皆で遊び①

約束の時間は10時。

俺達は10分前に約束の場所についた。そこには約束をした人物がすでに立っていた。

「よっ!ハーレム王!」

「慎吾。変なあだ名をつけないでくれ。」

側から見ればそう見えるかもしれないが…。

「慎吾にしては早いわね。」

「あっ!知らない人!」

「おはよう。知らない人。」

「ひでぇな!?帰るぞ!?」

やりとりに思わず笑ってしまう。

「おい!笑うなよ親友!」

「あぁすまん。だって面白くて…くく。知らない人って何だよ…そんなん笑うだろ…。」

「あぁ。颯汰はこの下りを知らなかったわよね。試合の時にそう説明したの。朱莉、この人はにーにの友達の慎吾っていうのよ?」

「しんご!おぼえた!」

「おい!お前と俺は友達じゃないのか!?」

慎吾が環奈の言葉に食いつく。

「友…達?」

環奈が首を傾げる。あっ、アレ本気で首を傾げてるわ。長い付き合いだからわかる。

その反応を見て慎吾はガクッと頭を落としてため息をついた。

「はぁ…もういいや。で?どこ行くんだ?」

慎吾が俺を見る。どうやら環奈に関しては諦めたらしい。

「カラオケでいいんじゃね?」

「了解。じゃあ行くか。」

「からおけって何ー?」

朱莉ちゃんが俺の手を握って聞いてくる。

「お歌を歌う場所だよ。たくさん歌おうな。」

「うたうー!」

うん。可愛い。天使かな?

「おい桜。教室で仏頂面してる男がデレデレしてるぞ。」

「そうね。あの顔見て?優しい顔が素敵よね。きっといい父親になれるわ。私も安心して嫁げるわね。貴方の幼馴染の未来は明るいわ。」

「お、おう。そうだな。」

おい桜。お前の発言で幼馴染が引いてるぞ。

今日の桜は一歩引いて歩いている。

俺と環奈が朱莉ちゃんの手を引いているからかもしれないし、慎吾を一人にしない為かも知れない。こういう気遣いが地味に有難い。

俺は環奈の事も、朱莉ちゃんの事も大事にしたいと思っている。だから理解がある相手を好きになれてよかったと思う。

チラリと環奈を見ると目があって、こちらに微笑みかけてきた。だから俺も微笑む。

この時間を過ごせるのは間違いなく桜が俺を支えてくれてるおかげだ。

「なぁ環奈。まだ一週間くらいだけどさ、お前はこの生活幸せか?」

「ええ。幸せよ。」

そう言って環奈が笑う。ならこの時間を束の間の夢になんて俺と桜が絶対にさせない。


カラオケに入ると大きめの部屋に通される。

「俺と颯汰は右側、お前らは左側だ!朱莉ちゃん以外こっちにくんなよ!?」

慎吾が何故か俺を引っ張って右側の椅子に引っ張っていく。

朱莉ちゃんはとことこと俺の所によってきたので膝の上に乗せた。

「は?どういうことよ。」

「説明して知らない人。」

桜と環奈がジト目を慎吾に向ける。

「うるせぇ!こんな狭い空間でいちゃつかれたらたまんねぇんだよ!お前らはそっちでじっとしてろ!」

たんなる男の僻みだったらしい。

「どうする、環奈?絞める?」

「そうね。埋めましょう。」

「会話が怖すぎんだろ!」

この三人の会話って中々無かったけど普通に面白い。慎吾と二人の時はこういう会話も確かにあったけど、4人の時は環奈はだんまりだった。だが今日は機嫌がいいらしい。俺は関係ないので朱莉ちゃんと話そうと下を向くと首を傾げる。

「どうしたんだい?」

「んー。しめる?うめる?どゆこと?」

「いいかい?朱莉ちゃん。知らなくていいこともあるんだよ。だから今の言葉は忘れようね?」

朱莉ちゃんは笑顔で頷いた。

「わすれるー!」

よしよしと頭を撫でる。

「いいから颯汰を渡しなさい。」

「男だからって颯汰を独占できると思わないで。独占禁止法よ。」

「いや、渡さん。お前らには絶対渡さん。」

「潰すわよ。」

「埋めますよ?」

ギャーギャーと3人は騒いでいる。

「朱莉ちゃん。何歌う?」

「くまさんのうた!」

あぁ成程と俺は頷いて曲を入れた。

曲が流れ始めてマイクを渡すと朱莉ちゃんが元気に歌いだす。

結構上手だ。将来は歌手かな?アイドルかな?そんなことを思いながら聞いていると、先ほどまで喧嘩していた3人も静かに座って朱莉ちゃんを優しく見ている。

朱莉ちゃんの声には癒し効果があるらしい。

うん、うんと頷いていると曲が終わった。

「からおけ楽しい!思いっきりうたえる楽しい!」

「そうかそうか。余裕があるときは連れてきてあげるからね?」

「やたー!」

「次は何歌う?」

「べるのやつー!」

「はいはい。」

俺はその後もドンドン朱莉ちゃんに歌わせた。フリータイムで入ったこともあって3時間くらい経って朱莉ちゃんは歌いつかれてすぅすぅと寝息を立て始める。

「朱莉ちゃんメドレーだったな。」

慎吾が苦笑する。

「素晴らしいメドレーだったろ?」

「お前は誰目線だよ。」

「お兄ちゃん目線だけど?」

「いや、今のお前は兄ではなく父なんよ。」

「成程。これが世の父親の気持ちなのか…。」

朱莉ちゃんが頑張って歌っているだけで俺はとてもやさしい気持ちになれた。自分に子供が出来たらこういう風に成長を楽しみながら過ごすのだろう。それはとても楽しい日々だと思う。

「それで?この後はどうするの?フリータイムだからまだ時間はあるけど、朱莉ちゃんが寝てる中で歌うわけにもいかないわよね。」

桜がポテトを食べながら口を開く。

「せっかくカラオケに来たのに朱莉だけ歌って終わりというのは申し訳ないわ。皆は歌ってちょうだい。私たちは先に戻るわ。」

環奈が俺のところに来て朱莉ちゃんを抱き上げた。

「まぁ待てって。俺に提案がある。」

慎吾がニヤリと笑って何かのチケットを財布から出した。俺はそのチケットを見る。

「漫画喫茶の優待券?なんでこんなのも持ってるんだ?」

「家の親が貰ってきた。女の子を引っかけたときに使おうと思って取っておいたんだ。今回はこれを進呈しよう。これなら朱莉ちゃんも休めるし、起きたら移動もできる。そして環奈が帰る必要もないだろ?」

「成程な。俺は良いけど。」

そう言って女性陣を見ると慎吾の事を白い目で見ている。

「な、なんだよ。」

「異性で漫画喫茶ってカップルでしか行かなくない?」

桜の言葉に環奈が頷く。

「部屋狭いし。よっぽど気心知れてないと無理。」

「部屋分ければいいだろ!?」

「まぁまぁ。とりあえずこのままここに居ても仕方ないしいいだろ。部屋は別で。」

俺の言葉に二人が渋々と言った感じで頷いて、とりあえず朱莉ちゃんが起きるまでという事で漫画喫茶に行くことになった。


漫画喫茶に入った俺たちは、女性陣もいるので鍵付き個室を4部屋借りてそれぞれの部屋に入った。暫く漫画を読んでいるとノックの音に気付いて扉を開ける。

その先には桜が立っていた。

「どうした?」

「廊下じゃ話しづらいし入れて。」

俺は首を傾げながら招き入れて、一応鍵を閉めた。桜は座ると俺に手招きをするので俺は頷いて桜の横に座った。

桜は俺に体重をかけてそのまま俺の肩に頭を乗せてくる。

「どうした?」

「ここ一週間二人っきりになれる時間はマッサージの時と部活の時だけでしょ?昨日は寝てたから記憶ないし…。だから颯汰成分を補給しとこうかと思って。」

「じゃあ俺は桜成分を補給するかな。」

「ふふ。どうぞ?」

俺は抱きしめながら横になる。

「なんかいけないことしてる気がするわ。」

「そも一人ずつ部屋を取ってるのに一緒にいる時点で不味いだろ。つか出ずらくなってないか?出るタイミングであの二人に会ったら言い訳できないぞ。」

「いいじゃない。私たち事実婚みたいなものでしょ?」

「そういうことは一切してないけどな…。」

「それはしょうがないわね。それよりも大切なことがあるから。」

そうだ。俺達には目標がある。それを達成するために、多分これからも走り続ける。

「今年負けたら来年はほぼ負け確定。そうなれば再来年はプレッシャーの中で戦うことになる。」

俺が呟くと桜が暗い顔をしてしまう。

「わかってたんだ。それ。」

「当然だ。今年は全力でやることに変わりはないが、仮にもし負けたら来年はチーム強化に努める。手を抜くことは一切しないが、それでも優勝は厳しいだろう。出来る限り勝って経験を積ませられれば御の字だ。」

桜は俺の事を感心したような目で見た。

「意外と冷静なのね。」

「あぁ。冷静にいかないと最後までグダグダで終わっちまう。今年は可能ならウインターカップは取っておきたい。インハイまでは俺が間に合わないだろう。先輩たちは完成されているけれど俺が未完成だ。やっぱり2年の時間はでかいな…。今年の冬までに一番努力しなきゃいけないのは俺だ。だから頼む。桜の力が必要だ。」

桜が俺の頭を自分の胸へと引き寄せる。柔らかい感覚に包まれる。そして優しく頭を撫でられた。

「頼まれなくてもやるわよ。私は身内に甘いでしょ?だから環奈の為にも手を抜かないわ。だから私の横に居る時くらいはリラックスしてね。」

そう言われたら頷くしかなく、俺はそのまま目を閉じた。

コンコンとノックの音がして目を開ける。

柔らかい感覚と甘い匂い。あぁそういえば桜に抱きしめられたまま目を閉じてたんだった。そのまま寝ていたらしい。そう思ってはっとする。ノックの音…?この部屋をノックする相手は慎吾、環奈、朱莉ちゃんの3人の誰かだ。

「お、おい。桜。」

小声で話しかけると、んっと声がする。そしてまたノックの音が聞こえた。

「どうしたのぉ…?」

「やばいって。何もしてないけどこの状況は不味いだろ。どうする。」

「狼狽えすぎよぉ…。」

ふぁっと欠伸をして扉に向かうと、躊躇なくガチャッと開けた。

「あら慎吾。どうしたのかしら?」

「アレ?ここって颯汰の部屋じゃなかった?」

「えぇ。バスケの大会の話をしていたのよ。何時間たった?熱中してたからノックの音にも気づかなかったわ。」

「あぁ、お前らは大会が近かったもんな。納得。3時間はたったぞ。さっき朱莉ちゃんと環奈が本を選んでて少し話した。もう出てもいいんじゃね?」

「はいはい。だそうよ?颯汰。練習メニューのの立案はまた今夜にでもしましょう。」

桜が俺の方を向いてウインクをしてくる。

「お、おう。そうだな。」

俺だけがどもってしまう。びっくりした。慎吾に話していた桜は普段と変わらない様子だった。でも口から出ていたのは殆どが嘘。アレなら大抵の人間は騙せるだろう。

桜が手を振りながら去っていったので俺も荷物を纏める。部屋を出て、環奈の部屋をノックすると直ぐに扉が開いた。

「はい…って颯汰。どうしたの…って。」

環奈が俺の手を引いて部屋に引きづり込まれた。

「な、なんだ!?」

すんすんと俺の匂いを嗅いでジト目を向ける。

「まさか貴方…。こんな場所で桜と…。」

部屋には朱莉ちゃんがいるので、環奈は耳元で話してくる。背中越しに見れば真面目な顔で絵本を読んでいる。

「ち、違う。寝てただけだ。断じてしてない。」

俺もできる限り小さい声で反論する。

「寝てただけ…ね。まぁいいわ。するなら家でしなさいよ?」

「し、しないから。」

ふっと環奈が離れて、朱莉ちゃんの所に歩いていく。

「帰るみたいよ?朱莉。」

「うん!わかた!」

朱莉ちゃんが俺を見て目を輝かせる。どうやら本に集中していて俺に気付いていなかったようだ。俺も小さく手を振ると抱き着かれた。

「桜ねーねの匂いがするね!」

撫でようとした手が止まる。きっと俺の口角は今ぴくぴくとなっているだろう。

「はぁ。流石に気づかれるわよ。女の子は他の女の子の匂いに敏感なんだからね?」

「マジか…。ちょっと油断してた…。」

「うーん。でもこれ桜がわざとやったんじゃない?俗にいうマーキングでしょ。」

「マーキングって犬じゃないんだから…。」

冷汗が流れる。

「桜の香水ってちょっと変わり種じゃない?甘く優しい匂い。多分あれは高級品よ。嫌味が無いもの。私もお店で香水を色々嗅いでるけど彼女の匂いは嗅いだことない。親が用意しているのかもね。」

「へぇ…。」

確かに桜は甘い匂いがする。抱きしめるとその匂いで癒される。同時に安らいで眠くなってしまう。

「だからその匂いがしたら桜だって、少なくともクラスメイトならわかるわ。その匂いで振り向いた先に貴方がいれば、周りは察するでしょう。慎吾だって桜の香りを漂わせていたことは無いし、そういう目で見られるでしょうね。でも問題は無いんじゃない?ほぼほぼ事実なんだし。」

「ま、まぁ…問題は無いな。俺だって桜を誰かに奪われるのは嫌だ。付き合っていると勘違いされてるくらいがちょうどいい。」

「でしょうね。だからマーキングしてるのよ。しれっとね。貴方がいいなら気づかないふりをしておけばいいと思う。その行動が独占欲からの行動だと思えば可愛いと思わない?」

そう言って環奈がくすくすと笑う。桜は基本的には重い。独占欲も強めだ。それを俺は知っている。だから今更どうこうということは無い。

「確かにな。じゃあ行こうぜ。二人が待ってる。」

「えぇ。」

「よくわかんないけどいく!」

俺は朱莉ちゃんの手を引いて、環奈と部屋を出た。


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