勉強会
練習試合が終わって月曜日。
来週からは中間試験だ。俺と桜は毎週土日二人で勉強をしているから順調だ。だが慎吾はそうではないらしい。
それは昼のことだった。
「颯汰!勉強会しようぜ!」
「俺と?同レベル同士で?意味あんの?」
チラリと環奈を見れば、我関せずを貫いているのかラーメンを啜っている。
これはダメそうだと桜を見れば呆れたように慎吾を見ている。手伝う気は無さそうだ。
「いいじゃねぇか!男二人。積もる話もあるだろ?」
環奈の事か。まぁ確かにハッキリさせておくべきだ。仕方ないなと頷けば、慎吾がやったぜと言う。
「颯汰の家でやるの?」
環奈が俺を見る。まぁそうなるだろう。今は一人暮らしのようなものだ。
「あぁ。そうだな。そうなるだろう。」
「そう…。朱莉を連れていっていいなら私も行くわ。」
どういう風の吹き回しか、環奈がそんなことを言う。それだと男二人にならないから話が進まない。だがまぁいいかと頷く。
「朱莉ちゃんを一人には出来ないだろ。一緒に連れてきてくれ。」
「ありがとう。」
環奈が微笑み思わずドキっとしてしまう。
「そういうことなら私も参加しますね。」
さっきまで参加する気がなさそうだった桜がそんなことを言って、二人が目線をぶつけ合う。
えっ、何?怖いんだけど。
「おっ!先生二人追加か!やったな颯汰!」
慎吾がにっと笑って俺を見る。そして察した。
こいつ俺の家で勉強会という学生らしいイベントをダシにして、この二人を同時に召喚しやがった…。策士かよ…。男二人で勉強する気とかないじゃん。
「日曜でいいか?」
試験一週間前で部活が休みとはいえ、平日は厳しい。朱莉ちゃんのことを考えれば、土日のどちらかだ。そして土曜日はきっと桜が来るだろうから空けておきたい。
「あぁ!」
「ええ。」
「いいですよ。」
三者三様の返答が返ってきて、勉強会の日程が確定した。
「じゃあ10時集合でいいか?朱莉ちゃんの準備もあるだろう?」
チラリと環奈を見ればありがとうと微笑む。
「了解!」
「わかりました。」
慎吾と桜も頷いて俺はため息を吐いた。
平日は過ぎ去って土曜日。
今週は来ないかと思っていたが、朝起きて階下に降りると桜がいた。
「おはよ。」
「えぇ。おはよう。早いわね。」
「猫に起こされたんだ。」
頭の上でゴロゴロと言われて目が覚めてしまった。可愛いから良いんだが。
「ヨミね。アンタに懐いてるもの。」
そういう桜の膝の上にはスノウがいた。
居ないと思ったら、桜が来ていたからだったのか。桜がいない時は大体俺の部屋でゴロゴロしている。ミィは自由気ままなので、きっと家のどこかにいるだろう。
「さて、颯汰が起きたなら朝食にしましょうか。何が食べたい?」
「ホットサンドで。」
「わかったわ。本当に好きね。」
桜が作るホットサンドは絶品だ。元々ホットサンドが好きで、ホットサンドメーカーは買っていた。一人の時は大抵それを使って朝ごはんを食べていたくらいだ。だが桜の作るホットサンドは適当にケチャップをぶっかけて作る俺のとは違う。ソースもオリジナルで初めて食べたときは驚いたものだった。栄養が偏るから週1でしか作らないと言われたときの絶望感は本当にやばかった。だがそう言われては頷くしかなく、土日のどちらかに作ってもらっている。
せめてコーヒーぐらいは淹れないとと俺も桜についてキッチンに向かうのだった。
食べ終わって俺たちはソファーに座りながらのんびりと借りてきたDVDを流していた。
今流行りの恋愛映画の前作だ。今度映画館にでも行くかという話になって借りてきた。
内容は恋人を助けるためにタイムスリップした主人公が頑張る内容だ。
「ねぇ。」
画面を見ていた桜が口を開く。
「どうした?」
「あんまり面白くないわ。」
「同感。」
流行っていたとしても自分たちに合うとは限らない。
「これは違う映画に変更した方がいいわね。」
どうやら行くという選択肢は変わらないらしい。
「例えば?」
「サスペンス。」
「いいね。そうしよう。」
俺も恋愛映画よりはそっちの方が好きだ。
桜が映画を止める。
「少し気になったんだけど…いい?」
「どうぞ?」
桜は少し迷った顔をして口を開く。
「あの二人…本当に付き合ってるの?」
言われて首を傾げる。
「さあな。だけどキスをしていただろ?」
俺たちは間違いなくその現場を目撃している。
「そうね。あの距離感は間違いなくしていた。慎吾は兎も角、環奈は身持ちの堅い女よ。キスをしていた以上は絶対に付き合ってる。けど何か腑に落ちないのよね…。」
「言ってる意味が分からない。」
「うん。ごめん。女のカンよ。でもそうなれば最大のライバルになり得るわ…。はぁ。面倒なことになっちゃったなぁ。」
ちょっと何言ってるかわからない。
「どういう事?」
桜は俺を呆れたように見る。
「わからないなら良いのよ。何にせよ明日は私にとっても重要な一日になったというだけ。」
よくわからないが、なにやら大変みたいだ。意味が分からない以上は手も貸せない。俺は何やら考え始めた桜を見ながらコーヒーを啜った。
そして来てしまった日曜日。
部屋を見られるのは色々と面倒なので、勉強場所はリビングにする。
ミィの姿が見えないのは気がかりだが二匹には申し訳ないけれど俺の部屋待機としてもらった。
全ての機械が揃ってるのも理由だ。桜は朝ごはんが終わったら一度帰っていった。居続けるのは不味いだろうという判断だ。状況を察してくれた千花さんが迎えに来てくれた。
桜が常に綺麗にしてくれているとはいえ、髪の毛が落ちている可能性を加味して俺はしっかりとリビングを掃除した。
ピンポーンと音がする。時計を見上げれば9時50分。時間が経つのはあっという間だ。
扉を開けると小さい影が飛び込んできて俺は抱き留める。
「にーに!」
「やぁ朱莉ちゃん。いらっしゃい。」
「抱っこ!」
「はいはい。」
朱莉ちゃんを抱き上げると環奈と目が合う。ちょっとバツが悪そうだ。
「ごめんなさい。止めきれなかったわ。」
「大丈夫だ。朱莉ちゃんは今日も元気だな。」
「えぇ。困るくらいに元気よ…。」
そう言って環奈は手を額にあてて首を振る。苦労しているらしい。
「玄関先で話すのもアレだからどうぞ。」
「えぇ。お邪魔するわ。」
環奈を引き連れてリビングに向かう最中、朱莉ちゃんがあっと階段を指さした。まさかと思い顔を上げるとそこにはミィが座っていた。
「あら、猫。飼ってたっけ?」
「1か月くらい前かな。桜と拾ったんだ。捨てられてたから飼うことにした。あと2匹いる。」
隠しても仕方ない。全て正直に話す。
「桜と…。名前は?」
「ミィだ。」
「そう。」
呟く表情がどこか暗い。心配になって声をかけようとしたらミィが駆け下りてきて、環奈の足元にすり寄る。環奈はしゃがんでミィに初めましてと言いながら撫でた。こいつがすり寄ってくるのは珍しい。だから俺は少し驚いてしまった。その時またチャイムの音がしたので、朱莉ちゃんを下す。
「すまん。たぶん二人だ。先にリビングに行っててくれ。」
俺の言葉に環奈が頷いて立ち上がると、ミィが案内するように二人の前を歩いていくのが見えた。俺は苦笑しながら玄関に向かう。
扉を開けると慎吾と桜がいた。
慎吾が俺によっと手を上げる。
桜はお邪魔しますと頭を下げた。
俺はそんな桜の姿に苦笑しつつ、二人をリビングへと案内する。扉を開けるとテーブルの前に座った環奈の膝の上でミィが丸くなっていた。
そしてそのミィを朱莉ちゃんが撫でていた。
なんだかゲームのスチルみたいだ。
慎吾がおっ!猫じゃんと近づくと威嚇されていた。どうやら相性が悪いらしい。
その姿を見て桜はそうなったかぁと俺にだけ聞こえるような呟いた。俺も小声でどういう事だと聞く。だがわからないならいいわと返された。解せぬ。
もう隠す必要も無いので、俺は自分の部屋を開ける。するとスノウが我先に階下に降りて行った。ヨミはゆっくり立ち上がって一つ欠伸をして歩き出した。俺もヨミと一緒に階下に降りた。
扉を開け放っていたリビングに入るとスノウは既に桜の膝で丸くなっており、三人はそれぞれ教科書を用意していた。
俺は慎吾の目の前に座った。時周りに俺、環奈、慎吾、桜の順だ。
朱莉ちゃんはミィとヨミと戯れている。良かった。あの二匹は朱莉ちゃんの相手をしてくれるらしい。スノウは何時だって桜にべったりなので朱莉ちゃんには興味も示していない。
勉強を開始すると余計な会話は無く全員が勉強に集中する。
桜は慎吾にダメ出しを続けていた。結構スパルタである。
かくいう俺もたまに環奈に教わっているが、普段から勉強をしているので慎吾ほどは多くない。
チラリとソファーを見ると、猫二匹と眠る朱莉ちゃんが見えた。時計を見ると13時。俺たちの邪魔をしないようにと4歳ながらに気を使ってくれているようだ。賢い子である。
「休憩しましょうか。」
桜の言葉に全員が手を止める。
「作ってきたのですが、食べませんか?」
桜が自分の横に置いてあったバスケットを開くと、中に入っているマフィンが見えた。
何かと思ったらそれを帰って作ってたのかと驚く。
「いただくわ。」
環奈が一つ手に取って口に運ぶと目を見開く。
「お、美味しい…!」
「お口に合ったようで良かったです。」
桜が環奈に微笑む。だがそれは俺に向ける微笑とは全然違った。
「桜…。時間がある時でいいから私にお菓子作りを教えて…。」
何だか絞り出すような声を出して環奈が桜を見て、桜は頷いた。
「いいですよ?男の子は甘いものが好きですからね。」
桜の言葉にチラリと慎吾を見ると遠慮も無くバクバクと食べている。俺の分も残せよと思いながら手を伸ばし、口に運んだ。うん。美味い最高だ!
顔を上げると環奈が悔しそうな顔でこちらを見ている。なんだよ。一個くらいいいだろ?
俺がそんなことを考えていると横でふふっと桜が微笑んだ。
「なんだよ。」
「いいえ。やっぱりなっと思ったんです。環奈さん。朱莉ちゃんの為に作ったので、これもどうぞ?」
そう言って一口サイズのドーナッツを桜は環奈に差し出す。環奈は素直にありがとうと受け取った。
何だか終始桜が環奈を突いている気がするが、俺は意味が分からないまま眺めていた。
時刻が18時を過ぎたあたりで俺たちは勉強を辞めた。朱莉ちゃんは途中で起きてまた猫たちと遊んでいる。
「さて、そろそろ私はお暇するわ。朱莉にご飯を作って、お風呂に入って、寝かしつけなきゃいけないから。」
そう言って環奈が立ち上がる。
「では今日はここまでですね。明日からのテスト。お互い頑張りましょう。」
桜も立ち上がり、横で燃え尽きたようになっている慎吾に帰りますよと声をかける。
慎吾もよろよろと立ち上がって片づけを始めた。桜は後で千花さんに送ってもらって戻ってくるらしい。
俺は見送りの為に玄関に向かった。
「じゃあ…お邪魔しました。また来ていいかしら…?」
環奈に言われて俺は頷く。
「あぁ。そん時は事前に言ってくれ。」
今日の二人を見て察するに、鉢合わせはなんだかアレだろう。
「バイバイ!にーに!」
朱莉ちゃんに言われてふと思う。この場合環奈達は俺が送ったほうがいいだろう。既に日は落ちている。桜には慎吾がいるし。
「いや、待て。二人は俺が送る。慎吾は桜を頼む。」
俺がそう言うと慎吾は任せろと親指を立てる。環奈は少し驚いた顔で俺を見ていた。
桜は俺に微笑んで頷いた。どうやら桜もそうした方がいいと思ったようだ。
「ではまた明日学校で。」
そう言って二人は歩いて行った。
歩けば10分の道を、真ん中に朱莉ちゃんを挟んで手を繋ぎながら歩く。
特に会話は無いが、朱莉ちゃんはテンション高めだ。
こう見ると夫婦のように見えるのだろうか…。そんなことを考えていると、あっという間に家の前に着いてしまった。
「今度こそバイバイ!にーに!」
「あぁ。お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」
「うん!」
やっぱりこの子は良い子だ。俺は朱莉ちゃんの頭を優しく撫でる。
「颯汰。送ってくれてありがとう。良かったら夕飯でもどう…?」
少し考えてしまったが俺は首を振る。一応この子は慎吾の彼女だ。幼馴染とはいえ不義理なこともしたくない。それに桜も戻ってくる。
「大丈夫だ。こう見えてそこそこ料理は出来るようになってきたからな。」
「そう…。わかったわ。気を付けてね。」
「あぁ。」
一応玄関が閉まるまで見届けて、俺は家路についた。
「へぇ。そんなことがあったんだ。」
「あぁ。」
夕飯を食べながら環奈とのやりとりを話す。
「ほぼほぼ確定ね。負け犬同盟は解消かしら…。でも真実はわからないし…。」
「どういう事?」
「だから、あの二人は付き合ってないってことよ。あのキスにどんな意味があったのかは知らないけれど、私の知る環奈は彼氏がいる状態で家に男を連れ込んだりしない。だから朱莉ちゃんの為にアンタを家に呼んだ時点で違和感だった。それはそれとしてあのキスがこの事態の元凶ではあるんだけどね…。はっきりさせましょう。テスト後のダブルデートでね。」
「お、おう。」
「それで?はっきりしたらアンタは環奈と付き合うの?」
そう言われて言葉に詰まる。だが環奈と付き合う未来を想像したときに、何故か目の前の女の子の顔が浮かんでしまった。
「そういうお前はどうすんだよ。」
「私は付き合わない。今は誰ともね。だって恋愛なんてしたらアンタを支えてあげられないもの。今の生活は気に入ってるし、自由に動きたいから独り身でいいわ。」
その言葉を聞いて何故か安心している俺がいた。桜のおかげで今はベストコンディションだ。今の俺には桜が必要だ。
「そうか…。うん。そうだな。俺も今はバスケに集中したい。」
「そう。なら最後の年のウインターカップ。それが終わったらアンタの答えを聞かせて。どうしたいのか。どうなりたいのか。私もそれまでに身の振り方を考えるから。」
そう言って桜は笑う。その笑顔はとても素敵な笑顔だった。
環奈が俺をどう思っているかもわからない。でもこの選択はきっとこれからの俺の人生を決定づけるだろうという事はわかった。
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