朝の一幕と幼馴染

3連休が終わって火曜日。俺と桜は慎吾にちゃんと話をすることにした。

桜の様子から察するに勘違いから始まった事ではあるが、ちゃんと口に出さないと不義理だ。俺と慎吾は特別仲がいいわけではないものの長い付き合いだ。

朝の待ち合わせの時、これまでの話を慎吾に話した。

「よし。一発殴らせろ。と言いたいところだけど、そもそも最初の原因を作ったのが俺ならしゃあねぇな。でも環奈はどうすんだよ。」

「気持ちには答えられない。だがどんな状況でも必ず助けるさ。大事な幼馴染だから。」

「そっか。いいやつすぎて恨む気にもなんねぇよ。あっ、安心してくれ。俺は環奈に嫌われてるから奪われても奪おうなんて思わねぇ。つーか相手にもされねぇ。」

嫌われてる?ちょこちょこ一緒にいた気がするが…。

「その顔は勘違いしてんな?お前の練習試合を見ていたのはたまたまだ。俺は何となく暇だったから見に行っただけだし、なんなら携帯を見せてやってもいい。」

こいつはいい意味でも悪い意味でも裏表がない男だった。そう考えればこの一月俺たちに隠し事を出来る性格ではなかったのだと今更ながらに気づいた。

結局このすれ違いは長い付き合いでありながら親密になっていなかったが故のすれ違いだったのだ。

「そうなると日曜日はどうするか。女子二人がお前にメロメロな中、俺だけ寂しいんだが…。」

「私にいい案があるわ。」

「桜…お前、その話し方…。」

慎吾が驚いた顔で桜を見る。

「慎吾の為に清楚を演じていたけどその必要はもうないでしょ?」

「俺の為だったのか!?」

「そうよ。私は好きな人の為に努力できる女なの。あっ、勘違いしないでね?今は颯汰の事しか見てないから。」

「お、おう。逃した魚はでかかったなぁ…。」

「颯汰聞いた!?今の発言!見返したと言えるのでは!?」

「いや、そもそもが俺らの勘違いから始まってるから。」

あっそっかと言いながら桜は頷いた。

「そんなことより作戦よ。私たちは今情報を共有している。なし崩し的に颯汰にバレちゃって申し訳ないけど、環奈には自分の口から説明させる気だったわ。」

流石にあの状態で気づかないほど鈍くはない。

「それで?」

慎吾が聞くと鈍いわねと桜が溜息を吐く。

「遊びは5人で行くわ。私達3人は親睦を深めるために。そして私と慎吾で朱莉ちゃんを見るために。環奈と颯汰はどこかのタイミングでちゃんと二人で話すためにね。」

「なるほどなぁ。わかった。付き合うから今度女の子紹介してくれ。」

「殴り飛ばすわよ!?」

「こっわ!おい、颯汰!本当に桜でいいのか!?」

俺はやり取りに思わず笑ってしまう。桜が慎吾相手に素を出せるようになって本当に良かったと思った。

そんなことを話しながら歩いていると学校が見えてきた。

「で?お前らこれからどうすんの?大々的に発表すんの?一応今学校内一番のビッグカップルなんじゃね?」

俺たちは慎吾の言葉に顔を見合わせる。

「付き合ってない。」

「付き合ってないわ。」

慎吾がは?といった顔をする。だが事実だ。

「え?何で?」

「まぁ俺らにも色々あるんだ。」

「そうね。色々あるの。それにこのまま付き合うのは環奈に申し訳ないし。あの子はまだ土俵にも上がってないの。」

慎吾は一瞬呆れたように桜を見て苦笑する。

「正々堂々ね。なるほどなぁ。そういえばお前はそういう女だった。しゃあねぇ。幼馴染のよしみだし、今回だけは手伝ってやるか。」

そう言って慎吾は笑った。


教室に入り席に座る。いつも通り挨拶してくるクラスメイトに適当に挨拶をして席に座った。

今日はテスト返しと解説のみ。

恐らくそこそこの点を取れているはずだが、解説はちゃんと聞いておいたほうがいいだろう。

赤点を免れていれば寝ていても文句は言われないと先輩から聞いたが、俺の性格上寝るのは無理だ。

そんな事を考えているとガラガラと扉が開いた。この時間に来る生徒はだいたい決まっている。チラリと見るとやはり環奈だった。

真っ直ぐに、だが優雅にこちらに歩いてくる。

クラスメイトはそれを見惚れて見ていた。

「おはよう。颯汰。」

「あぁ。おはよう。環奈。」

「ねぇ。ちょっと話したいことがあるからお昼に時間をもらいたいんだけど。」

話といえば予想できるのは一つしかないけど、それは日曜日にする筈だったはずだ。

「別にいいが…。」

チラリと桜を見ると行ってきなさいよという目で見てくる。

「じゃあ二人で飯でも食うか?」

「うん。約束ね。」

環奈の言葉でクラスがざわつく。無理もない。俺たちが4人で飯を食っているのは周りも知っているが、二人で飯を食うのは初だ。

それに環奈は男と二人になることを嫌っているという噂が出回っているくらいだ。

そのせいでまともに告白すら出来ないと聞いたことがある。そんな環奈が男を誘ったとなれば話題にもなる。当の本人からすれば甘い話も皆無なのだが…。

何にせよ。午前中の授業に集中するのだった。


チャイムが鳴ると環奈が俺の腕をガッと掴む。

「別に逃げないぞ?」

「わかってる。お弁当あるから。こっち…。」

環奈の弁当…だと!?それは興味がある。

俺は無言で手を引く環奈に引き摺られる様についていく。その姿を周りの生徒たちは何事かと見ている。

「おい、変な噂になるぞ?」

「別にいい。」

環奈のその言葉を聞いてわかってしまう。やっぱりアレは勘違いで、きっと環奈は俺のことが好きだ。それがわかったら胸がずきりと傷んだ。俺は桜を選ぶと決めている。告白されれば断るしかない。だからこの予想は外れて欲しい。そんな事を考えていると、気づけば昇降口にいた。ここは滅多に人が来ない。

「それで?話って?」

「まずはお昼を食べましょう。」

そう言われたのでとりあえず座る。

環奈が差し出す包みを開けると弁当箱が見えた。俺はそれを開ける。

中には唐揚げやだし巻き卵などが並んでいる。

「いただきます。」

俺がそう言って唐揚げに端を伸ばすと環奈は俺の顔を緊張したように見つめてくる。食べずらさを感じながら口に入れると、醤油ベースの味が口いっぱいに広がった。

「うめぇ!」

思わず口に出す。

「そう…。良かった。」

そう言って環奈は自分の分を食べ始める。

それにしても美味い。桜とは違った感じの味付けだがこれはこれで美味い。

それにしても環奈が料理を出来るとは意外だった。昔は不器用だったのに。

いや出来るようにならざるを得なかったのか…。あの親のせいで彼女は色々なことを諦めたのだろう。そしてその責任の一端は俺にある。それで自分だけ幸せになろうなんて都合が良すぎる。

(なら、辛くても救う道を選ばねえとな。)

動機が罪悪感でもいい。今度は俺から手を差し伸べてみよう。

「なぁ環奈。」

「何?」

「俺の家に来いよ。家事を分担すれば、多少は負担を軽くできるだろ。ルールを決めてお互いの負担にならないように生きてみないか?」

環奈は俯いて何も言わない。

「その答えを出す前に言わなきゃいけないことがあるわ。桜から聞いたの。貴方たちの事。」

「あぁ。」

「私は慎吾とキスはしてないわ。それに私が好きなのは貴方なの。だから、私と付き合ってほしい。」

ぐっと奥歯を噛む。

「それは出来ない。俺はもう誰を選ぶかを決めている。だがその上で俺はお前を守りたい。だから決めてくれ。手を取るのか、取らないのか。俺と桜には目標がある。それが達成されるまで付き合うことはない。だから気を使う必要もない。」

酷いことを言ってる。その自覚もある。だがそれでもしない後悔よりする後悔だ。たとえこれで環奈に嫌われても、あの契約は変わらない。必ず二人を救い出してみせる。

今回がダメでも俺は何度でも手を差し出す。

すると差し出した手が優しく握られた。

「行くわ。2番目でもいい。隠せばいいのにハッキリと言っちゃうんだから、損な性格してるわよね。でもそんな貴方だから好きになったの。だから、よろしくお願いします。」

俺はその手を握り返す。長い間伸ばせなかった手がようやく届いた瞬間だった。


財布から鍵を出して渡す。家事は分担できても、朱莉ちゃんの迎えは俺らには無理だ。

部活は最優先。目的を履き違えてはいけない。

もう一個の鍵は桜が待っているから、合鍵を作らなければならない。

「そろそろいいかしら?」

後ろから声がかかる。そこには桜がいた。

「見てたのか?」

「見てないわ。時計を見なさい。仕方なく呼びに来たの。優等生が二人も揃ってサボったなんて言われたくないでしょ?」

しまったと思って時計を見ると10分前だった。

「ありがとう。桜。私、今日から颯汰の家に行くわ。だけど振られたから。これだけはちゃんと言っとく。諦めたりはしないけど。」

環奈の言葉に桜はとても嬉しそうに笑った。

「ふふ。これでやっと同じ土俵ね。さぁ行きましょう。三人で戻れば噂も立たないわ。」

俺と環奈はそんな桜の嬉しそうな後ろ姿を見て、顔を合わせて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る