ミーティングと猫

ぴぴぴぴっとタイマーの音が鳴って目を覚ます。

タイマーを止めて携帯を見ると桜からチャットが来ていたの開く。

『7:30に家に行くから。』

一瞬意味が分からなかったが、今日もミーティングがあった事を思い出す。つまり弁当という話だろう。

『了解。鍵は明けとくから入ってくれ。』

そう返信して時間を確認すると時刻は6時半だった。俺はとりあえずシャワーを浴びに階下に降りるのだった。


ガチャっと玄関が開く音がする。

俺は丁度洗い物を終えたところだった。リビングの扉が開いて桜を見た瞬間、俺は固まってしまう。

「お、おはよ…。」

そこにはいつものストレートではなくハーフアップに髪を纏めた桜が立っていた。

挨拶をするその頬が少し赤らんでいる。長い付き合いで彼女が髪を結んでいることは無かった。だからかその姿を強烈に可愛いと思ってしまった。

「今日のお前…可愛いな。」

思わずこぼれた言葉にしまったと思う。

「いや…!違う!いつも可愛いけど、今日は特別って…いや俺何言ってんだ!?」

一人で動揺しているとふふっと桜が笑った。

「ありがと。本気で運動するには邪魔だから纏めたのよ。今日からアンタと放課後に残るでしょ?ポニーテールでもいいかな?とは思ったんだけどちょっと試してみたかったの。お蔭で珍しいものが見れたわ!」

桜はそう言って本当にうれしそうに笑う。

「でも今まで髪型を変えた事なんてなかっただろ?」

「だって慎吾が髪型を変えるのを好きじゃなかったから。でもその縛りも無いしね。」

あぁ…そうか。彼女の行動理念は今まで慎吾だった。それが無くなれば今までの行動も自然と変わるのだろう。

「だけど突然髪形を変えるのはおかしくないか?慎吾だって吃驚するだろ。」

「理由は話したから。変に誤解を与えるのはアンタに悪いし。それよりこれ。」

差し出されるお弁当を受け取る。

「ありがとう。助かる。」

「えぇ。感謝しながら食べなさい?」

その口調がいつも通りで何だか安心する。

「じゃあ私は先に行くわ。15分後にいつもの場所でね。今日は慎吾もいるから。」

「わかってるよ。」

俺が答えるとさっさと出て行ってしまう。確かに一緒に向かうのはよくないだろうと俺も髪を整えて時間をずらして家を出た。


「はよ。二人とも。」

「おう!おはよ颯汰!」

「おはようございます。颯汰君。」

桜は慎吾の横というのもありいつも通り猫を被っている。口調も俺と二人の時とは違って柔らかだ。昨日の弁当事件の時は本人も慌てていたのかいつもよりは口調が荒くなっていたが、冷静さを取り戻せているようだ。

俺たちは並んで歩き出す。今日は金曜日。ウチの学校は大会前以外の土日練習は基本的に休みとされているので明日、明後日はのんびりできる。

「4人で遊びに行くっていつにするんだ?」

昨日のグループチャットでは日付までは書いていなかった。こういうイベントの提案者はいつも慎吾だから聞いておこうと口を開く。

「あぁー日付は東堂次第だな。」

「環奈に余裕がある日があるとは思えないんだが…。」

環奈の両親は忙しい。朱莉ちゃんもいるし殆ど自分の時間も無いはずだ。そこまで考えて違和感を覚える。付き合ってるのに名前呼びをしてないのか…?いや付き合い始めなら別におかしいことでもないか…?慎吾が桜以外の女子を名前呼びするのは見たことも無い。

「ならその件に関しては未定ということですね。環奈さんの予定を聞いて決めましょう。」

桜の言葉にそうだなと俺たちは頷く。

「因みにどこに行くとか決まってるのか?」

「ほら、新しくできた水族館があるだろ?行ったことも無いし丁度いいかなって。」

そういえばそんなのが出来たという話を聞いた気がする。

「となるとバス移動になりますね。自転車でもそこそこ時間がかかりますし。環奈さんの事を考えるなら近場の方がいいのではないですか?カラオケとか、映画とか。」

「確かにな。じゃあ颯汰。東堂に聞いといてくれ。」

何で俺なんだよ。発案者のお前が聞いてくれ…とは言えないのでわかったと頷いておく。

そんなことを話していると学校に着いたので俺たちは教室に入る。

するとクラスメイトの目が桜に集中した。あぁ髪型を変えたからかと納得すると同時に桜は女子たちに囲まれてしまった。

横目で見ながらアレは助けるの無理だなと諦めて、俺と慎吾は自分の席に戻るのだった。


「なぁ颯汰。」

席に着くと後ろから話しかけられる。

「なんだよ。」

「昨日から桜が変じゃねぇか?」

いや、お前が環奈とキスをしてたからだろとは言えない。

「変て?バスケ部ではいつも通りだったけどな。俺が遅くまで一人で残ってるのが問題になったらしくて、桜が自主的に残ってくれることになってさ。これに関してはなんだか申し訳なく思うけど。慎吾にも悪いな。幼馴染を借りちまって。」

これは嘘だ。俺の自主練は俺のみ認められていることで、問題に上がることなどない。だが一番自然な形に持っていく為に桜が慎吾に吐いた嘘を口裏合わせで口にしている。

「あぁ。それは桜から聞いたよ。俺達も高校生だし、理由があって遅くなるのは問題ないと思う。そうじゃなくて、なんか雰囲気というかなんというか…。」

流石は幼馴染。よく見ている。そう思うなら隠し事をせずに言ってあげたらいいと俺は思う。

慎吾はもっと誠実なやつだと思っていたんだが…どうやら俺に人を見る目は無いらしい。

いや環奈が隠したがってる線もあるか。まぁどっちでも良いんだけど。

そんなことを話していると漸く解放された桜がこっちに歩いてくるのが見えた。

そして特に口を開くことも無く着席をする。これ若干だけどイライラしてるやつだ。

俺と慎吾は顔を見合わせてから前を向く。触らぬ神に祟りなしだ。

すると今度は扉が開いて環奈が入ってきた。5分前。いつも通りだ。環奈はまず俺を見てから桜を見てぱちくりとした。うん。可愛い。

「颯汰。おはよう。」

「あぁ。おはよう。」

挨拶を返すと環奈が俺の耳元に口を近づけてくる。近い…いい匂いもする。

「桜…どうしたの?イメチェン?」

「いや…俺の居残り練習を手伝ってくれる事になったんだけど髪が邪魔だから纏めたらしい。」

「っ…そう…。」

聞きたいことを聞けたからか環奈は離れて自分の席に座った。

その時携帯がバイブする。

『疲れた。帰りたい。』

桜からだった。朝からお疲れ様である。

『すまん。俺のせいもあるよな。』

桜は俺の練習の為に髪を纏めたと言っていた。

『予測できなかった私が悪いから。気にしないで。環奈は何だって?』

『イメチェンかって聞かれたから、俺の練習を手伝うためって答えたよ。』

『そう。了解。』

聞きたいことだけ聞いてチャットが終わる。

俺も授業に集中する事にした。


4時限目のチャイムが鳴って俺はカバンを持って部室に向かう。昨日はレギュラーに関するミーティングで今日は練習試合に関するミーティングだ。

「ちわーす。」

扉を開けると3年の先輩が揃っていた。

「来たか颯汰。」

口を開いたのは部長でセンターの林大吾(はやしだいご)先輩だ。ゴリラのような体格で、練習試合でも弾き飛ばされたのは見たことが無い。その体格でしっかりポジションをキープしてくれる。

「うっす。先輩方早いっすね。」

「お前が遅いんだ。」

そう突っ込んできたのはパワーフォワードの土屋博(つちやひろし)先輩。190cmという長身。そしてチーム1の跳躍力で空中戦を制してくれる。あとダンクも出来る。

そして窓際で寝ているのがシューティングガードである佐藤要(さとうかなめ)先輩だ。実は本来ポイントガードは彼が担当していた。でも俺よりドリブルが上手く、どこからでもシュートを決められるから、攻撃力を高めるために今年からシューティングガードになっている。

俺がポイントガードを担当しているのは特殊な目を持っているからだ。イーグルアイ。俯瞰した視点でコート内を見れる。この目を一番生かせるポジションがポイントガードだった。的確にパスも通せるし、ディフェンスにも応用可能。オマケではあるがスリーポイントで攻撃にも参加できる。

俺は周囲を見渡す。もう一人の人物は室内にいなかった。

「純也(じゅんや)先輩は?」

2年の先輩である進藤純也(しんどうじゅんや)先輩はスモールフォワードだ。189cmの長身。スリーも打てて、ジャンプ力も高い。プレイの全てが高水準のウチのエース。唯一の欠点はモテない事くらいだ。高校生となれば顔も求められるから残酷である。

「純也なら風邪だ。すまんてさ。」

大吾先輩の言葉に俺は頷く。

「まぁしょうがないっすね。」

俺は事前にPCに入れていたデータを流す。次の練習試合の高校も強豪だ。この映像は俺と桜が撮ってきたものだ。

「飯食いながらで良いんで見てくださいね。」

そう言いつつ俺も弁当を開く。おっ!ハンバーグ!神かよ!

口に入れるとデミグラスソースの味が口一杯に広がる。いや普通に美味すぎる。

付け合わせの人参のキャロット、芋、だし巻き卵。その全てが高水準だった。アイツはいい嫁なる。そう確信した。

気づけば動画が終わっており、俺は全く見てなかった。そんな俺を大吾先輩と博先輩が取り囲む。

「おい颯汰。愛妻弁当はいいが、動画を見ないとはどういう事だ?」

大吾先輩の圧がすごい。

「ってかお前彼女できたの?誰?東堂?」

環奈の名前が出て少し心が痛む。博先輩だって彼女持ちじゃないかと思いながら俺はお茶を飲んだ。それに俺のこれは愛妻弁当でも彼女でもないからスルーすることにする。

「まぁまぁ。俺は実際の試合も見てるので。それよりさっきの動画ですがどう思いました?」

「どう…って流石にうまいな。強豪校なだけはある。」

大吾先輩はドカッと椅子に座る。

「だな。中々厳しい戦いになるんじゃね?」

博先輩も何かを考えるように顎に手を当てた。

二人ともバスケの話を投げればそっちに食いつく。ちょろい。

「俺はそうは思いません。この試合は俺に任せてくれませんか?」

そう言って俺はニヤリと笑ってみせた。


「それにしても大きく出たわね。」

桜からのパスを受けてシュートを打つと少し飛距離が足りずに弾かれる。

「舐められてるのは俺だ。そんな奴がいきなり凄いことしたら度肝を抜けるし、動揺も誘える。」

俺がスリーを打っているのはセンターサークル内だ。この飛距離は流石に練習していない。試合で使うことも無いし。

「これだけの飛距離があれば警戒せざるを得ないだろ。俺はまだ1年。県内1の称号は過去の栄光だ。ここからはチャレンジャーだからインパクトのある必殺技は欲しいよな。使い道は皆無だけど。」

強豪校対強豪校。この試合は多くの人が見に来るだろう。とんでもないシューターが入ったとか思ってくれれば儲けものだ。

「外したら格好悪いわよ。」

そう言って受け取ったパスで流れるようにシュートフォームに入る。その瞬間入ることを確信した。

理想のフォームから打たれたシュートは綺麗に吸い込まれた。

「コツは掴んだ。計算通りだな。最初の一発なら決めれる。」

「嘘…。」

桜は唖然と跳ねるボールを見る。

「どうよ?ゴールまでの距離を頭の中に入れておけば投げる角度はわかる。後は筋力だけだけど…!」

パスンと音を立ててボールが吸い込まれる。

「こう見えて鍛えてるから。でもハーフでギリギリ。コートの端とかは漫画の世界だな。それに動きの中じゃ無理だ。だから使い道は皆無の曲芸だな。」

完全フリーとか作れれば良いけどそんなタイミングは中々来ない。

「信じられない…。ここまで規格外だったなんて…。」

規格外は言いすぎだ。理論上は不可能ではない。使い道がないから練習しなかっただけだ。

その後は桜の作った練習メニューを俺たちは淡々とこなしていった。


「助かったよ。ただひたすら300本打つより楽しかった。」

「ならよかったわ。それより明日付き合ってくれない?」

以前なら二人で出かけることは無かった。お互い勘違いされたくなかったし。でも今はその枷はない。だから断る理由もない。

「いいけど何処に行くんだ?」

「バッシュを買いに行くのよ。私と貴方の。」

「あぁ。なるほどね。了解。」

夜風を浴びながらゆっくりと歩く。

近くもなく遠くもない。この微妙な距離感を俺は気に入ってる。

「今日この後家に行くから。マッサージがまだでしょ?」

そういえばと思い出す。

「俺たちの中だからいいけどさ。こんな時間に男の家は危ないぜ?」

「アンタならいいわ。」

「あっ、そう。」

頭をかく。でも失恋した直後に他の女に熱中する性格ではない。そういう性格なら楽だったとも思う。でもやっぱり…。

「まだ無理だわ…。」

「いいじゃない。今はまだこの距離感でさ。だって私達は最終的に私達を選ぶ気がしてる。あの二人がどこまでいくのかは知らないけど、別れた後に付き合うのも気まずいわ。」

確かに。処女厨とかじゃないけど慎吾の後って言うのが無理だ。何もかも負けてるのに、その後に付き合って比べられたら死ぬ。

「負け犬根性極まれり…だ。」

「そうね。右に同じ。環奈は顔よし、性格良し、スタイルよし、文武両道の最強ガールだもの。そんな人と付き合った男と付き合っても更に惨めになるだけ。だから慎吾の相手が環奈だった時点で私の敗北。ぐうの音も出ない。」

二人でため息をついて夜空を見る。

「いい男かぁ…。」

「いい女かぁ…。」

意図せず被って俺達はお互いの目を合わせて笑う。その時にゃあ〜とか細い声がした。

俺は直ぐに反応してキョロキョロと辺りを見渡す。どうやら土手の下から聞こえているようだ。

「桜。夜の坂は危ないからここで待ってろ。」

「は?ちょ、まっ…!」

静止を聞かずに俺は坂を滑る。果たしてそこには完全に梱包されたダンボールが置いてあった。そのガムテープを切って舌打ちをする。

中には子猫が3匹いた。こんな小さな猫を段ボールに入れて捨てるのも腹が立つが、出れないように閉められてた事でさらにイラっとする。そして俺はこの子達を拾うことを決めた。その段ボールを持って階段から上に登った。

「ちょっとアンタ!危ないじゃない…ってもしかしてそれ。」

段ボールからは猫の声が聞こえている。言わずとも分かってくれただろう。

「あぁ。連れ帰る。明日はこの子達を動物病院に連れて行くから悪いけど…。」

「待って待って!私も行くわ!」

「いや、だが…。」

猫を育てるのが簡単なわけがない。わかっているからこそ巻き込む気はなかった。

「とりあえず私に提案があるわ。明日、明後日は私に付き合いなさい?悪いようにはしないから。」

桜の言葉に俺は頷く。流石に考えなしなのは自覚があった。だが桜は冷静に考えてくれている。なんだか情けなかった。

「そこで男のプライドを持ち出さないところは好きよ。安心しなさい。貴方がやりたいことは私がサポートしてあげるから。」

そう言って微笑む桜に、俺は少しだけドキッとしてしまった。

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