大会前のチーム練習
体育館内に声が響く。
バッシュのキュキュという音。
ボールが床を叩く音。
その音を聞きながら俺はベンチに座っていた。
「混ざりたいんすけど…。」
「座っていなさい。今は君無しで動くための練習です。勝つためには必要なことです。」
監督に言われてコートを眺める。みんな楽しそうだ。どうしてこうなったのか。それは15分前に遡る。
「やっぱ颯汰がいるだけでダンチだなぁ!」
博先輩が俺の肩に手を回す。彼は俺のパスで抜け出してシュートを決めたところだった。
「ナイシューです。先輩。でも離してください。」
「可愛くねぇなぁ。」
いや、暑苦しいし。そもそもそういうキャラじゃないんだよね俺。
試合を再開して今度は純也先輩にアリウープを出す。やりたいって言ってたし、試合でも使い道はあるだろう。
ガコンと音を立ててダンクが決まる。
「やっば!気持ち良すぎだろ!」
「そいつは良かったっす。試合でも頼みます。タイミングは目があって直ぐに俺が上を向いたらにしましょう。」
「やったぜ!」
そう言って純也先輩が駆けていく。
「要先輩!高速パス回し練習しましょう。どこかのタイミングで使えるはずです。」
「いいよー。合わせてあげるー。」
気だるそうにそう言う先輩は動く時は動いてくれる。ディフェンスの間を縫って高速でパスを回していく。そして最後にフェイダウェイでスリーを決めた。
「マジか、颯汰。新技?」
「よくて70%ってとこなんで、まだ精度は低いっすね。もしもの時は使いますけど、リバンが多くなるかも。」
「でも決まれば熱いねー。まぁ頑張ってよ。」
「うっす。」
要先輩は気だるげだけど一番俺と相性がいい。
パスの事も理解してくれるし、俺の次にコートをよく見てくれている。
俺はなるべくフェイダウェイの制度を上げるためにこの練習では連発することにしていた。つまり相当数は外れる。
「リバン!」
「ほい来た!」
大吾先輩が死守をして俺に戻す。俺は受け取って決めた。
「流石っすね。」
「リバウンドは俺の仕事だ。ドンドン打って来い。落ちたボールは俺が拾う。」
「頼もしいなぁ。」
こうして連携練習をしていたら、滅多に立たない監督が立ち上がった。
何事かと全員が見ると俺が呼ばれる。
「一度チェンジで。」
「うっす。」
そう言って3年の先輩が俺の代わりに入った。
俺は座ってそれを見る。客観的に見るのは大事だ。出たい気持ちはあるけれど監督には必ず意図がある。
そうして俺はかれこれもう15分間座り続けた。
「仮に君の体力が尽きたら、彼らのみで戦い抜かなくてはならない。だから必要なのです。この練習は。」
「それはわかりますが座ってるだけって言うのは…。」
「退屈ですか?」
退屈…。いや試合を見るのは大事だ。客観的に全員の力量を把握できる。もしかしたら違った視点の作戦を思いつくかもしれない。
でも、そうか。これは焦りだ。
俺は今焦ってる。少しでも彼らとの連携を重ねておきたいんだ。時間は限られている。
「予選はフルでは出しません。君は加減を知らない。勝てると思ったら下げます。」
勝てる試合ではフルに使わないというのは体力不足を演出するということか?だがわからない。傲慢な言い方にはなるが、俺がいた方が勝率は上がるはずだ。それでも下げるということは…。
「つまり武器は本戦まで残しておけと、そういう意味ですか?」
「そうです。特にフェイダウェイは決勝まで残しておくのが理想でしょう。君のスリーポイントは隠す意味がありません。なにせすでにバレているので。だから君はフェイダウェイ以外の武器で第二Qまでに圧倒的な差をつけるようにゲームメイクしなさい。これは君に出す課題です。その為にはもっと知る必要があると思いますよ。チームメイトを。」
じっと試合を観察する。このチームに加わって二月。スポーツ推薦で監督にスカウトされた俺は直ぐにスタメンに抜擢された。
一年生だけで二、三年の混合チームを押さえ込んで認めさせたのだ。勿論スタメンは出てこなかったが…。だから確かに彼らを完全に理解しているとは言えない。
「理解いただけましたか?彼らは君より長い時間一緒に練習をしてきました。勿論技術だけなら君の方が上でしょう。ですが足りないものがあると私は思います。」
「そうですね。見るのも勉強だ。それに彼らがそういうプレーが好きで、得意なのかも理解が足りない。ポイントガードはそういうのもすべて頭に入れて試合を作るべきだ。」
一人一人をじっくりと観察する。俺はまた思い上がっていたのかもしれない。ここは毎年準決勝、決勝に残るくらいには強いチームだ。そこに俺が入れば優勝も夢じゃない。だから俺が強くなれば勝率が上がると思っていた。でもそれは違う。彼らをベストな状態で動かさなければ勝利は無い。それには彼らの得意なところにパスを出したり、取りやすい高さにパスを出したり、兎に角モチベーションを試合中にあげてやる必要がある。
どんなにパスが通っても、取りにくかったりすればリズムは崩れ、彼らのコンディションを下げかねない。
(焦っていったのか…。契約の達成のために彼らを利用するような…そんなプレーをしていたら逆に目標から遠ざかる。なら俺がするべきは…。)
「桜!」
ボールを集めるために体育館の端にいる桜を呼ぶと、気づいた桜が駆け寄ってくる。
「なに?」
「すまんが映像を残しておいてくれ。俺はイメトレをしながら観察する。映像は家で見れるようにしてほしい。」
「あぁ…成程…そういう事…。わかったわ。」
「どうやらやるべき事は見つかったようですね。」
監督が俺を見て微笑む。
「えぇ。任せてください。試合は二週後。今週はあと三日。この三日で全員の得意、不得意を把握します。俺はコートには出ない。」
「いいでしょう。それが一番勝率が高い。」
監督の許しが出たことでこの三日の方針は決まった。
俺はじっと全員の動きを観察し続けるのだった。
「大吾先輩。」
「おう。どうした。」
練習が終わって大吾先輩に話しかける。俺はガバッと頭を下げた。
「すいません。俺はポイントガードだ。もっと選手全員の得意なプレイを理解するために時間をかけるべきでした。先輩たちは上手いので、俺自身を鍛えていれば勝てるだろうと思っていました。でも監督のおかげで気づいたんです。俺のやるべきことに。三日間だけ時間をください。必ず貴方達に気持ちよくプレーをしてもらえるようなパスを習得します。」
頭を上げると大吾先輩はそうかと頷いた。
「俺は胸元の方が取りやすい。博は右手に来た方が取りやすいようだ。要は低い位置の方がドリブルに入りやすいと以前言っていた。純也は知らん。ノってる時のアイツは常識で測れない動きをする。」
一気に言われて目を見開く。だが俺はその全てを頭に入れた。
「お前は上手い。だがこの競技はチームの絆が試される。特に試合ではな。だから頼むぞ。お前が俺たちのベストコンディションを引き出してくれ。」
「うっす。魔法の様なパスを出してやりますよ。そして全員で勝ちましょう。」
「はっ!言うじゃねぇかビッグマウス!」
俺の発言に口の悪い声が返ってきて、肩に重みが伝わる。
「生意気だけど、これで俺たちは最強のチームになったね。今年こそは優勝する。」
「去年の敗因はパスが機能しなかったことだしな。個人技なら圧倒してた。その欠けたピースがお前だ。颯汰。まぁ最後に目立つのはエースである俺だけどな。」
「先輩方…。」
3人とも俺の背中を軽くたたいて更衣室へと歩いていく。最後に大吾先輩が俺の肩に手を置いた。
「勝つぞ。」
「はい!」
返事をすると大吾先輩がニッと笑って背を向けて行ってしまった。
「青春じゃない。」
いつの間にいたのか桜が俺の後ろから声をかける。
「あぁ。勝ちたいという気持ちが強くなった。サポート頼む。」
先輩たちの後ろ姿を見ながら桜に言う。
「誰に言ってんのよ。アンタのサポートに限っては、私の右に出る者はいないわ。」
確かにそうだ。彼女は俺の勝利の女神。その女神が微笑んでいるんだから、きっと負けは無いだろう。
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