猫と帰宅

「私が色々と買ってくるからここで待ってなさい。その子達を連れて入るわけにはいかないからちゃんと見てるのよ?」

そう言って桜がスーパーに入って行った。

ほんとに考え無しだったと反省する。

桜が買い物をしている間に俺も色々と必要なものを調べる。ゲージやらなんやらととりあえず金はかかる。

お金は困らないくらい両親が置いていってくれてるが、それは親の金だ。いつか返すにしろ確認はしておこうと電話をする事にした。

「もしもし?何かあった?」

電話先からは久々に聞く母親の声。俺は今までの事情を全て話した。

「そう…。貴方が我儘を言ったのは初ね。わかった。したいようにしなさい。お金の事は気にしなくていいわ。今日中にまとまったお金を入れておくから足りなくなったら言いなさい。環奈ちゃんのことは残念だったけれど、その子を大切にするのよ?」

「わかってるよ。母さん。有難う。」

「ううん。ごめんなさいね。お金だけ出して大事な時にそばに入れないのは親として心苦しく思うわ。父さんもそれを気にしてる。だから困ったら直ぐに連絡してきなさい。」

「わかった。」

つい勢いで環奈のことも桜のことも話してしまった。だがやはり俺の両親は素晴らしい親だと思う。感謝しかない。

電話を切って暫くすると桜が出てきた。

俺は荷物を受け取るために手を伸ばすが桜が首を振った。

「アンタは猫を大事に運びなさい。それより行くわよ。今日は泊まるから。」

「は?いや、だが…。」

一連の流れで20時はとっくに回っている。帰って猫達を何とかして、飯を食ったら日を跨いでいそうだ。

「家に着いたらお前の親と電話で話させてくれ。やましい事は無くても土下座がいる。」

「ふふっ。そうね。明日もお世話になるんだからちゃんと頭を下げておきなさい?」

俺が明日?と思っていると桜は楽しそうにふふっと笑った。

家に着いて俺達は中に入る。

「安心して色々するためには先ずは親に連絡ね。ちょっと待ちなさい?」

そう言って桜は少し離れた所で電話をかける。話している内容はよくわからないが、桜の顔がドンドン赤くなる。一体何を話しているのかと思っていると携帯が差し出された。俺は恐る恐る電話を受け取る。

「もしもし。俺…いや私は速水颯汰という者です。この度は大事な娘さんをこんな時間まで連れ回して本当に申し訳ありません。」

『いえいえ。ご丁寧にどうも。私は桜の母で千花(ちか)といいます。よろしくね。颯汰君。』

「あっ、はい。よろしくお願いします。」

『概ね桜から聞いたわ。異性のところに泊まるなんてまさか我が子から聞くとは思わなかったからびっくりしたけれど、しっかり者の桜が言うことを私は全面的に信頼しています。そしてそんな娘が信頼している貴方も信頼して今回の事は許可します。』

「有難うございます。」

よかったいい人そうだ。

『明日はまず動物病院に行くとのことですよね?』

「はい。そうしたいと考えてます。」

『では10時ごろに迎えにいきます。駐車スペースはありますか?』

「あります。青い車の横に停めていただけると助かります。」

『わかりました。あっこれだけは言っておかないと…。』

何だろうと俺は次の言葉を待つと…

『避妊はしてくださいね?』

思わぬ言葉が出てきて俺は焦ってしまう。

「!?そ、そういう関係ではないので!」

俺は思わず大きな声で返答をすると電話先からふふっと聞こえてくる。揶揄われたことに気がつき失礼しますと言って桜に携帯を渡すと二言三言話して桜が電話を切った。

「ごめん。ウチの親が…。」

「いや、なんだ。優しいお母さんだと思う。」

娘を信頼しているのは十分伝わった。

ちょっと気まずくなっていると足元からにゃあと聞こえてきた。

「あっ!こんなことしてる場合じゃないわ!お風呂場に行きましょう!怪我をしてるかをまず確認して、してなければ綺麗にしてあげましょう。」

「そ、そうだな!」

俺達はなんとかこの雰囲気を変えるために、慌ただしく動き出した。


結果として3匹共、目に見える怪我はなかった。

なので二人で頑張って一匹ずつ丁寧に洗い、ドライヤーでちゃんと乾かした。

俺の手と腕は爪痕で傷だらけになったが、桜が怪我をしなかったので良かった。

その後子猫用の餌を3匹とも平らげて、用意した毛布の上で寝る頃には10時を過ぎていた。

そんな疲れた状態で桜は炒飯を作ってくれた。

「桜。助かった。そしてすまん。頭に血が上るのは俺の悪い癖だ。」

自分の非を認めて頭を下げれる男になりたい。だから俺は頭を下げる。

「ううん。人は一人じゃ生きられないのよ。だから今貴方の横には私がいるし、私の横には貴方がいる。だからこれは恩返しよ。私が素でいられる時間を作ってくれてありがとう。」

礼を言われるようなことをしたつもりはない。

だけど桜にとっては礼を言うほどの事だったのだろう。だから俺は頷いた。

「ありがとう。今日も助けてくれて。」

俺の言葉に桜が微笑む。やっぱり大事な相棒だと俺は思った。


桜が風呂に入っている間、俺は宿題を進める事にした。学生の本分は勉強だ。疎かにするわけにはいかない。

土日もやることがあるから集中して一気にやる事にした。トントンと肩を叩かれて顔を叩かれた方に向けると指が頬に当たる。

ふわりとシャンプーのいい匂いがした。

「上がったわ。颯汰も行ってきて。マッサージするから。」

「あ、あぁ。」

こんな時間まで家に誰かがいるのは久しぶりだ。なんだか緊張する。そういう関係ではないが俺たちは年頃の男女だ。だからかこれはなんだかいけない事をしている気がしている。

一先ず頭を振って俺も風呂に行った。

頭と体を洗って湯船に浸かる。さっきまで桜が裸でここにと考えて頭を振る。

どうにも冷静じゃない。据え膳食わねばという言葉があるのは知ってる。

だけど俺は親友を傷つけたくない。

だから邪な考えは捨てることにした。


風呂から上がり部屋に戻ると桜が宿題をしていた。膝の上には白い子猫が丸まっている。ドアの音に気付いて桜がこちらを見て苦笑した。

「懐かれちゃったみたい。」

「そうみたいだな。その子の名前決めてやってくれよ。飼うから名前も必要だし。きっと桜が決めた方がその子も喜ぶ。」

「名前…。」

呟いて桜は考え込む。そしてブツブツと何かを呟いて頷いた。

「スノーにするわ。白くてふわふわだから。」

そう言って微笑んで猫を撫でる桜を見て、俺はなんかいいなと思った。

「さて、私は宿題終わったけどアンタは?」

「俺も終わった。」

そうと言って桜は自分の膝から猫を抱き上げて他の二匹の横に下した。そのままベッドに座ってポンポンと横を叩く。

「さぁ。マッサージするからここに横になりなさい?」

そう言われてすごすごとベッドに乗って横になる。すると直ぐに心地いい感覚がきた。

「これって同棲してるみたいね。」

心地いい感覚で眠くなり始めた俺は頭も回らずに頷きで答える。

「慎吾には力が足りないなっとか言われたけどどうかな?」

慎吾は贅沢な奴だと苦笑する。

「これ以上なく気持ちいいよ。」

「そっか。うん。そう言ってくれて嬉しい。そのまま寝てもいいわよ?」

それは申し訳ないと思いながらも閉じていく瞼を止めることは出来ない。

俺は心地いい感覚の中、意識を手放した。


「颯汰。寝ちゃった?」

すうすうと寝息が聞こえる。どうやら颯汰はいびきはしないタイプらしい。

「ふふっ。寝顔…可愛いわね。」

呟いて口に手を当てる。無意識に出た言葉に頭を振る。私たちは親友。恋人ではない。そんな感情は彼がその気になった時に持つべきだ。私はもう期待したくない。

颯汰が寝てはしまったけれど、まだ上半身しか終わっていない。私は引き続き足回りも丁寧にマッサージをした。

一時間くらいは経っただろうか。私も流石に眠くなってくる。

颯汰の上を降りると颯汰が寝返りをしながら私の手を引いた。そのまま抱きしめられてしまう。起きてるのかと思ったけれど寝ている。鼻をつまんでみても起きる気配はない。

その腕は力強く、抜け出そうとすれば出来ても起こしてしまうだろうと思った。

「暖かい…。」

途端に眠気が襲ってくる。トクントクンと颯汰の心臓が鳴っている。緊張しているのに、なんだか心地いい。

(こんなのダメなのに…。でも颯汰なら…まぁいいか…。)

そう思いながら意識は沈んでいった。


ぴぴぴぴっとタイマーの音が鳴って携帯に手を伸ばそうとした俺は、腕に重みを感じて目を開ける。

柔らかい感覚と甘い匂い。視界の焦点が定まり、腕の中に桜がいる事を理解した。

「うお!?」

引いた頭の高等部が壁に激突してちかちかとした。そして激痛。一体何が起きたのか寝起きの頭では理解不能だ。

確か昨日はマッサージをしてもらって、そのまま寝落ちしたのか…。

「桜。おい桜!」

「何…よ…あと5分だけ寝かせなさ…い?」

視線が合う。その後5秒ほど見つめあって桜はばっと体を離した。

「ご、ごめんなさい!私…!」

顔を真っ赤にしながら慌てる桜の頭を撫でる。これで疎遠になるのは嫌だと思った。

「いや、俺の方こそすまん…。寝落ちしてから何も覚えてない。ホントにすまん。」

「こ、これは事故!忘れましょ?私は今まで通りの生活を続けたいわ。」

桜が俯きながら言う。微かに見える耳は真っ赤だ。

「あ、あぁ。俺もだ。気まずくなりたくもないし、疎遠になりたくもない。」

同じような事を口にして、顔を上げた桜と目が合うとふふっと笑う。そして朝ごはんにしましょう?と微笑んだ。

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