誘いと日常

ぴぴぴぴと音がして目が覚める。

ふわっと欠伸をして体を伸ばした。

「おはよ。」

声をかけられてドアの方を向くとばっちり準備を終わらせた桜がそこにいた。

「あぁ。おはよう。早いな。」

「私は早く出ないといけないから。朝ごはん作っておいたから食べよ?」

「あぁ。すぐに行く。」

俺の言葉にうなずいて桜はパタパタと階下に降りて行った。何だか申し訳なくなり、着替えは後でするとして俺はとりあえず階下に降りた。

「顔は洗った?」

「食べてからにするよ。」

「そう。じゃあ食べちゃいましょ?」

頷いていただきますと手を合わせる。

「そうだ。今日はミーティングなかったわよね?」

「あぁ。今日はない。次のミーティングは金曜日だ。」

「了解。昨日聞き忘れたから朝ちょっと迷ったのよ。とりあえず自分の分は作ったから最悪こっちを渡す気ではいたんだけどね。」

あぁそうか。これは俺のミスだ。次回からはしっかりミーティングの日を伝えておかなければいけない。

「俺は基本学食だから突然弁当にしたらビックリされるか…。朝から心配をかけてごめんな?」

「全然大丈夫よ。私が勝手にやってるだけだから。今日の夕飯は冷蔵庫に作っておいたから食べてね?」

一体何時から起きてたんだと心配になるが、桜の顔色は特に問題なさそうだ。昨日も美人ではあったが化粧をしていない桜の方が俺は好きかもしれない。

「ありがとう。本当に助かる。」

礼を言うと桜は微笑む。

「うん。明日からは朝は勝手に入るわね?夕飯のおかずを作っておくから。」

「いいのか?そうなると早起きになって大変だろ?」

「大変だけど、この時間は結構好きよ?家のお母さんは朝起きないから一人で朝ごはん食べてるの。だから美味しそうに食べるアンタを見てるだけで楽しいわ。」

「そ、そうか。じゃあ頼む。」

「うん。任されました。」

そう言って笑う桜には本当に頭が上がらないと思った。


顔を洗い、昨日とは違って適当に頭を整えて二階に戻る。

猫のことは朝1に終わらせたいので、色々とやってから着替える。すると階下から声がかかった。急いで向かうと既に桜が靴を履いていた。

「じゃあ先に行くわね?」

「あぁ。行ってらっしゃい。」

自然とその言葉が出て、しまったと思う。また後でが正解だろう。だが自然出てしまったのはこの2日があったからだろう。すると桜がふふっと笑う。

「行ってきます!」

そういう桜の顔は満面笑みだった。玄関が開いて閉まる。そして俺は壁にもたれかかった。

「その顔は反則だろ…。」

思わず独り言ちて時計を見る。俺もあまり時間がない。猫の機械の最終チェックをして俺は家から出るのだった。


朝は特に何もなく俺たちは3人で学校へと向かった。

クラスに入っても特に反応はない。先週末の俺たちのデートの目撃者はいなかったらしい。バレるのはいいとして、からかわれるのは面倒だ。目撃者がいないのはラッキーだったと言える。

環奈が登校してきたタイミングでチャイムが鳴って授業が始まる。

高校生ともなれば小学生ほどイベントもないので、変わり映えのない日々だ。

あっという間に4時限まで終わって俺たちは学食に移動した。


席順は俺、横に環奈、目の前に慎吾、斜め前に桜だ。これまた変わり映えのない席順だが、今は違和感を感じてしまう。

突っ込むのは面倒だから俺はカレーライスを頬張る。旨いっちゃ旨いが、先週桜の弁当を食べていたので微妙な気持ちだ。

「颯汰は先週二日連続でミーティングだったよな?何かあるのか?」

慎吾に聞かれて俺は頷く。

「再来週の土曜日に練習試合があるんだ。一応強豪校相手だからな。練習の時間を潰すのは勿体ないし、昼休みの時間を使ったんだ。」

「へぇ。勝てそうなのか?」

「勝負は時の運…っていうのが普通よな。だけど勝つよ。勝ち目はある。」

「流石颯汰。そこで言い切るのは格好いいな。」

何言ってんだ。試合に出ればハットトリックを決めるお前には勝てん。

「バッシュも新しく選んだし、更に負ける要素が無くなったよ。桜の事を借りて悪いな。」

慎吾には桜からバッシュを一緒に買いに行くことは伝えている。まだ二人から正式な報告を受けていない以上は俺らも今まで通りにするというのが桜と決めたことなので、俺は一応謝っておく。

「いや、俺たちはカップルでもないから別に謝られることは無いよ。なぁ桜?」

慎吾の言葉に桜が頷く。

「私はマネージャですので、颯汰君をサポートしているだけです。」

桜は淡々と発言して弁当を食べる。なんだか機嫌が悪そうな気がする。

「颯汰。今週の日曜空いてる?」

そう言ったのは環奈だ。空いていると言えば空いている。だが土日は桜が来る予定だ。直ぐには頷けない。それでも環奈からの誘いは珍しい。何か緊急の案件かもしれないので、話だけでも聞いておきたい。

「練習試合前だから、もしかしたら急な練習は入るかもしれないな。だけど一応聞くよ。何かあったのか?」

「朱莉が会いたいって。来れたらでいいんだけど…。」

朱莉ちゃんか…。最後に会ったのは去年の誕生日だ。せめて少しでも祝いたかった俺は、大きなぬいぐるみを渡してお祝いしたのだ。

「わかった。返事は金曜日でいいか?」

「うん。大丈夫。私もダメもとで頼んでるから。」

とは言えこの誘いを断るのは難しい。以前までの反応を続けるなら、俺は環奈を最優先していた。どんな状況であれ、誘いを断らない様に行動していたからだ。

だから返事を金曜日にすると言った時点でイレギュラーではある。

(とりあえず桜に相談して決めるか…。)

目線を送ってしまえば不自然になると考えた俺はそのままカレーライスに集中するのだった。


パスンと音を立ててボールが吸い込まれる。バッシュも違和感ない。というよりあの店員が言った様に進化している実感を感じた。

「それで?どうするの?」

「行くしかないだろ。」

パスを受け取ってスリーを決める。飛距離には慣れてきた。今は様々な角度からシュートを決める練習をしている。

「そうよね。私は泊まりにいかない方がいい?」

「鍵は渡しただろ?任せるよ。俺は家に桜が居たほうが嬉しいけど…な!」

パスんという音が響く。我ながら素晴らしいシュートだ。

「そう…。なら家に居させてもらうわ。猫とノンビリするのも悪くないもの。」

シュートを決めて、そうかと頷く。彼女には第2の家として自由に使ってほしい。

「頼む。行った結果、傷跡を抉られる可能性もあるしな…。そん時は助けてほしい。」

正直今の精神状況で環奈と二人っきりは怖い。昨日まだ振り切れていない事も理解してしまった。でも朱莉ちゃんの為なら頑張ろうと思う。

「それにしても違和感なのよね…。」

そう言いながらパスされたボールを走りながら受け取って、シュートフォームに入った俺は失敗を悟る。走りながらのシュートは成功率が低い。もうちょっとブレーキをかけたほうがいいかもしれない。

ガコンと音を立ててボールが弾かれる。

「違和感て何が?」

パスを受け取ってさっきよりキツめに止まってシュートをすると、パスンと小気味のいい音がして決まる。うん。悪くない。うまく修正できたようだ。

「環奈がアンタにあの場で頼み事をしたことよ。そもそも前回だって無理矢理誕生日に家に行ったじゃない?はい。ラスト。」

最後のパスを受け取ってシュートする。最後の一本も綺麗な角度で飛んでいって決まった。

「まぁ確かに。でも頼み事は一年に一回くらいはあることだ。それが早めに来ることもあるだろう。」

今までだって0ではない。だからおかしくはない。朱莉ちゃんには懐かれていると勝手に思っているし。

「そう。まぁいいわ。私の気にしすぎかもしれないし。マッサージするからマットを運びましょう。」

体育館の時計を確認すると18:30。前までは3時間くらいかかったものが約半分になっている。

明らかに効率が上がっている。

桜には感謝しかない。そのあと30分ほどマッサージをしてもらって、俺達は学校を出た。


「疲れはどう?怪我をしない程度には抜けてればいいんだけど。勉強をしたと言っても資格は持っていないから。」

「いや、すこぶる良いよ。作ってくれる飯も栄養バランスが考えられてて助かる。俺の場合は肉を焼くだけだから。あとカップラーメン。」

「そう聞くと心配になるわ…。」

桜はやれやれと頭を振る。

「トップアスリートになるなら食事も大事よ?だから最大限サポートしてあげる。家に帰ってたらゆっくり休んでね?」

俺だって食事の重要さは知っている。

だけど今までまともに料理をしてこなかった人間には難しい。料理サイトを見ても失敗することが多いのに…。

「俺はお前に金を払って専属トレーナーにしたくなってきた。」

「高校卒業したらそれもアリじゃない?」

桜が金で承諾してくれるならありがたい。

その為にはプロになって金を稼げる選手にならなきゃいけないけど…。

「何真剣に悩んでんのよ。冗談だから。お金なんて要らないわ。アンタが望むならサポートぐらいしてあげる。何年一緒にいると思ってんのよ。それにお金を払ってもらったら事務的になっちゃうし、そんな関係私は嫌よ?」

確かにその通りだ。金を払ったら今のような関係は維持できないだろう。

「そ、そうか。でもプロを目指すにも先ずは高校での成績が大きく響いてくる。だから先ずは全力で頑張るよ。」

「ええ!そして私も全力でサポートするわ!やっぱり目標がある男の方が推せるもの!」

桜はそう言って俺に笑顔を向けてくれた。

そんな事を言われた単純な男である俺は必死に頑張るしかない。

先ずは次の練習試合で良いところを見せるとしよう。

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