二人の努力

颯汰が寝てからリビングで教科書を開く。

今日沙耶さんから貰ったものだ。

先ずは丸暗記。それが第一歩だ。そこから自分なりに解釈をして理解していく。

ノートを開いて私は早速勉強を開始した。


コトっと音がして顔を上げると環奈がいた。

マグカップからは湯気が立ってる。

「どれくらい時間経った?」

「1時間くらいよ。遅くなってごめんなさい。昼寝したせいか、朱莉がなかなか寝なくて。」

「全然大丈夫。」

朱莉ちゃんのお世話は環奈にしかできない。環奈がいないだけで、朱莉ちゃんは不安になってしまう。だから代わりも出来ず、以前と変わらずに苦労をかけている。

私はすっと教科書の一つを差し出した。

「環奈が大変なのを知ってるからあまりやらせたくはないんだけど、仲間外れにもしたくない。これはスポーツトレーナーに関する教科書よ。ある人から貰った。暇な時にでも…ってそんな時間がないのも知ってるけど…。あぁ!なんて言ったらいいかわからないわ!」

環奈の状況は深く理解している。

楽にするためにこの共同生活をしている事も。

だけど彼女は颯汰が好きだ。そして環境が彼女を苦しめている。

こんなに苦しんだ彼女に恋を諦めろと言えるのか…。無理だ。言えるわけがない。

これは颯汰のためになる事だ。そしてきっと彼女もやりたいことだ。

ならせめて、同じ人を好きになった女として、彼女に無理を強いるのは私でありたい。

今、すでに頑張っている彼女にさらに努力しろと言えるのは私だけだ。

頭をかくと環奈が教科書を受け取る。

「ありがとう。一緒に支えようって言いたいのよね?だんだん分かってきたわ。桜の言いたい事。だから私にも勉強させてほしい。」

(そんな微笑みで言われたら何も言えないじゃない。)

そっと手を話して白紙のノートも渡す。

環奈はそれを受け取った。時刻は22時。明日も平日だ。時間は2時間が限度だろう。時間を無駄にしないために私達は勉強を開始した。


桜はいい女だ。だって私を放置すればいくらでも優位に立てる。だけど彼女はそんな事はしない。頑張れと、同じ土俵に居続けろと私を叱咤激励する。

(もう勝ち負けはどうでもいいんだけどね。)

だって私は桜とも一緒にいたいと思ってる。

負けてもいいと思えたのは私の人生で初めてのことだった。

だけど努力もしないで負けるのは自分自身を許せなくなるし、なにより後悔が残る。

思えば私と張り合おうとしたのは彼女だけだった。

テスト、内申点、スポーツ、音楽。容姿、料理。その全てで彼女は私に食いついてきた。

私が心折られずに普通の学生でいられたのは、彼女が私を追い越すために努力して、私を一人にしなかったからだ。

他の人は私が一位である事を当然と思っている。私が何の努力もなく一位を取り続けてると思ってる人も一定数いる。

ふと中学2年の彼女の言葉を思い出す。

きっと彼女は覚えていないけど、彼女が私の悪口を言う女生徒の前で言った言葉がある。

『彼女が努力してない?ふざけないで!あの子は誰よりも努力をしてるわ!だからこそ私は彼女に勝ちたい!努力して、追いかけて、追い越して、貴女のライバルは私だって言うの!私はあの子を一人になんてしてやらない!なんの努力もしてない人が、あの子を悪く言ってんじゃないわよ!』

朱莉の送り迎えで急ぐ中、忘れ物を取りに駆け戻った教室に響いた怒声が私の胸を震わせた。

だから私は桜が裏表の無い子だということを知っていた。ずっと前から知っていた。

(私は貴女に勝ち続けてきた。貴女はずっと私のライバルで、親友だった。口に出すのは恥ずかしくて、話してこなかったけれど。)

チラリと桜を見ると目が合う。

「何よ。なんか用?」

「口悪いわね。」

「うっさい。手を動かしなさい。」

そう言って下を向く。今だって私が無理してないかチラチラ見てる。きっと疲れた顔でも見せれば直ぐにストップをかけてくるだろう。

あぁ…。本当に私達は恵まれている。親以外の全てが私達に愛をくれる。

(なら、頑張らないとね。)

集中して勉強を始める。二人が私を支えてくれるように、私は二人を支えたい。

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