プロと実力不足と帰り道
彩人さんと練習を始めて3日が経った。
10回に1回抜ける程度の成功度。殆どは止められる。けど学びは多い。
最高峰の選手の身体の使い方などを間近で見られるからだ。
「そろそろ休憩すっか。」
1時間ほどノンストップで動き続けて息が切れた俺に彩人さんが声をかける。
とはいえやはり自分の力不足を実感させられる。
1時間もすれば体力も無くなり息が上がる。
対する彩人さんは余裕綽々だ。自分が体力があると勘違いしていた。それは思い上がりだったらしい。
「うっす。」
床に座り込んで体育館の天井を見上げる。
「はい。」
桜の声が聞こえてそっちを見るとボトルを差し出して微笑んでいた。俺も微笑んで受け取る。
「どう?」
「きっつい。自身失うよ。それなりに鍛えていた筈なのにな。プロってこんなに遠かったんだ…。」
俺が弱音を吐くと桜が横に座る。その目線を追うと彩人さんと沙耶さんが笑顔で何かを話している。
「そうかな。アンタの動きは日に日に良くなってる。同時に彩人さんが後手に回る展開も増えてる。」
そう言われて抜いた時の感覚を思い出す。
「世界が白くなるんだ…。まるで世界に俺と彩人さんしかいないような錯覚に陥る。そうなると世界がゆっくりと動いて、次にどうすればいいかわかる。そして思い通りに体が動く。気づいたら抜いてるんだ。」
桜は理解できなかったのか唖然と俺を見つめる。それはそうだ。俺だってあの感覚を説明できない。気づいたらそうなってるんだから。
「それはゾーンだ。」
顔を上げると彩人さんが立っていた。
「ゾーン?」
「あぁ。俺にも理屈はわからないが、入った経験は何度もあるよ。俺の時は抜くとか決めるとかその一点に全てを捧げていた気がする。多分物凄く集中していた。やっぱり君は才能があるよ。誰でも入れるものじゃない。抜かれたときは一切反応できなかったし、そうじゃないかとは思っていたんだ。そんな君に今一番必要とされる技を伝授しよう。」
そう言って彩人さんはドリブルしながらバスケットに向かって行って、後ろに飛びながらシュートを決めた。
「フェイダウェイ…。」
彩人さんの代名詞だ。彼はこのシュートの成功率の高さでディフェンスを惑わせて、選択肢を広げている。
「高等技術だ。俺には難しいですよ。」
後ろに飛んでシュートと言うのはそれだけ体がぶれる。その分だけ成功率は下がる。
「そうかな?俺はそうは思わない。君には圧倒的なスリーポイントの成功率がある。その秘密は君の頭と目だ。」
確かに距離の計算はしている。そこからシュートの高さを割り出して打ち出している。だがフェイダウェイはそれが出来ない。
体がぶれるから計算がズレる。つまり成功率は上がらない。
「試してみたことがあります。ですが成功率が低い。試合では使えません。」
「なるほどね。それは俺が教えると言ってもかい?」
「それは…。願ってもない話ですが…。」
彼の成功率は85%を越えるだろう。そんな人から教えて貰えば何かを掴めるかもしれない。
「じゃあやろうか。俺は見たいんだよ。君がその上背で、でかい選手を出し抜くところをさ。それともやらないで諦めるのかい?」
その言葉は過去の俺にも刺さる言葉だ。
「やります。やらない後悔よりやる後悔が俺の座右の銘です!」
俺の言葉に桜がふふっと笑う。
「それ、いつから座右の銘になったのよ。」
「そんなの決まってるだろ。あの出来事があった後だ。」
立ち上がって駆け出す。疲れているのになんだか足が軽い。その一歩が覚醒の為の一歩だという事を知るのはもっと先の事だった。
「いいの?やらせて。彩人は容赦ないよ?」
「いいんです。怪我なんて私がさせません。その為に資格の勉強も進めています。彼が無理をしてもいいように、私はいつもどんな時も備えるんです。」
それに颯汰は楽しそうだ。
ここ暫く、苦しい顔でトレーニングをしていた颯汰が笑顔でプレーしている。それだけで私は嬉しい。
「そっか。じゃあ将来は決めてるんだ。」
そういうと沙耶さんが鞄から数冊の本を取り出す。全てトレーナーに関する本。それに怪我について纏められたレポートなどもある。
パラパラと捲るとその全てに付箋とマーカーがついている。
最後に名刺を差し出してきた。
「改めまして、新川彩人の専属トレーナーの新川沙耶です。私がここにいる理由分かってくれたかな?」
それを聞いて全てを察した。この2人じゃなければ意味がなかったのだ。だから監督はこの2人を連れてきてくれた。
「よろしくお願いします。」
頭を深々と下げる。私は彼を支えたい。独学だけでは足りない。だからこの先生から学べるものを貪欲に学ばなければならない。
顔を上げると沙耶さんの微笑みが目に入る。
「うん。私が貴女を一流のトレーナーに育てて上げる。」
差し出された手を握り返す。彼女は彩人さんによく似ている。この手を握るということはスパルタ授業が始まるのだ。
それはさっき見た本と資料から垣間見れる本気度でわかる。
それでもノータイムで握り返した。
これは私の覚悟だ。彼を支えて一緒に戦うんだ。そうだ。環奈にも叩き込もう。二人で彼を支えよう。その為に一歩も引かない。
差し出されたチャンスを活かせないやつは何も成し遂げられないんだから。
「おつかれー。」
「また明日ね。」
「っす…。」
「有難うございました。」
彩人さんと沙耶さんは片付けを終えて去っていく。
「お疲れ様。立てる?颯汰。」
「あ、あぁ。」
頷いて何とか立ち上がる。
「今日はもうお母さんが来るわ。すぐに帰って、夕食、お風呂、マッサージを終わらせて早めに休んで。」
「そうだな。そうさせてもらう。」
足が震える。スタミナ切れだ。合同練習からのハードな自主練。まだ三日目なのにこの体たらくだ。その体を桜が支えてくれる。
「大丈夫。いつだって私がいるわ。支え合えばどんな時でも上手くいく。」
「本当。良い女だよな。」
「ふふ。そうでしょう?貴方限定の良い女よ。どう?嬉しい?」
「あぁ。最高だよ。」
素直にそういうと桜がふふっと笑う。
話しているとあっという間に校門に着く。体は重いが暖かい。不思議と辛くはなかった。
千花さんは既に来ており、俺達は後部座席に乗り込んだ。
「二人ともお疲れ様。」
「ありがとう。お母さん。」
「すいません。2日連続で。」
頭を下げて上げると、千花さんが意味ありげな顔で俺を見ている。
「何でしょうか…。」
「昨日はよそよそしかったのに今日は夫婦みたいだなぁってね。」
言われて千花さんが見ている方に視線を落とす。
そこには恋人繋ぎがされた俺と桜の手がある。
無意識に繋いでいたようだ。どうやらそれは桜も同じだったようで、ばっと手を離す。
「お、お母さん!?」
「いいじゃない。娘が順調そうで安心したわ。颯汰くん。二股は許すけど、桜を泣かせたら私の旦那が貴方を許さないわ。」
「は、はい…。」
そう言えば桜の父親のことは聞いたことがない。中学時代も出会うことはなかった。
俺がそんなことを考えていると桜が口を開く。
「お父さんは単身赴任中なの。帰ってくるのは年に一回くらいよ。私を溺愛してるからちょっと会わせたくない。」
桜の言葉に千花さんが吹き出す。
「いつかは通る道よ?それに大丈夫。あの人は慎吾くんが生理的に合わなかっただけだから。あの人だって慎吾くんが桜をイジメから守ってたことは感謝してたわ。でも生理的に合わないのはもうどうしようもないわよね。それに貴女も悪いのよ?慎吾くんのために性格を変えようなんて間違った方向に進むものだから親としては心配したのよ。ああいうのは恋じゃなくて依存というの。離れない為に自分を根本から変えるより、自分のままで恋してほしい。だって貴女はそのままでも素敵な女の子なんだから。颯汰くんもそう思うよね。」
確かにそうだ。口が悪い時もあるけどその中に愛があることを俺は知っている。心配してるから口が悪くなるのだ。つまり素直じゃない。
でも今の桜は素直に思ったことを言ってくれる。たまに口が悪くなるけれど、それは照れ隠しだ。だからそれすらも愛おしく思える。何より、話していて楽しい。
「そうですね。俺は桜の全てが好きです。」
「なっ!?颯汰!?」
「ほら。分かったでしょ?これが恋よ。桜は桜のままでいいの。でも貴女は努力をしなければいけないわ。たった1人を逃がさない努力を。私は昔から言ってたわよね?可愛くなくてもいい、綺麗じゃなくてもいい。だけどたった一人に愛されるいい女になりなさいって。今の桜は颯汰くんにとって良い女になった。ならそれを更に磨かないとね。」
「わ、わかってるわ!私だって結婚を目標にしてるんだから!」
声が車の中に響く。思わず言ってしまったであろうその言葉に桜が気づいてあわあわとする。
うん。可愛い。
「だってよ?颯汰くん?」
「やらなきゃいけないことがあります。それが終わったら挨拶に行きます。」
この言葉に嘘はない。だけどその前にやらなきゃいけないことがある。それを達成できなければ幸せな未来などない。
「あ、あう…。」
桜が言葉にならない声を上げる。
「内容は知らない。だけど桜からも聞いてるわ。男の子は大変ね。守らなきゃいけないものがたくさんあって。」
千花さんの言葉は少しだけ違う。
「守ってくれなんて頼まれたことはないです。俺が守りたいんです。助けて欲しいと言われたから助けるんじゃなく、助けたいから助ける。もう後悔はしたくない。それに…。」
桜を見る。その目は俺をじっと見ている。
「いい女の横にいるためにいい男でいたい。彼女が俺の為にしてくれる努力に報いられる男でありたい。俺はそう思います。」
手が握られる。その手を握り返すとぐすっと鼻を啜る音が聞こえた。
「そう…。ウチの子はいい男を捕まえたのね。安心しなさい。旦那が反対した時は離婚も辞さないわ。」
「重い!」
思わず突っ込んでしまう。
「あら、知らなかったの?藤崎家は全員もれなく重いのよ?」
「知りたくない事実だった…。」
俺が頭を抱えると笑いが起こる。なんかいいなと俺は思った。
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