練習試合
タイマーが鳴る。俺はゆっくりと目を覚ました。体調は好調。これなら問題なしだ。
時刻は6:30。今日は9:00から練習試合だ。
階下からは既にいい匂いがしている。
降りていくとそこには桜がいた。
「おはよう。颯汰。」
「あぁ。おはよう。」
桜は近づいてくると俺の顔を至近距離で見る。
「うん。調子はよさそうね。今日も格好いいわよ。」
「そ、そうか。ありがとう。なんか最近言葉がストレートになったな。」
こうした生活はまだ二週間ではあるが、距離が以前より近づいている。桜は最近普通にこういうことも言うよになった。
「素直じゃない性格を治したいの。思ったことを言える人間になりたい。だからストレートにね。つまりこれは私の本音よ?」
「そ、そうか。お前も今日も可愛いぞ。」
そんなことを言われたら俺も言わなければいけないだろう。
「勝てそう?」
勝負事において最初っから負けを考える人間などいないと思う。
「勝つさ。桜のサポートを受けて俺は進化しているからな。」
「ふふ。格好いいところ見せてね?」
「任せとけって。」
バカップルみたいな会話をしている自覚がある。
だがここまで万全に整えてくれたのは桜だ。なら格好いいとこの1つや2つは見せなければならない。
俺たちは朝ごはんを済ませ、準備をして家を出た。
「で?今回の作戦は?」
キャプテンの大吾先輩が俺を見る。
「客観的に見て向こうの方がオフェンスが上手く、ウチの方がディフェンスがいい。なら順当にいけば守りつつ攻め時を落とさない。これに限るでしょう。」
「そうだな。」
「でも今回は攻めて攻めて攻めまくりましょう。取り合いです。」
向こうはオフェンスに全振りのパワープレイだ。守ったところでジリ貧。真っ向から攻めた方が勝率は高い。
「ディフェンスも攻めのディフェンスでいきます。プレスディフェンスでいきましょう。取られたら取り返す。先ず第1Qで俺が目立って風通しを良くしますよ。」
「体力保つのか?」
「余裕ですよ。元気ビンビンです。あれ?先輩方はキツイんですか?あぁそっか。俺より歳取ってますからね。」
「言うじゃねぇか一年坊。」
博先輩が俺を睨む。
「生意気。」
要先輩が欠伸をしながら言う。
「まぁ最終的には俺がいいところ全部持ってくけどな!」
エースである純也先輩が歯を見せて笑う。
「よし!後輩が盛り上げたところでいつものやるか!」
大吾先輩が俺の方に手を回す。この学校の伝統である円陣だ。控えメンバーも混ざって円陣を組む。大吾先輩が全員の顔を見てにっと笑う。
「勝つぞ!」
『応!!』
声が揃う。練習試合だからといって負けたらつまらない。勝負事は勝ってこそ楽しいのだ。
先ずはジャンプボールから始まる。ウチは博先輩だ。上背もあるし、ジャンプ力もある。だが向こうだってでかいし五分だ。
果たしてボールは俺のところに飛んでくる。
「流石!完璧っすね!」
キャッチから射程距離まで最短で移動する。ディフェンスの一人を抜いて滑らかにシュートフォームに移行する。打った瞬間入ると確信して桜に向けて拳を突き出した。
一瞬会場が静まり返った後に大歓声が起きた。
「おい!なんだよ今の曲芸!」
博先輩が後ろから肩を回してくる。
「長距離スリーっすよ。桜のおかげで完成しました!とりあえず先制パンチっすね!」
「おいおい!俺らより目立つなよ!?」
純也先輩の声が響くがそれどころではない。
「ほら!集中集中!」
俺が指を指すと既に相手チームは動き出している。すぐさま配置を確認する。
どいつもこいつも俺よりでかい。誰がマッチアップでもきついのは変わらない。
チーム全員がプレスをかける中、ボールを持ってる人の思考を読む。
「俺ならここだろ!!」
走り込んだ先には、パスされたボールが飛んでくる。それをキャッチして走り込む。
「スティール!」
誰かの声が響く。射程圏内まで3人。これは無理だ。一人抜いたと同時に要先輩にパスを出す。
それに気を取られてる間にディフェンスの裏に出て、ボールを受け取ってスリーを打つ。
パスンと音がする。この1ピリオドで20は離しておきたい。そう思っていたが、相手はスクリーンを上手く使ってパスを通し始める。
「うーん。対応が早い。」
相手が俺じゃなければそれでいいだろう。
(上から見ればスクリーンはバレバレなんだよなぁ。)
となれば延長線状にパスはくる!マークを置き去りにして走り込んでカットする。チビにしかできないことはある。俺の本来の武器はスピードだ。ドリブルをしながら前を向く。
「速攻!」
純也先輩にパスを通して走り出す。
「出来杉くんだよ後輩!!」
そのままの勢いで純也先輩がダンクを決める。
やっぱあの人には花がある。その後も浮つく相手チームの隙をついて、36対12で2Qを終えた。
「キッツイ!」
「おう?バテたんか?ビックマウス。」
博先輩の絡みに苦笑する。
「大活躍ね。颯汰。」
疲れが吹き飛ぶ声に顔を向けると、桜が俺にボトルを渡してきた。ありがとうと受け取って飲む。スポドリが染み渡る。
一息ついてチラリと監督を見る。新庄淳(しんじょうあつし)監督。彼は練習試合には口を出さない。
だが指示も交代も的確だ。ついたあだ名が静かなる名将。彼が何も言わないならこのままでも問題はなさそうだ。
「で?どうするよブレーン。」
大吾先輩が声をかけてくる。
「勿論、ガンガンいきますよ。」
そう言ってチラリと2階の観客席を見る。そこに見知った顔を見つけた。
環奈、朱莉ちゃん、慎吾だ。練習試合の観戦は自由だ。だがわざわざ日曜日にこんなところでデートをしなくてもいいだろうと苦笑する。勿論たまたま会ったという可能性もあるかもしれないが。
朱莉ちゃんが俺に手を振るので振り返す。
「純也先輩主体で行きます。俺と要先輩でボールを運ぶ。お二方のリバンの仕事が来ますよ?スリーは十分刷り込みましたので、ちょっと出るふりするだけでも警戒せざるを得ないはずです。オフェンスは任せます。俺はディフェンスに集中するので。」
これが俺たちの今のチームの形だ。
俺がコロコロと立場を入れ替えることによって相手は混乱する。というか少し休みたい。
「楽すんなよ?後輩。」
バンと背中を叩かれる。勿論楽をする気はないが少しくらいはいいじゃないか。
(気がかりなのは向こうのエースがベンチにすらいないことか…。)
遅れているという可能性もある。仮に彼が出てきたことのことを考えれば体力は温存しておきたい。
まぁ練習試合だから出てこないということもあるかもしれないけど、気に食わないな。
これ以上手の内を明かしても仕方ない。
エースが出てくるまでは適当に相手をするか。
そう考えつつ俺は基本パスとパスカットにだけ専念するのだった。
蓋を開けてみたら72対36で俺らは勝利した。向こうのエースが出ていれば、もう少し楽しい勝負になっただろう。
(不完全燃焼だけど勝ちは勝ち…だな。)
「どうでしたか?」
ビクッと肩が跳ねる。振り向くと監督がいた。
「やりすぎましたね。もう少し抜いてもよかった。向こうはエースを温存してますしね。強豪校ということもあって力が入ったことは否めません。」
監督が俺の言葉を聞いて二、三度頷く。
「そうですね。前半にやりすぎて消化試合になってしまったから、向こうはエースを出さなかった。ですが逆に言えば前半だけで相手の心を折ったとも言える。素晴らしいゲーム運びだったでしょう。君はとても優秀な選手だ。今後も精進してください。」
「はい。有難うございます。」
(うっわ。緊張した。直接話しかけられることはあまりないからなぁ。)
「颯汰。お疲れ様。」
去っていく姿を眺めていると後ろから声をかけられる。声の主はわかりきっているので振り向いて俺は片手を上げた。桜がその手をパチンと叩く。
「中々の完成度だったな。桜のおかげだ。これからも頼むぜ?」
「うん!任せときなさい?」
勝った時はこうやってハイタッチをする。それは俺と桜の中学からのルーティーンだ。
二階席を見上げるとあの三人の姿はもう無かった。試合が終わった後にミーティングをしていたから当然だ。
「帰るか。」
桜にそう言うと頷いた。
「そうね。帰ったら柔軟とマッサージをしなくちゃね。」
「頼む。」
時刻は14時。時間の余裕はある。桜にも感謝の意を込めて何か買ってやりたい。せめてもの気持ちだ。
「クレープ食って帰ろうぜ?奢らせてくれ。」
「あら?どういう風の吹き回し?」
「感謝の気持ちだよ。一緒に食いたいなって思ってさ。」
「ふふ。別に私がしたいからしてるんだけど、今回は奢られてあげる。」
「あぁ。奢られてくれ。特別にアイス付きも許可する。」
「あら、それは楽しみだわ!」
顔を合わせてふふっと笑う。
体は疲れているけれど、こういうやり取りができる相手がいるのは幸せなことだと俺は思った。
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