自主練と協力者と二人の時間
キュッキュッと音が鳴る。そしてドンドンとボールが床に落ちる音がする。
桜を抜き去ってスリーに繋げる。
「いいわね!気合が入ってる感じがするわ!」
「1on1を鍛える必要性がわかってきたよ。確かに自分で抜ければ目を有効的に使える。」
俺の言葉を聞いて、何故か桜が暗い顔をする。
「どうした。」
「問題があるとするなら私しか練習相手がいない事ね…。1流の選手でも連れてこれればいいのだけれど、そんなコネもない。私は上背もない。手足の長さだって貴方より短い。本来なら長身の一流選手を連れてこないと意味がないのよ。ごめんなさい。」
ギリッと歯を食いしばる音が聞こえて俺は桜を抱きしめた。
「桜が謝る必要なんて全くない。今は基礎を叩き込むところだ。それに試合で完成させればいい。」
「それじゃあ意味がないわ。ぶっつけ本番じゃ駄目だから練習してるのよ。せめて協力してくれる人がいれば…。」
「成程。協力者が必要なのですね?そして君たちにはその伝が無い。」
突然の第三者の声に肩が跳ねあがる。恐る恐る後ろを振り向けば、そこには監督がいた。俺は抱きしめていた桜を離して振り向くと頭を下げる。
「か、監督!お疲れ様です!こ、これは違うんです!別にいちゃつく為に残っていたわけではなく…!」
「ふぉふぉふぉ。わかってますよ。実はさっきまで見てたんですよ。それに君たちのように支えあうカップルが数年に一回はいるのです。半数以上がプロになって結婚しています。懐かしいですね…。」
監督は遠い目をしている。
「そ、それで今回は何用で…。」
滅多に話しかけてこない監督が話しかけてきたという事は何かあるんだろう。
俺が質問すると桜が俺の袖を引っ張った。
「話の流れでわかるでしょ?監督、その言い方だと伝があると言う事ですか?条件は?お金なら厳しいです。他で私にできることがあれば…。」
「勿論、無料で受けてくれる人を紹介しましょう。こう見えて顔は広いのですよ?」
「ほ、本当ですか!?」
思わず食いついてしまう。
「無料…。」
桜が考えるように呟く。
「藤崎さんが心配するようなことはありません。教え子ですし、先ほど貴方たちに教えたタイプの元生徒でプロ選手です。慎重は195cm。ポジションはスモールフォワード。彼は速水君に興味を持っています。以前から話を聞かれていました。話をしたら是非、奥さん同伴で練習に参加させてほしいと。」
「プロ選手の奥さん…。色々と聞けるかも…!是非お願いいたします。」
「お、お願いします!」
桜と一緒に俺たちは頭を下げた。
「ちーっす。」
「失礼します。」
話を聞いた次の日。早速紹介していただいた二人と俺たちは対面した。
新川彩斗(しんかわあやと)選手。その妻である新川沙耶(しんかわさや)さん。
彩斗選手は26歳。プロチームであるクリスタルスノーのエース。そしてオリンピックにも選出された有名選手だ。ここの卒業生なのは知っていたが、まさか出会うことがあるなんて…。
「は、初めまして!速水颯汰です!ポジションはポイントガード!新川選手の活躍は追ってました!ポジションは違いますが目標です!」
「そうか、そうか。じゃあ今日からみっちり指導させてもらうぞ?で、高校卒業したらウチに来いよ。お前の目が欲しいんだわ。スーパーサブにな。条件はなしって言ったけど、お前が欲しいから俺はここにいる。勿論断られてもちゃんと指導するが…どうよ?」
開いた口が塞がらない。チラリと桜をみると沙耶さんと話しているようだ。
「実はまだはっきりと言えない事情があるんです。ですが目指したいとは思います。その為に指導をお願いします!」
俺は思いっきり頭を下げた。直ぐにお願いしますと言いたかった。だがそれは無理だ。契約の事がある。そしてそれを口にするわけにはいかない。だからインハイとウインターカップを優勝することに全力を注がなければならない。
それに今の俺にプロになれる実力はない。それは自らの努力で勝ち取るべきものだ。
「そうか。即答をしない奴は本気度がある。俺はそれを知っている。ぶら下げられ人参に直ぐに食いつくような人間を俺は信用しない。ますます欲しいな…。よし、じゃあ指導という名のシゴキを開始しようか…。」
俺の顔が引きつる。
その後、2時間の間で俺はボコボコにされた。
「やるねぇ、彼。彩人が楽しそう。」
私はその言葉を聞きながらノートに書き殴る。
課題はたくさんある。相手は超絶有名な一流プレイヤーだ。颯汰は上手い。それでも足元にも及ばない。足りないのはやはりドライブのキレだ。だけどコレを完成させれば、きっと彼を止められると人はいない。
ふと顔を開けると沙耶さんと目が合った。沙耶さんが微笑む。
「好きなんだ。彼のこと。」
「はい。支えてあげたいと思ってます。でも今はこれくらいしかできません。彼の目標を達成する為に出来ることをいつも考えています。でも私にはわからない…。」
「そっか…。私もそうだった。プロポーズをされた時も彼に同じことを言ったわ。必死に自分のにできる事をやったつもりでも、彼にとってそれが必要なことかは私にはわからないもの…。」
沙耶さんは彩人さんを見る。そっか、この人も私と同じだ。好きな人のためにできる事を探して実行しても、それが自己満足なんじゃないかという悩みに襲われる。正しいかどうかなんて本人にしか分からないのだ。
「彼、なんて言ったと思う?」
「…わかりません。」
颯汰と彼は違う人だ。同じ事は言わないだろう。だけど私はその答えを聞くのが少し怖い。
「君が支えてくれたから今の俺がある。だからこれからも支えてほしい。だって。その時に思ったの、愛し愛されて、お互いの事を大事に思っていれば、きっと自己満足なんて事はないって。」
「愛し、愛されて…。」
思わずつぶやく。そう…なのかな…?
「気になるなら聞いてみたら?君はきっと愛されてる。だって速水くんが君を見る目はとても優しいから。」
そう言われて颯汰を見る。
「ほら!下を向くな!ラスト一本行くぞ!」
「うっす!お願いします!」
真剣な顔つき。キツイだろうに楽しそうだ。その表情に心臓が跳ねる。格好いい…。
最後の一本、チェンジオブペースからの低いドリブルで颯汰が抜いた。そしてシュートを決める。くるっと回った颯汰が嬉しそうに私に拳を突き上げた。私も慌てて拳を突き出す。
すると彩人さんが颯汰の肩に手を回す。何か言われたのか颯汰は恥ずかしそうに頬をかいた。
「好きだな…。」
ぼそっと呟く。
「青春だね。ねぇ、少しは自信持てそう?」
「はい。少しだけ。」
沙耶さんに向かって苦笑する。
「うん。私は君たちのこと好きだよ。まるで高校生の自分たちを見てるようで恥ずかしいけどね。これから会うことも増えるだろうからよろしくね。」
そう言って差し出される手を私は握った。
「うっし。これくらいにしとくか!」
「ありがとう…ございました…。」
上がった息がおさまらない。心臓が煩い。
ものすごい運動量だった。だけど体の動きも細かく教えてくれる、目線の動きも勉強になった。目だけでフェイントをかける凄みが彼にはあった。
一緒に片付けをして、二人が帰った後も俺は動けそうになかった。
桜が引いたマットの上で横になって、棒になった足をマッサージしてもらっている。
二人を見送った監督が体育館に戻ってくる。
「どうでしたか?」
「大変勉強になりました…。でも申し訳ないです。あんな素敵な選手に教えてもらえるなんて。俺には勿体無い。」
「そうでしょうか。彼は得るものがあったと言っていました。毎日来たいとね。これは君が勝ち取った事です。」
俺は泣きそうになるのを堪える。
「俺の方から土下座でお願いしたいです。俺も教えを乞いたい。この経験は必ず俺の財産になります。」
監督は頷くと微笑む。
「彼は全試合映像を含めて見ています。君の中学の映像も全てね。その彼が君を鍛えたいと言ったのなら、きっと輝くものが君にあったのでしょう。」
そう言うと監督は鍵を桜に差し出した。
「貴方たちへのバスケへの本気を信頼して渡します。信頼を裏切らない行動を望みます。」
桜が震える手で受け取って頷いた。
監督が帰っても桜のマッサージは続いていた。
「環奈には電話したわ。颯汰、動ける?」
「すまん。ちょっと無理そう…。」
鍛えているつもりだった。体力も人一倍あると思っていた。だが2時間で潰された。
それは実力差もあるだろう。だがそれほどまでに俺には直さなきゃいけない部分があると言うことだった。
時刻は20時。流石にマズイ。
「仕方ないわね…。緊急事態だし、お母さんを呼びましょう。」
本当に申し訳ない。千花さんにも謝らないと。
電話を終えた桜が戻ってくるり
「30分後だって。とりあえずマッサージを続けましょう。」
マッサージだって大変だろう。幸い動ける程度には回復してる。
「大丈夫だ。迎えに来てもらって直ぐ動けるように片付けちまおうぜ。」
立ち上がって一歩踏み出すと足がもつれる。
「うお!」
「颯汰!?」
桜が支えようとしてくれるが俺の方が体格が上だ。せめてマットにと体を回転させ、なんとかマットに倒れ込む。
抱きしめながら回った反動か、背中をマットに打ちつけた。
「…っ!すまん!大丈夫…か?」
至近距離に桜の顔があり、心臓がドクンと跳ねる。桜の顔が耳まで赤く染まる。
「き、気をつけなさいよ。さっきまで足…つってたんだから。」
「す、すまん。」
抱きしめていた腕を離すが桜は動こうとせず、柔らかい感覚と甘い匂いにクラクラとする。
「さ、桜さん?」
桜は俺に体重をかけて胸に顔を埋める。
「ねぇ。私がやってることって颯汰の負担になってないよね…?」
言ってることがよくわからない。むしろ負担を一方的にかけてるのは俺だ。
「桜にはいつも支えてもらってる。これからも支えて欲しいと思ってる。負担をかけてるのは俺だ。いつもすまない。」
「そっか…。うん。わかった。」
そう言って桜が離れる。そして俺に背中を向けた。その肩が震えてぐすっと声が聞こえた。驚いて体を起こす。
「す、すまん。ダメか!?そうだよな。迷惑しかかけてないのに図々しかったよな。」
「ち、違うわ!嬉しかっただけ!」
桜が振り向く。その目から溢れる涙をそっと拭う。すると桜がずいっと顔を近づけてくる。
「証拠…証拠が欲しいわ。一回だけでいいから…。」
「し、証拠!?何を用意すれば!?」
「さ、察しなさいよ!」
そう言って桜が目を閉じて、俺は生唾を飲む。
俺は桜の唇にそっと自分の唇を重ねた。
何分時が流れたのか…いや、実際には10秒ほどだっただろう。俺はそっと離れる。
桜が目を開けて少しぼうっとした後に自分の唇にそっと指を当てる。
「キスってこんな感じなのね。心がポカポカして、頭がふわふわする。ふふ。クセになりそう…。でもダメね。環奈に悪いもの…。」
そう言って桜が離れる。俺は何も言えない。
「ありがとう。これだけで私は頑張れる。」
そう言って微笑む桜から目を離せない。綺麗だ。まるで天使のような微笑み。その表情があまりに綺麗で心が奪われる。どうやら俺はどうしようもないほどに彼女のことが好きらしい。
「片付けるか…。」
「えぇ。」
二人で立ち上がって片付ける。会話は無かった。だけど気まずくはなく、自然と距離は近づいていた。
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