いつもと違う朝と親友の親

桜が朝ごはんを作っている間、簡易的に作っておいた猫のトイレを清掃してエサ皿に子猫用の餌を入れた。

すると3匹ともよちよちと歩いてくる。白い猫はスノーと決まった。後は三毛と黒猫だ。

「名前を考えるのは苦手なんだよなぁ。安直にクロとミケか?もういっそ桜に決めてもらうか?」

そんな事を考えながら頭をかくと階下から俺を呼ぶ声が聞こえたので一旦保留として俺は階下に降りた。

朝ごはんは焼き鮭、だし巻き卵、みそ汁、サラダ、ご飯が並んでいる。そしてキッチンには俺のエプロンを着けた桜がいた。その姿に少しドキリとするが平静を装う。

「すまん。手伝わなくて。」

「役割分担だもの。気にしなくていいわ。猫ちゃん達はどうだった?」

「問題は無さそうだ。餌も元気に食べてたよ。」

「そう。良かったわ。」

そう言ってエプロンを外すと俺の向かい座った。

『いただきます。』

と声が揃って、俺たちは朝食を食べ始めた。


完璧な焼き加減の鮭、だしの味がしながらも優しい味のだし巻き卵、何倍でも飲めそうなみそ汁。結局俺はご飯を3回もおかわりしてしまった。弁当の時も思ったがこいつは良い嫁になると思う。今時男が料理をするのも普通なので男女差別になるようなことは言えないが…。

「どうだった。」

俺が食べてる最中、頬杖をしながら微笑んでた桜に聞かれる。

「最高だった。今度料理を教えてくれ。この味を毎日食べたい。」

「馬鹿ね。教えるわけないじゃない。これは私の役割なんだから。」

「役割?」

よくわからない。役割なんて決めてないし。

「そうよ。マネージャーは体調管理も仕事なの。だからこれは譲れないわ。」

そう言って桜が立ち上がる。俺も皿を持って立ち上がった。

「座ってていいのに。」

「せめて拭かせてくれ。何もしないのが辛い時もある。」

「そう。優しいのね。ならお願いするわ。」

俺たちは無言で並んで片づけをする。だが気まずいと言うことは無い。合宿の時もこうして並んでいたし、違和感もない。

「環奈とはこういうことはしなかったの?」

小学生の時はよくしていた。環奈の両親は忙しかったから、ウチに入り浸っていたからだ。だがそれが変わったのは中学の時。朱莉ちゃんが生まれてから俺達に関係は修復できないところまで進んでしまった。

「してたよ。でも一時期から交流も無くなった。その話は長くなるからまた今度な。」

「えぇ。良いわよ。今日も明日も泊まるから夜にじっくり聞くわ。」

その発言にクエスチョンマークが出る。今日の事は聞いてない。

「なによ。私がいたら邪魔?」

「ちげーよ!それお前の親も知ってんの?」

年頃の娘が3泊なんて普通に考えて許してもらえないはずだ。

「勿論よ。着替えも頼んでる。後でお母さんに聞いてみたら?」

その言葉を聞いて俺は唖然とする。でも許されてるなら拒否は許されていない。

「わかった…。泊まるのは良い。だが何でそうなる?」

「マッサージはお風呂の後が一番効くの。それに効率もいいしね。月曜日はちょっと早く私が出れば誰にもバレないし。」

理屈はわかるが理性が追い付かない。流石に頭を抱える。

「安心して?平日は来ないわ。土日だけ。昨日は特例だから。」

「特例?」

「うん。お母さんにはこの話を昨日通してあるけど、平日は禁止されてる。だから土日だけよ。昨日は帰るのも危ない時間だったから特例。来週からは土曜日の朝から来るから。」

度重なる攻撃に俺のライフはとっくに0だ。だが拒否る気にはならない。俺はこいつを信頼しているから。

「はぁ…。もういい。わかった。ちょっと待ってろ。」

首を傾げる桜を残して一度部屋に戻り、保管していた合鍵を持ち出す。これは昔環奈に渡したものだ。だが彼女から一方的に返された。

いつか関係を修復出来たら再度渡すつもりだったが、その日はもう来ないのがわかっている。なら持つべき相手に渡すべきだ。

階下に降りて桜の手のひらに鍵を落とす。

「これって…。」

「家の鍵。無くすなよ?環奈に見られて面倒になるのが嫌だから受け取らなくてもいい。」

その言葉を聞いた時の桜の目は今まで見た事のないほど輝いていて、俺は面食らう。

「大切にする!」

そう言って笑う彼女は本当に嬉しそうで、こんな表情もできるのかと驚いた。


ピンポーンとチャイムの音がして一応モニターで相手を確認する。可能性として環奈が尋ねてくることも稀にある。

まぁ向こうは彼氏持ちなわけだから、今の状況に問題はないのだけれど。

確認すると美人と言える女性がそこには立っていた。どことなく桜に似ている。成程。桜は成長すると更に美人になるらしい。

桜を手招きするとモニターを確認して、俺の手を引きパタパタと玄関に向かった。

玄関で話すのもなんなのでリビングへと招き入れた。

「はい。これお泊まりセットね。」

「ありがと。」

そう言って目の前でやり取りされるのは複雑である。それにしてもあの旅行カバンは大きすぎではないだろうか。

桜は荷物をもってパタパタと二階に登っていく。手伝おうかと聞いたが断られた。見られたくないものもあるのだろう。そして俺達は二人になる。

「桜のお母さん。電話では話しましたが改めまして、速水颯汰です。よろしくお願いします。」

「藤崎千花です。よろしくね?颯汰くん?」

「はい。ところでお母さん。」

「あら。お義母さんなんて気が早いわね?」

「発音が違うから!いや、もういいや。千花さん。今回のこと親として許可していいんですか?俺が何処の馬の骨かわからないのに。」

千花さんは真面目な顔で頷く。

「確かに本来、親として許可できません。だけどね?あの子は今まで辛く苦しい恋をしてきました。表面上の性格を捻じ曲げ、好きな人のためにスキルを磨き、体型を維持する。ずっと走り続けて疲れちゃったのね。家でもあまり口を開かなくなった。だから親としては慎吾くんと離れて欲しかったの。そんな時に失恋をして貴方の話題が出たの。貴方達は恋人ではないけれど親友なのよね?ならあの子を支えてあげてほしい。ただ隣にいるだけでいいの。疲れ切ったあの子がまた笑えるように隣を歩いて欲しい。それは貴方にしかできない。貴方だから頼みたいの。その為なら協力は惜しみません。」

千花さんの話を聞いて頭をかく。

「桜は俺に見せない笑顔をちゃんと慎吾に向けていましたよ?」

「それは本当に心の底からの笑顔だと貴方は思う?」

千花さんの言葉にハッとする。違う。きっとさっき鍵を渡した時の笑顔が本当の桜の笑顔なんだと気づいてしまった。

俺が黙ってしまうとやっぱりねと千花さんが言う。そして微笑んだ。

「あの子。笑い方を思い出したのね。あの子は自分が一番可愛く見える笑顔を研究していた。困ったことにあの子は練習をすれば色んなことができる秀才だった。笑顔もそう。そのせいで本来の笑顔を忘れてしまったのね。何年も続いていた呪いのような習慣をたった1日で壊すなんてやっぱり貴方を選んで正解だった。」

俺は彼女を支えるとか大それたことはできない。だって俺はガキだ。

今だって2度と恋なんてしないとか考えてる。

いつだって後ろ向きでダメダメだ。

そんな奴が誰かを支えるなんて烏滸がましいにも程があるじゃないか。でも…それでも…。

「俺はもう後悔をしたくない。強がりでも不恰好でも小さな一歩を選びます。だから今はまだ親友として桜の隣並んで歩きます。今はあいつの手を俺が握っていてやりたい。そしていつか…」

その時ガチャっと扉が開く。

「何を話してるの?」

扉の先にはキョトンとした顔をした桜がいた。

危ねぇ。今俺何を言おうとした!?やっば!顔が熱い!

「なんでもないわ。さぁ行きましょう?先ずは動物病院でしょ?」

桜は千花さんの顔をじっと見た後にまぁいいわと言って俺に近づいてくる。

「じゃあ行こっか?早くあの子達を診察してあげたいしね。」

「お、おう。そうだな!」

今は近くに寄るなとは言えるわけもなく、俺たちは猫三匹を連れて家を出た。


動物病院はあっさりと終わった。

結果として3匹とも特に病気はないが、親から抗体を貰えているか分からないためワクチンの接種は必要らしかった。

その為には定期的にここにくる必要がある。飼うと決めたからにはタクシーか何かで通わなければならないだろう。

取り敢えず現状は大丈夫なので胸を撫で下ろして病院を出た。

車に乗せてもらって再度家へと帰る。色々と必要なものもあるが、猫達を連れ回してストレスをかけたくなかった。

「そういえばご両親はお仕事?挨拶をしたいのだけれど。」

運転中の千花さんに言われて頷く。

「両親共に海外です。年に一度は帰ってくると思いますが、その際は紹介させてください。」

父さんは今年から海外赴任になった。母さんは生活能力のない父さんを心配して一緒に行ってしまった。

俺は残ってバスケをしたかったからこうして一人暮らしをしている。

「そう。じゃあ電話番号を教えてくれる?お話ししたいこともあるし。」

泊まりのことか。確かにそれは親同士で話してほしい。

「わかりました。後ほど教えます。」

俺からもメッセで事情を伝えたほうがいいだろう。突然電話が来たら誰でもびっくりするし。

その間、隣にいる桜は黙って何かを考えているような顔をしていた。


俺の部屋に猫たちを残し、再度家を出る。一応餌も入れておいたので恐らくは大丈夫だろう。

「さて、どこに向かえばいいかしら?」

「ペットショップが入っている大型のホームセンターにお願いします。」

金を下ろす必要もある。一応預かったクレジットカードはあるが現金で済むなら現金で済ませたい。

「わかったわ。」

車が動き出して桜が俺の肩に頭をのせてくる。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「ど、どうした?」

「別に。少し疲れただけよ。」

桜は朝起きてから料理、洗濯とずっと動き続けている。これが彼女の疲れが癒せるならと俺は黙って肩を貸す。

なんだか緊張ではなく安心する。なんだろう。環奈が隣にいる時とは違う感情だ。

そんなことを考えていると隣からすぅすぅと寝息が聞こえた。どうやら寝てしまったらしい。

運転席からふふっと声が聞こえてルームミラーから表情を伺うと、優しい目がこちらを見ている。俺は恥ずかしくなって目を逸らす。

恥ずかしいが、それでも桜に休んでもらいたい気持ちの方が強い。だから起こす気はなく流れ行く景色を眺めていた。


適当にお年玉を崩して一つため息を吐く。

一先ず7万あればそこそこなものは揃うだろう。

母さんはお金を入れておくとは言ったけど飼うと決めたのは俺だ。これでお年玉は消し飛んだ。痛い出費だが猫が喜んでくれるならいいと自分を納得させる。

必要なのはキャットタワー、猫の為のベッドを三つ、自動給餌器、自動トイレ、自動給水機。トイレ用の砂と餌も必要か…。

学校を考えると自動のものが望ましい。予算で足りればいいが…。はぁと思わずため息を吐くとどうしたの?と桜が話しかけてくる。

「いや、なんでもない。」

首を振って応えて微笑む。

「予算不足?私も出そうか?」

「いや、大丈夫だ。生活費は十分すぎるほどもらってるから。お金といえば弁当代。いくら出せばいい?」

親しき中にも礼儀ありだ。お金のことはしっかりしなければならない。

「要らない。」

「は?それはダメだろ。ちゃんとしなきゃ。」

「要らないから。私がやりたいからやってるの。だからお金は私が出す。」

言い合いになりそうになったその時、後ろからパンと後ろから手が鳴る音がした。

「はい、そこまで。お金は私が出します。」

手を叩いたのは千花さんだった。

「二人ともまだ成人してないでしょ?そのお金は大人の私が出します。桜のことを泊めてくれるお礼だと思って?」

そう言われては断れない。元々対価など望んでいないけれど、これが一番丸く収まるのは間違いない。

「わかりました。よろしくお願いします。」

「えぇ。」

「二人だけで話終わっちゃってなんか私だけ蚊帳の外みたい。」

桜が頬を膨らませ、その桜の頭を千花さんが撫でる。

「子供扱いしないで。」

口調は荒いがそれを跳ね除けようとはしない。そこからは信頼関係が見えて、なんだかいい親子だなと俺は思った。




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