帰宅と掃除
デートを終えた俺たちはラフな格好に着替えて掃除を開始していた。
「私だけで良かったのに。」
ボソッと桜が呟くがそういうわけにもいかない。
そもそも面倒で放置していた事実が俺の罪悪感を刺激する。
「いいだろ?見てるだけっていうのは俺には向かないんだ。やるなら一緒にやらないとな。」
チラリと視線を向けると何故か桜は不満げである。
「仕方ないわね…。私がやりたいだけだから巻き込みたくなかったんだけど…。」
巻き込みたくないってそもそも俺の家の事だ。巻き込んでるのは俺である。
「ちょっとよくわからんがいいだろ?ほら共同作業をすることにより深まる仲もある…かも…?」
自分で口にして何を言ってるのかよくわからなくなる。
「共同作業…。はじめての…。わかった。」
「おい。意味深な言葉を吐くな。」
なんだかこの数日でこいつの印象が少し変わってきた気がする。
「いいじゃない。間違ってないもの。」
間違ってないのか?いやこの場合は俺が言葉のチョイスをミスったのか。身から出た錆である。俺は一つため息を吐いた。
「因みに俺は何をすればいいんだ?」
「先ずは洗濯物を取り込みましょう。畳んでしまうところまでがセットだからね?」
「了解。」
「あっ。颯汰はシャツを取り込んでよ?私の…下着もあるんだから…。」
赤らめながらそんなことを言われて俺も焦る。
「わ、わかった!俺はシャツ担当な!下着は頼む!」
「え、ええ。じゃあパパっとやっちゃいましょう。」
流石に少し焦った。でもそれはそうか。俺はもう見られているから気にしないが逆はダメだよな。俺は頭を振ってシャツを取り込むことに集中した。
「アイロンってどこにあるの?」
一通り取り込んだ後、桜にそう聞かれて考える。俺はアイロンがけとか面倒だからしない。だから場所は分からない。
「母さんに聞いてみるか…。」
「あっ。なら少しお母さんとお話しさせてください。」
成程。確かにいい機会だ。俺も話さなきゃいけないことがある。そう考えてコールすると数回で母さんが出た。
「はいはい。こっちは夜よ。時差があるんだから考えて電話して頂戴。」
「あっ。そうだよな。悪い。」
「冗談よ。息子からの電話は何時でも出るわ。桜ちゃんだっけ?その子と何かあった?」
現状の事はあまり話していないのに察しがいい。
「何かあったということは無いよ。けど現状を理解してるような言いぶりだな。」
「そうね。彼女のお母さんから電話があったから。こちら側に反対意見なんてなかったから連絡しなかっただけ。いいじゃない。不出来な息子は家事が壊滅的だもの。むしろ願ったり叶ったりよ。」
何てことを言うんだこの親…。いや事実だから何も言えない。
「とりあえず俺が情けないことは認めざるを得ない。それはそれとして桜が母さんと話したいらしい。」
「あら、いいわよ。私も話したかったから。」
了解が取れたので携帯を渡すと桜はメモ帳とシャーペンをすでに用意していた。
俺が電話をしている間に用意したらしい。流石出来る女である。
ジェスチャーでしっしっとされたので俺は離れる。まぁ聞かれたくないこともあるだろう。それから暫く二人は話し込んでいて、俺はその間猫たちと遊んでいた。
トントンと階段を上る音が聞こえて目線を向けると、開いていた扉から桜が顔を出す。その仕草が一々可愛い。桜はすっと携帯を差し出してくる。
画面を見るとまだ通話中のの様だ。
「もしもし。」
「はいはい。桜ちゃん良い子じゃない。大切にしなさいよ?」
そんなことを突然言われて少し苦笑いをする。
「大切にしてるよ。大事な親友だからな。」
目の前に本人がいるのに思わず言ってしまって、しまったと思った。けど目の前の本人の顔が赤くなるのを見て逆に冷静になれた。
「こんなに鈍いなんて…。我が子ながら心配だわ。」
何だ?どういう意味なんだ?
「まぁいいわ。私は応援してるから頑張りなさい。」
それだけ言って電話は切れる。
「よくわからんが、話したいことは話せたのか?」
「ええ。聞きたいことも聞けたわ。さっそくアイロンを取りに行くわよ。手伝ってくれる?」
「あぁ。どこにあるんだ?」
「貴方のお母さんの部屋よ。勝手に入っていいとは言われたけど、颯汰がいるなら一緒に入った方がいいでしょ?」
勝手に入っていいと言われたなら入ればいいと思うがほんとに律儀な奴だ。
「わかった。じゃあ行くか。」
「うん。」
母さんの部屋は一階だ。俺が歩き出すと桜は黙って付いてくる。なんか大人しいなとチラリと見れば目が合った。
「どうした?母さんと何かあったのか?」
「特にはないわ。普通に挨拶して必要な事を聞いただけ。色々と聞きたいことを聞けたから満足よ。」
「そうか。」
何か気になるが、まぁいいだろう。二人の秘密の会話に踏み込むのは無粋だから。
母さんの部屋は二人が家を出てからわざわざ開けてはいない。
俺が入るのも久しぶりだ。部屋の中には多少だが埃があった。
「お母さまに許可は取ったからここもその内掃除をするわ。あとお父様の部屋もね。」
「そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「私がやりたいからいいの。アイロンは…。」
桜と一緒に見渡すと部屋の端にアイロン台が見えた。
「これね。とりあえず今日は目的を果たしたわ。掃除は来週ね。」
「了解。俺も一緒にやるよ。」
桜は少し考えて頷く。
「そうね。流石に私だけで部屋に入るわけにはいかないし。助かるわ。」
うん。確かに本人がいない中で友達の両親の部屋に一人では入り辛いだろう。桜の事を俺は信用しているが両親は一度も直接会ってはいない。
俺はアイロン台とアイロンを両手に抱える。
「持ってくれてありがとう。」
「あぁ。力仕事は任せてくれ。」
「ふふ。鍛えてるものね。」
「まぁな。」
桜がそっと俺の腕に触れる。なんだか恥ずかしい。
「じゃ、じゃあ行くか。」
「うん。」
部屋を出てリビングに向かうと桜はさっそくシャツにアイロンをかけて俺はそれを畳んでいった。
ある程度掃除を終えて18時。桜は夕食を作りに行って、俺は携帯の画面をじっと見つめていた。慎吾から環奈の予定を聞くように言われたからだ。
個人チャットを開きながら内容は送れずに止まってしまっていた。
以前なら普通に送っていたチャットも今は送り辛い。
というかなんで俺が送らなきゃいけないんだ?彼氏の慎吾が確認してくれよ…。
金曜日は何だか気まずくて、朝しか話を出来なかったんだぞ…。
ぶつぶつと文句を言いながら内容を考えては消してを繰り返す。
結局一つため息を吐いて携帯をテーブルに投げた俺はソファーに寝転がった。
以前はこんなことなかった。一応俺たちは幼馴染で長い付き合いだ。少し距離が開いたからと言って連絡を取る事くらいはよくある事だった。
「何で俺がこんなに気を遣わなきゃいけないんだ…。」
俺達はただの幼馴染。付き合うことが確定していた仲でもない。
なんだか引きずっている俺が馬鹿みたいだし、イライラしてきた。
携帯をバッと取ってロックを解除する。
『4人で出かける件。いつにする?慎吾は水族館を考えているみたいだが近場の方が楽か?』
送信してしばらく見つめる。既読になる気配はない。きっと忙しいのだろう。この時間なら朱莉ちゃんの為に夕食を作っているのかもしれない。もしくは慎吾と…。
「あほらし。俺だっていま桜といるんだ。もやもやする必要もねぇわ。」
携帯を投げて立ち上がると、俺はキッチンに向かった。
「何か手伝うことはあるか?」
顔を出すと手元を見ていた桜が顔を上げると心配そうな顔になる。なんだろうと思うと火を止めて俺に近づいてきた。手が俺の頬に触れる。
「どうしたの?なんだかひどい顔をしてるわ。」
どうやら無意識に顔に出てたらしい。
「あぁー。すまん。慎吾から環奈の予定を聞くように言われてさ。なんかこれって煽られてるみたいじゃん?ちょっとイラっとしちゃってさ。」
恥ずかしながら俺もまだまだガキのようだ。取り返す気概も無いくせに、結局心はまだ環奈に残っている。本当に残念な男だ。だけど桜にならそんな自分を見せられる。
格好悪いところも見せられるから親友なんだと思う。
苦笑すると桜の両手が俺の頭の後ろに回って抱き寄せられる。俺の頭は彼女の胸の柔らかさに包まれる。恥ずかしいけど、撫でられてる頭は心地がいい。
「私だって一緒。だから颯汰に依存してる。第三者から見れば良くないかもしれないけど、これを誰かに見せるわけではないわ。私も感情がぐちゃぐちゃで病んでる自覚がある。だけど今は二人でゆっくり立ち直ればいいわ。」
「そう…だな。」
二人とも失恋したばかりで心が弱っていることは確かだ。
だからこそ俺たちはこうして二人でいる。
「ありがと。もう大丈夫。」
「そう。」
俺はゆっくりと離れて桜の頭をそっと撫でた。やってもらったことは返したい。
恥かしいわねと桜が笑う。俺もそんな桜に微笑んだ。
夕飯を食べた俺たちはまた一緒に勉強をしていた。
なぜこんなに勉強をしているかと問われれば、平日はほぼ勉強に使う時間が無いからだ。個人練習の時間を確保しているので、平日に帰る時間は20時を超えることもある。だから俺は土日の夜になるべく勉強をするようにしていた。
成績を維持する理由も一応ある。家の学校は一応進学校でテストの順位でクラスが振り分けられる。つまり俺以外の三人が好成績だから引き離されない様にしているわけだ。環奈と桜は1位と2位。俺と慎吾は10位以内は常にキープしている。
来年も同じクラスを維持するという意味では勉強は必要だ。
俺と桜がガッと成績を下げればあの二人とクラスも離れるだろう。
だがそんな不純な理由で成績を下げるのは、親にも心配をかけることになる。
だから俺たちはこうして勉強している。
「私たちはつくづく相性がいいと思わない?」
そんなことを桜が言って顔をあげる。
「まぁそうだな。俺はどちらかと言えば文系で、桜は理系だ。お互いにわからないことがあってもカバーできる。」
「うん、うん。だから今までとは比べ物にならないくらい勉強効率がいいわ。アンタは教えるの上手だし。」
「それは桜もだろ。めっちゃ理解できる。」
「まぁね。慎吾に勉強を教えてるのは私だから。どう教えたらいいかを常に考えて授業を受けているわ。それでも環奈には勝てないけどね。」
環奈は社長令嬢だ。常に成績を1位に保つのが当たり前と親からプレッシャーをかけられていると小学生の時から言われていた。本当にすごいやつだと尊敬している。
「でも次こそ勝つわ。私は負けっぱなしは好きじゃない。せめて勉強くらいは噛みついてやるわ。手伝ってくれる?私の相棒さん?」
「あぁいいぜ。理数教科なら任せてくれ。」
桜は理数教科のケアレスミスで若干点数を落としている。それが無くなれば環奈を倒すことも可能かもしれない。
「でも慎吾はいいのか?」
「慎吾には私より優秀な先生がいるでしょ?それより今回慎吾に負けることは許さないわ。一応私が貴方の先生なんだからね?」
そう言われたら負けるわけにはいかない。
「わかってるよ。中間テストまで1月を切ってる。しっかり勉強しないとな。」
「えぇ。そうね。」
俺達はまた黙々と勉強を開始する。わからないことがあればお互いに補完しながら効率よく進めていった。
「さっ、マッサージして寝ましょうか。」
体を伸ばすとバキバキと音がする。
「そうだな。今日も頼む。」
「任せなさい。」
横になってうつ伏せになると桜が俺の上に乗る。タイマーをセットする為に携帯を手に取ると、メッセージが来ていることに気づく。
『タイミングはテスト後かな。場所は近場でお願い。』
環奈からだった。桜と二人の時にあまりやり取りはしたくない。だからそのメッセージに了解と簡素に返事してタイマーをセットした。
「どうしたの?」
頭の上から声がかかる。
「環奈から。遊びに行くのはテスト後で近場がいいって。」
「そう…。」
少し声が沈んでる。返すタイミングを間違えたか?
「悪い。あとで返せばよかったか?」
「違うわよ。4人で遊びに行くのは前までは楽しかったけど今はちょっとね…。まぁ仕方ないわ。アンタもいるし適当に過ごしましょう。」
そうか。確かに気まずさもある。
「今更だが断る手もある。」
「いいわ。逃げるのは好きじゃないの。」
思わずふっと笑ってしまう。
「何よ。」
「俺は直ぐ逃げるからさ。お前といるとどんな事でも正面から立ち向かえる気がするよ。やっぱり俺とお前の相性はいいのかもな。」
「当然よ。男女の友情が成り立つくらいには相性抜群なんだから。」
確かにと俺は笑ってしまう。
きっとどんな逆境でもこいつは俺の手を引くだろう。そして俺はコイツの隣でその逆境に立ち向かう。そうやって一歩ずつ進んでいくんだろうと俺は思った。
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