三連休とデート2日目

朝目が覚めて目を開ける。

腕の中に柔らかい感覚と甘い匂い。そして桜の微笑みがあった。

「はよ。起こしてくれればよかったのに。」

「おはよう。嫌よ。こんな機会滅多にないんだから。」

いや、あるだろ。えっ?無いのか?ちょっとショックなんだが…。滅多に無いならこのまま寝てたい。

そんな事を考えながら抱きしめていると、桜が起きようとする。残念ながら時間切れらしい。

俺は素直に桜を解放した。

「なぁ。」

「何?」

「昨日の話なんだけどさ。」

「仮の話?」

「そう。それ。本気か?」

桜が首を傾げる。

「私はいつだって本気だけど。口にしたことは成し遂げてきた女よ?」

「そっか。じゃあ今度話すよ。どう転ぶかわかんないからさ。」

環奈の父親。彼とは中学の頃、一度真っ向から話したことがある。だが結局何もできずに逃げてしまった。俺が環奈の為に一歩踏み出せない理由の一端だ。彼は功績主義者。人生で何を成し遂げたか。それしか見てくれない。だから中学一年の言葉は彼には届かなかった。だが環奈が俺に助けて欲しいというのなら、もう一度挑むしかない。そして今回は人生を賭ける賭けになるだろう。

「ちょっとよくわかんないんだけど…。まぁいいわ。ご飯を食べましょう?今日は水族館。今の時間は8時。動かないとね。」

「あぁ。そうだな。」

考えても仕方ないと頭を振る。

立ち上がって先に行く桜の後を追った。


「ほら見て!ペンギンよ?」

桜が指をさす。その先ではペンギンが散歩をしていた。今日も俺たちはデートで外に出ている。

元々ダブルデートをするはずだった場所だ。

「可愛いな。」

「そうよね!水族館で一番好きなのはペンギンなの!」

「じゃあ餌やり体験もやっとかないとな。チケットはまだあるみたいだし。」

「いいの!?買いましょう!」

やったと笑う桜。チラリと見ると一回五百円。安くてよかった。俺は早速近くにいるスタッフに声をかけて餌やり体験を予約した。


餌やりは午後からなので、午前の部のイルカショーを見に来ていた。水をかぶる場所は避けて中段の席に座だ。

「どうせなら被るように服と下着の替えを持ってくるべきだったかしら…。」

「次来る時はそうしよう。」

俺の言葉に桜はパチクリと瞬きをする。

「なんだよ。」

「また一緒に来てくれるの?」

どういう意味合いの確認なのかわからない。

「来てくれないのか?」

思わず質問に質問で返してしまって頭をかく。

「来るわ!」

少し心配になったが、望んだ答えが返ってきて安心した。うん。ならよし。地獄の底までついていくって言ってくれたくせに、水族館には着いてきてくれないのかと思った。

曲が流れ始めてMCが出てくる。

そしてイルカたちが様々な芸をする。

桜は目を輝かせてそれを見ている。俺はそんな桜を微笑みながらずっと見ていた。


「やばくない!?超可愛い!めっちゃ集まってるわ!」

ペンギンの餌やりは、上から魚を落とすというものだ。ペンギン達は落ちてくる魚を今か今かと待ち侘びて集まってくる。桜のテンションは高く、俺はそんな桜を見るのが楽しい。

「テンション上がりすぎてトングを落とすなよ?」

「そんな事しないわよ!?」

ははっと思わず笑ってしまう。

その後は俺の分まで桜がペンギンに餌をやって俺は笑顔の桜をたくさん写真に収めた。


結局夕方まで存分に楽しみ帰路に着く。

「水族館自体初めてだからこんなイベントがあると思わなかったわ。入場料はそこそこするけれど、丸一日楽しめちゃうわね。」

「慎吾と来たことないのか?意外だな。」

「慎吾はあまり遠出したがらないから。カラオケとかボーリングとかなのよね。そのせいでボーリングは得意になったわ。」

「そうなのか。俺はボーリングしたことないな。」

「アンタ達は確かにそういうの行かなそうよね。環奈は中学から大変だったんでしょ?」

「あぁ。遊ぶ暇もなかったはずだ。」

「じゃあインハイの予算が終わったら、みんなでいきましょう。ウチの県は6月頭から予選が始まるし、来週からはみっちり練習が入っちゃうもの。」

確かにそうだ。早い県なら5月中旬から予選が始まる。うちの県は出場校が多くはないからまだ日数に余裕はあるが、熱い夏に向けて動き始める時期だ。

「土日も練習が入っちゃうから、こうやって遊ぶ時間も少なくなっちまうな…。来週の日曜に4人で遊んだら後はインハイに向けて走り続ける日々になるな。」

「そうね。任せて。私がアンタを万全の状態にしてあげるから。」

そうだ。この子がいれば俺は万全な状態で打ち込める。だから俺には桜が必要だ。

「なぁ。」

立ち止まって声をかける。

「どうしたのよ?」

桜が俺の顔を覗き込んでくる。

「俺はお前のことが…。」

言いかけて指先が唇に触れた。驚いて桜を見ると首を振る。

「だめよ。颯汰。今はダメなの。私は多分アンタのことが好き…だと思う。でも今はダメ。だって卑怯だもの。弱った心につけ込んだ卑怯な女。こんな形でアンタを奪ってもきっと長続きしないわ。」

「それは違う。環奈と桜に向ける思いは違う。俺は環奈を好きだと思ってた。だけどそれは多分ずっと隣にいたからだ。そばに居るから守ってやりたかった。そばにいるから支えてやりたかった。いつの間にかその気持ちを恋だと勘違いしていただけだ。だから慎吾の件があってもあっさり諦められた。だけど桜にはずっと隣にいてほしい。」

「バカね…。私はずっと隣にいるわ。アンタに特定の人物が出来ても、陰ながら支えてあげる。だからウインターカップまでその言葉は聞きたくない。アンタがやり切ったと思った時に聞きたいの。恋って楽しいことばかりじゃないわ。アンタが今一番やりたいことは何?」

俺が一番やりたいこと…。

「プロになりたい…。そうだ。俺は何かを成し遂げて見返したかったんだ。あの男を…。」

環奈の父親の顔が浮かぶ。あの男に言われた言葉は今も心の中に燻ってる。

だから自分が一番好きなバスケに打ち込んだ。

いつかあの家から環奈を解放するために。

「あの男…?」

ハッと顔を上げて桜が俺を心配そうに見る。

目を逸らして頬をかく。

「過去の何もできなかった俺の話だ。話せば長くなる。」

「そう。なら聞かないとね。その昔話を。そうじゃないと私はアンタをどう支えたらいいかわからないもの。」

そう言って桜は俺の腕を引いて歩き出す。

「私には覚悟がある。例え最終的にアンタと結ばれなくても、アンタを支える覚悟がね。だから全てを話しなさい?見返したいなら一緒に見返さないと。やられたなら一緒にやり返さないと。だって私達は負け犬同盟…。負けてから成り上がるまで一緒に走る相棒であり、戦友なんだから!」

そうだ、そうだった。コイツはいつだって横にいた。中学の時はこんなに近くはなかったけれど、いつも俺を気にしてくれて、サポートしてくれた。

中学時代の俺の活躍の根本にはこの子がいた。

「そうだな。なら最後まで一緒に走ってもらわないと…。」

俺の言葉に桜が満面の笑みで頷く。

「当たり前じゃない!」

そう言って笑う桜の事を好きだと自覚した。

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