少女は真実を知る
颯汰の提案を受け入れた日、私は父親に一応連絡を入れた。
返答は好きにしなさいの一言のみだった。
あの父親が私の事を次期社長の嫁という道具でしか見てない事を私は知っている。
その候補の一人に颯汰が入っていることも。
だから振られて良かったと思う。
これで颯汰は私の家から解放された。
でもやっぱり一回くらいは好きな人としたい。
2番目でも愛人でもいい。愛の無い結婚を強要されて、好きでもない男の子供を産むなんて…生まれてきた意味がわからない。
桜はきっと一回くらいなら許してくれると思う。颯汰には泣いてお願いするしかない。
たった一回のワガママだ。最低のワガママを一回だけ許してもらえればその思い出だけで生きていける。
「ねーね。泣いてるの?」
寝ていたはずの朱莉の声で私は目を見開いて腕の中の妹を見る。
朱莉は私の頬に手を伸ばすと涙を拭った。
「いたいの?」
「大丈夫よ。何でもないの。」
急いで涙を拭いて朱莉を抱きしめる。
この子は親が用意した私への足枷だ。
一人なら逃げられる。だけど幼い妹を連れては逃げられない。
私はこの子が大好きだ。だから絶対に逃げられない。私の現実は詰んでいる。
暫く抱きしめていると朱莉は眠りについた。
そっと離して、水を飲むために階下に降りた。
そこにはノートと向き合う桜がいた。
時刻は3時だ。コップからは湯気が立ち、ノートは何冊も積み上がっている。寝る前に挨拶をした時と何も変わらない。つまり彼女はずっとここにいたことになる。
「あら、まだ起きてたの?」
「桜こそ…。」
桜は疲れた顔でふっと笑う。
「明日は休みだから、問題ないわ。」
「何をしてるの…?」
「あたるであろうチームのデータと弱点を纏めてるの。この情報は必ず颯汰の力になる。」
「なんでそこまで…。」
桜はノートを見つめながら黙っている。そして暫く目を閉じて言った。
「時間がないからよ。今年が一番勝率が高い。来年はほぼ無理。そして最後の一年にぶっつけ本番をさせるわけにはいかないの。私はのびのびバスケをする颯汰が好きだから。」
息を呑む。悲壮な決意が滲むその目が私を不安にさせる。目の下にはクマがある。きっと隠していたんだとわかった。
彼女は朝食担当だ。寝坊してもここなら直ぐに対応できる。だから彼女はここにいる。
「だからなんで?なんで貴女はそこまでして勝たなきゃいけない理由があるみたいな言い方をするの!?」
沈黙が落ちる。桜は口を開かない。
私は知ってる。彼女は優しい人だ。そして理由のないことで無理などしない。だからこれは自分のためじゃなく誰かの為だと分かってしまった。
「大切な友人と、大切な男のためよ。私は好きな人のためならどんな努力でもできる女なの。だからいい女なのよ。」
知ってるわ。だから聞いてるの。
「私に関係してるのね…?」
沈黙は即ち肯定だ。
「教えて。」
桜は静かに首を振る。
「お願い。教えて。」
涙が流れる。何も知らずに守られてる私自身に怒りが湧く。
桜は一つため息をついて手招きをした。
携帯を開いて動画を開く。画面は真っ暗だ。
「颯汰は真っ直ぐだから、こういう搦手は私の仕事。でも約束して。これを聞いても知らないふりをして。私と友達を続けたいなら、絶対に守ってね。」
この約束は破れない。こんなにいい女の子とはきっと一生出会えない。だから私はこの約束を一生守る。
「そん…な。」
全てを聞いて座り込む。こんなことになってるなんて知らなかった。
「これは頑張って耐えてる貴女へ、私たちが出来る唯一のことよ。貴女が考えるべきは朱莉ちゃんとの未来だけ。お姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい。貴女が落ち込むことがわかっていたから聞かせたくなかった。私の気持ちは理解してくれるわね?そして人生最大のミス。まさか起きてくるなんて、寝不足で相当頭が回ってなかったみたい。」
自重気味に桜が笑う。その笑みが痛々しい。呆然として言葉が出てこない。
「今年勝って、先ずは貴女を救い出す。そうすれば一つ荷物が降りる。後は結果を残し続ければプロになるのも夢じゃない。そして朱莉ちゃんを助けてハッピーエンドよ。そしたら…。」
桜は私に優しく微笑む。
「4人で幸せになりましょう。」
「どう…して…。」
そこまで私のためにしてくれるの?言葉にならない声が出る。
「私は同性に嫌われてるの。猫かぶってるから仕方ないんだけどね。だから貴女は私の初めての女友達。そして大切な男の大切な人。私は身内に甘いのよ。それに颯汰の事は3年間も横で見ていた。貴女には感謝してるのよ。私が慎吾に向けてたのは友愛だった。あまりに近すぎて恋だと錯覚していたの。それを理解させてくれた。でも唯一の友達と同じ人が好きなのは罪悪感があってね。だから4人で幸せになりたいの。だからこの契約を必ず成功させたい。だから私達は付き合わない。余分な事を削った先に幸せな未来があるんだもの。だから今は必要ないでしょ?」
涙が流れて止まらない。私は浅はかな女だ。こんなに私を思ってくれる友達がいるのに、あんな事を考えていた。なら耐えなくちゃ。この二人を信じて耐えなくちゃいけない。
「この事は絶対に話さないで。契約不履行にされたら困るわ。でも頭に入れておいて。貴女を助けたいと思ってる人が、少なくともここに二人いるわ。だから朱莉ちゃんを不安にさせないように、笑顔でいるのよ。」
そう言って桜は微笑む。
「うん…わかった。でも手伝わせてほしい。私は影のマネージャー…でしょ?」
「そうね。わかったわ。」
「ありがとう。」
桜は頷いて私に手を差し出す。
「今回の事は貴女と私の二人だけの秘密。秘密を共有すると絆が強まるらしいわ。そして私達は同じ人を愛してる。きっとうまくやれるわ。だから親友になりましょう。」
「うん。喜んで。」
私は涙を流しながらその手を握って、今出せる最高の笑顔を彼女に見せた。
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