少女は切り替える
おやすみと打ち込んで携帯の画面を消す。
そして私は仰向けにベッドで大の字になった。
「代わりとかそんなんじゃないから。勘違いしないで。」
一人呟く。そう。代わりではない。
元々力になりたいと思っていた。
今日渡した練習ノートだって、彼の成長を間近で見つつ毎日修正を加えていたからだ。机の中には3年分のノートがある。
報われて欲しいと思ってた。なのにこの仕打ちはあんまりだ。
自分が裏切られたのはいい。でも彼が裏切られたのが悔しい。だから彼を癒したいと思った。
(何が私のものになりなさい…よ。)
こういうところだ。素直になれない性格。
放置できないと思った。ぽっかりと穴が空いた心はきっと同じだから。
絶対に彼を一人にしたくなかった。
これは好きとは違うって分かってる。10年間も抱いた恋心と、彼に向ける感情が違うことぐらい分かってる。
近づきすぎだとも思う。これじゃあ恋人みたいなポジションだ。でも、もし彼が私を好きだって言うならそれすらも受け入れたい。
そういう関係に一度でもなれば、私も彼のことを好きになれる確信があるから。
私は大好きな幼馴染の為に身を削ってきたと思う。彼が好きなグラビアアイドルに体型を近づけたり、好きな料理を練習したり、部活で疲れた彼を癒すためにマッサージを練習したり…。
成績の悪い幼馴染に教えるために必死に勉強したり。
でもそれは無駄じゃなかったと今なら思う。
長い恋愛の間、私はずっと猫を被っていた。
だって慎吾がお淑やかなキャラが好きだったから。
それでも私がストレスを抱えずに済んだのは颯汰がいたからだ。彼が私を一人にしないと言ってくれたからだ。
『俺達は片思い同盟だろ?』
そう言って笑った彼を、私は今も覚えている。
『愚痴も文句も聞くから俺のも聞けよな?』
二人っきりの体育館で彼は私に手を差し出した。私もその手を握り返した。
そう…あの日から素でいられる唯一の相手は彼だけだ。喧嘩もできる友達。男女の仲なのにとんでもなく口が悪くて、でも最後には一緒に笑ってくれる男の子。
悪友でもあり親友。そしてずっと横で同じ目標を歩いてくれた戦友。
恋愛とは違うけど特別な男の子。彼に今まで得てきた知識を使うことが出来るなら、無駄なことなど一つもないだろう。
だから私は切り替える。
失恋したことはもういい。その情熱を彼とのバスケに注げばいい。私はそう考えて立ち上がると部屋を出た。
彼専用の食事メニューを考えるために階下に降りるとお母さんがいた。
「あら、どうしたの?」
「明日の下準備をしようと思って。」
彼は明日もミーティングがある。
冷蔵庫を開けて食材を確認しているとお母さんが声をかけてくる。
「アンタ振られたでしょ。」
ぴたりと動きが止まる。私は冷蔵庫を閉めてお母さんに苦笑する。
「バレた?でもそれはいいの。終わったことだから。」
「みたいね。二年間新品だったお弁当箱が開いてたもの。それにいつもよりも楽しそう。」
楽しそう…か。確かにそうかもしれない。
「それって振られた娘にかける言葉?」
「いつだって窮屈そうだったアンタは、帰ったらいつも疲れ切ってた。なのに帰りが遅い日にこうやって遅くまで動いてる。好きなんだ。その子のこと。振られてから始まる恋っていうのもいいと思うわ。」
何か勘違いされてしまった。
「好きとは違うよ。悪友であり、親友であり、戦友なの。だから支えてあげたい。」
私の言葉にお母さんが目をパチクリとする。
「何?」
「驚いたわ。慎吾くんに依存していて、何となく慎吾くんの為になるかもってスキルを習得しては腐らせていたアンタが支えてあげたいなんて…。私は断然今のアンタを推すわ。その子連れてきなさいよ。」
「嫌。恥ずかしい。」
部屋の中には小さい時のアルバムや少女漫画が並んでる。慎吾との写真は昨日片づけたけど、それでも見られるのは気まずい。そんな気持ちを込めた私の言葉を聞いて母が笑いだす。
「笑わないでよ。」
ジト目を向けるとお母さんがごめんごめんと謝る。
「慎吾君にもそういう風にアタックすれば良かったんじゃない?」
「無理。お淑やかを演じるのは疲れるんだから。突然やめるわけにもいかないし、学校でも大変なの。他に気を遣う暇も無いんだから。でも颯汰だけは特別…。素でいられるから。」
「そっかそっか。颯汰君て言うんだぁ?」
ニマニマと見てくる顔に腹が立つ。
「もうお母さん知らない!」
会話を打ち切って冷蔵庫に集中する。ハンバーグは作れそうだ。
「ごめん、ごめん。怪我しないように気を付けてね。それと…今のアンタはここ最近で一番可愛いわよ?」
「馬鹿。」
一言余計なのよとぼやいて私は料理を始めるのだった。
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