員が返事をして、俺達は帰宅することになった。


「お疲れ様。どうだったの?」

連日迎えに来てくれている千花さんが俺に問いかける。

「勝ちました。明日、明後日は2試合あります。厳しい戦いになるでしょう。ですが勝ちますよ。俺には勝利の女神がついているので。」

チラリと桜を見る。親の前でそう言われたのが驚きだったのか耳まで真っ赤だ。

それをミラーで見た千花さんがふふッと笑う。

「愛されてるわね。桜。」

「と、当然よ!尽くしてるんだから少しくらいは愛してもらわないとわ、割に合わないわ!」

そう言ってふんと顔を背ける桜に苦笑する。

「照れちゃってかわいいー!」

「う、煩い!ちょっと黙ってお母さん!」

「いいじゃない。口が悪くて可愛げが無いんだからちゃんと可愛いところを見せておきなさいよ。」

「可愛いところだって少しはあるもん!ある…はず…。」

「自身無くなっちゃってるじゃない。」

「もう煩い!」

ヒートアップする二人に苦笑しているとミラー越しに千花さんと目があう。これはフォローしろという合図だろうか…。なら乗っかっておこう。恥ずかしくて普段は言えないし。

「そうだな。可愛いところも沢山あるよ。特にキスをおねだりしてきたときの真っ赤な顔はとても可愛かったな。」

「な、なに言ってるの!?」

「それに直ぐに顔が真っ赤になるところも可愛い。素直になれなくてもすぐわかるからな。」

桜の頬に手を添える。優しく撫でると目線を反らされる。

やり過ぎたかと思い手を離すと桜がもたれ掛ってくる。

「ち、力抜けちゃったわよ、バカ…。」

「す、すまん。悪ノリしてやりすぎた。」

息が当たる距離でジト目を向けられる。

「許さない。帰ったら責任取って。」

「せ、責任!?」

「避妊はしてよ?」

「もうお母さんは黙って!!」

あははははと千花さんが笑って桜が怒る。俺は今度こそ苦笑して成り行きを見守った。

「ちょっとだけ颯汰君と話があるからアンタは降りなさい。」

「えっ。嫌だけど。」

家の前に着いて千花さんが言った言葉に桜が断りをいれる。二人で話したいというのは珍しい。俺も話したいことがある。

「桜。頼む。」

「う…わかった。お母さん。変なこと言わないでね?」

「言わないわよ。いいから行きなさい。」

桜は車から降りて少し不安そうな顔をした後に家に入っていった。

「ごめんね。疲れてるのに。」

「いいですよ。俺も怒られなきゃいけないことがあるので。」

千花さんは首を傾げた後にどうぞと促す。

「俺には幼馴染がいます。その子は家庭環境に問題があって、助けるために俺は桜に協力を頼みました。その上で付き合わずに中途半端な状態でいます。利用していると取られてもおかしくはない。」

千花さんは俺の話を黙って聞いている。

「その上で今は二股の状態になっています。最低だと自分でも思う。ですがそれでもこの関係を許していただきたい。軽蔑されて当然でしょう。こんな男の言葉に信頼するところは何もないのも理解しています。それでも俺は彼女を幸せにします。お願いします。」

「そう…。」

千花さんは暫く何かを考えて頷く。

「それが桜の幸せの形なんだってわかるわ。そしてそれを私に正直に話すことを桜はわかっていたし、貴方を信頼している。だからあの子の事お願いね。泣かせたら私の旦那が貴方を殴りに行くから。」

「わかりました。この約束は必ず守ります。」

千花さんは頷いた。

「私の話もそれだったのよ。貴方が誠実な人間でよかった。」

「誠実な人間は二股なんてしませんよ。」

「それはそう。でも隠さなかったことでプラマイゼロね。隠したら桜には貴方から離れてもらうつもりだったから。」

それはそうだろう。そしてその時点で俺も詰んでいた。ギリギリで可能性を残せたといえる。

「引き続きあの子の事をお願いね。」

「勿論です。助けられてるのは俺の方ですが大事にします。」

「よろしい。」

車から降りると千花さんが俺に手を振ったので頭を下げた。

俺はため息をひとつついて家の中に入った。

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