一夜明けて

朝起きて適当に飯を作る。

ウチの両親は海外なので今は気楽な一人暮らしだ。最初は四苦八苦していた料理も今は食える程度にはなった。

テーブルにホットサンドとコーヒーを置いてニュースを付けるとぼうっとそれを眺める。

特に興味のあるニュースが流れることも無く、昨日の事を考える。

環奈は妹の世話で忙しい。俺はそう思っていた。そして俺は彼女の助けになれないことも理解していた。

そんな彼女を支えたいと思っても拒否られて、中学生の俺は下がってしまった。

「それが俺の敗因か…。」

ぼそりと呟く。あの時、それでも一歩踏み出していればこんな事にはならなかったのかもしれない。でも後悔は先に立たない。それは今回の事でわかった。

「見返すか…。でもそんな気持ちも沸かねぇな。」

結局はあの時に環奈の手を離した俺が悪い。

そして環奈は俺ではなく慎吾を選んだ。つまり慎吾なら環奈を支えられるということだ。ずっと近くにいたのに頼りになれなかった俺が悪い。

冷静になると見返すとか意味が分からん。あの時の勢いで口に出した言葉がまた一つ黒歴史を作っている。

立ち上がって洗い物をして、軽く髪を整えると俺は家を出た。


「はよ。」

通学路の途中で桜と会う。俺と桜、慎吾の3人はこうやって朝通学している。環奈は朱莉ちゃんを送っているのでいつもギリギリだ。

「あぁ。はよ。慎吾は?」

「今日は朝練だから。昨日メッセきてたでしょ?」

そう言えばと思い出す。

「昨日は帰って寝落ちしたから忘れてたわ。そう言えばグループチャットに4人で遊びに行こうって来てたっけ。どうする?」

昨日の今日で複雑な為、俺は寝落ちを理由に返信はしていない。

「二人が隠すなら今まで通りでいいんじゃない?堂々としてましょう。」

確かにと頷く。俺たちは完全に負けを認めている。取り返そうとかは思っていない。

俺たちは黙って並んで歩く。近くもなく遠くもない。いつもの距離感だ。

「見返すとは言ったけどさ…。」

桜が口を開いて俺はチラリと見る。

「あぁ。」

「正直寝て起きたらどうしたらいいかよくわかんなくなっちゃった。」

どうやら桜も同じ気持ちだったらしい。

「俺もだ。」

「でしょうね。だからさ、まずどうやって見返すかの方向性を決めた方がいいと思うの。」

成程。うん。良いと思う。

「それで?どうするんだ?」

「いい男といい女を目指しましょう。そして最終的には二人より素敵な恋人を見つけるわ。どう?」

「まずいい男といい女の基準がわからないけど良いんじゃね?でも最後の恋人云々はパス。今はバスケが楽しいから。」

「あぁ…うん。そうね。恋人は私も考えられないわ。慎吾と結婚するってずっと思ってたから。」

うん。重い。この子はやっぱり重い。

「そっちを選んでおけばよかったー!って悔しがってもらえたら私たちの勝ちでいいわね。うん、そうしましょう。」

「了解。でも俺はバスケ中心で行動するからな?」

「それは当然じゃない。アンタはバスケをしてる時が一番格好いいんだから。それにプロになるんでしょ?マネージャーとして支えてあげるわ。腐れ縁だしね。」

桜が笑顔を向けてくる。その笑顔は今まで慎吾に向けていたものだ。だから俺は一瞬戸惑ってしまう。

「お、おう。頼むわ。」

なんか恥ずかしい。頭をかいて前を向く。

その後はくだらない事を話しながら学校に向かった。


俺達が二人で登校するのは珍しくもないので冷やかされることもない。

俺たち4人は同じクラスなので関係性は知れ渡っている。

クラスに入ると既に登校していたクラスメイトと適当に挨拶をして俺は自分の席に着いた。

HRの20分前。チラリと横の席を見ると環奈はまだ来ていないようだ。

俺の後ろは慎吾だが、彼の姿もまだ無い。

俺はグループチャットを開いて昨日の遊びに関する了承の意を送信すると桜も俺に追随した。

(こいつ…。気まずいから俺の反応の後に追随しやがった。)

チラリと目線を斜め後ろに目線を向けると涼しい顔をしている。

なんだか腹立たしいが溜息を吐いて個人チャットを開く。

『連続で投稿したら示し合わせたみたいじゃね?』

『別にいいじゃない。私たちは負け犬なんだし。』

そう言われると悲しくなる。俺達は暫くレスバしていたが、諦めて画面を消すとパタパタと足音が聞こえた。

時刻は5分前だ。ガラガラと扉が開いて、慎吾を先頭に数人のサッカー部が入ってくる。一番後ろには環奈がいた。

環奈は慎吾には声をかけずに俺に向かって歩いてくる。

「おはよう。颯汰。」

「あぁ。おはよう。」

その姿はあまりにいつも通りだ。

慎吾も普通に桜に挨拶をしている。桜も普通に挨拶を返しているようだ。

ちょっと拍子抜けしていると後ろから肩を叩かれた。

「はよ、颯汰!」

「あぁ。おはよう、慎吾。」

うん。いつも通りのイケメンフェイスだ。

俺も平静を装って挨拶を出来たと思う。

俺たちの席は奇跡的に固まっている。今となってはペアリングが少しずれてはいるが、当初の俺は喜んでいた。

ウチのクラスの担任は適当なのでクラス替えまで席替えは1回だ。そして既にそれは終わっている。つまり昨日まで天国だったこの席は今は地獄となっている。

まぁ仕方ない。来年になればまたクラス替えがあるし。そう考えて俺は授業に集中する事にした。


チャイムの音が鳴り終了の挨拶がされると俺は伸びをする。午前の授業はあっという間に終わってしまった。

今日はミーティングも兼ねて部室で飯を食うことになっている。いつもなら4人で飯を食うのだが、今日は俺は参加できない。

「颯汰は今日も学食?」

環奈に声をかけられて俺は首を振る。

「今日は部室だから購買。ミーティングがあるから。」

「そう…。」

ちょっと気まずいが、ずいっと横から手が出てきた。

「ほら。あげるわ。私は二人と学食で食べるから。」

さらっと桜のフォローが入る。手渡されたのは包みはどう見ても弁当だ。

「あ、あぁ。ありがとう。」

「300円で売ってあげるわ。さっさと行きなさい。貴方はレギュラーなんだから。」

そう言われて俺は時計を見て慌てて教室から出る。遅刻はまずい。桜は普段は学食には行くが弁当だ。これは自分の分に違いない。あの場から俺を脱出させる為にやりたくもない役をやったのだろう。本当に申し訳ない。

携帯を開いてすまんと送る。ブッとバイブしてすぐに返答が来た。

『世話が焼けるわね。あの場ではあぁ言ったけどお金は要らないわ。』

その文面を見て俺はふっと笑ってしまう。

『既に良い女だな。』

『馬鹿ね。マネージャーだからよ。』

その文面に返事を返す前に部室に着いてしまった俺はそのままミーティングに参加した。

弁当はからあげ、厚焼き卵、サラダなどバランスよく入っていた。弁当箱の大きさもいつもと違って直ぐに俺のために作ったのだと察してしまった。だがそれは口に出さないほうがいいだろうと俺は思った。

パスン、パスンと音を立ててボールが吸い込まれる。

フォームさえぶれなければ100発100中で決められる。試合中であれば9割といったところだ。一年間欠かすことなく続けた練習は、こうして実を結んでいる。

18時を過ぎて体育館に残っているのは俺だけだ。自分に課したノルマは後200本。急ぐことも無く確実に決めていき、あっという間に1時間以上の時間が流れた。

「300。」

パスンと音を鳴らしてボールが床に落ちる。

昨日同様、俺は床に寝転がった。

「はい、お疲れ。」

デジャブのように頭の上から声がかかる。

「今日もいたのか。」

桜はいつもいるわけではない。なのに昨日を含めれば二日連続だ。

「今までは慎吾と帰ってたから。でもその必要はもう無いでしょ?」

あぁ、そうかと納得する。

「慎吾には言ったのか?」

「えぇ。マネージャーだからで他意は無いって伝えたわ。実際のところは気まずいからなんだけどね…。」

「で?なんて?」

「特には何も。了解だって。まぁ私より美人な彼女がいるんだもの。ただの幼馴染の私の言葉なんてどうでもいいんじゃない?」

ただの幼馴染…。その言葉は俺にも刺さる。

「弁当ありがとう。美味かった。」

「そ。ミーティングがあるときは作ってあげるわ。今回は渡すタイミングをミスっちゃったけど…。」

きっと気恥ずかしさもあったのだろう。桜は今まで慎吾に作ることはあっても俺に作ったことなど無いから。その結果があのタイミングになったのかもしれない。

「おかげで不味い学食を食べる羽目になったわ…。」

「すまん…。」

きっとそれは学食の味の話ではなく、雰囲気の話だろう。

「朝のうちに渡しておけばこんな事にはならなかったわ。ミーティングの日はアンタの家に行って先に渡すから。アンタは何が好きなの?」

そう言えばこんな話もしたことが無い。

「好きって聞かれるとハンバーグとか肉じゃがとか?」

「小学生みたいね。」

「認めざるを得ない。だが一言言わせてくれ。慎吾だって似たようなもんだろ。」

いつもなら言い返すところだ。だが俺たちの関係性も昨日から少しずつ変わっている。

桜はその言葉に目をぱちくりとさせて笑い出す。

「確かに!それはそうね!」

「だろ?」

俺は例にもれず定番メニューが大好きで、慎吾も全く同じだ。だからこそ俺と慎吾は馬も合う。一通り笑った桜が立ち上がる。

「さて、片付けましょう?そろそろ宿直の先生が来るわ。特別扱いされているアンタも20時までには出ないといけないんだからさ。」

それはそうだ。時間は19時半。急いで片付けなければいけない。

俺たちはバタバタと片づけを開始した。


「明日からは私がパスをしてあげるわ。効率も上がるでしょう?」

「それは助かるけどいいのか?俺はこの練習が日課だ。お前まで遅くなるぞ。それに慎吾の件もあるし。」

「いいわ。環奈は妹の迎えがあるから慎吾は寂しいだろうけど、代わりにされるのも癪だもの。だからマネージャーとして支えてあげるわ。私もインハイで活躍するアンタが見てみたいし。」

そんな事を言われたら頷くしかない。そこは俺が行きたい場所でもある。ウチの学校は競合というわけではないが、そこそこに上位の学校だ。俺はスポーツ推薦でここにスカウトされている。だからこそこのチームを全国に導く責務がある。そう俺が勝手に思っている。

「責任感の塊のアンタが今何を考えているかはわかるわ。だから…はい。」

差し出されたノートを受け取る。

「私が考えてたアンタの練習メニュー。渡す気は無かったわ。ただのお節介だもの。でもしない後悔よりする後悔ね。後悔は先に立たずはもう嫌なの。」

そうだ。俺たちは昨日同じ後悔をした。ならこれ通りに練習してみようと俺は決めた。

「明日からはこれ通りに練習をする。」

「え…?内容も見ていないのに…?」

「しない後悔よりする後悔。本当にその通りだ。俺は桜を信じる。お前は俺の…親友だろ。」

そうだ。友達よりもランクは高い。こいつは長い間バスケ部で俺を見てきた。勝った時も負けた時も傍にいた戦友だ。こいつ以上に信じられる右腕がいるかと問われればいないと言える。男女の友情は成り立たないというが、こいつと俺の間には成り立つ。断言できる。だから俺はこの練習メニューを疑わない。

「親友…。そうね!私たちは親友だわ!だってこんなに長く一緒にいたのは慎吾以外はアンタが初なんだから!」

俺は改めて桜に手を差し出す。

「頼むぜ相棒。」

「ええ。任せなさい。」

俺たちは握手をして笑いあった。


晩飯を食って風呂に入った俺は練習ノートに目を通す。

そこには様々な練習メニューが並んでいた。

大きく代わったのはスリーの練習メニューだ。

1on1形式、ドリブルから、パスからと動きがあるものに変わっていた。

全部桜が担当してくれるらしい。確かに彼女は普通に選手として活躍できるくらい上手い。練習相手としてこれほど有難い存在はいない。

他に変わったのは練習の後と土日の柔軟とマッサージという記載。

柔軟はわかるがマッサージは自分では無理だ。どこかに受けに行けということなんだろうが、そんな金は無い。どうしたものかと考えていると携帯がバイブする。差出人は桜だ。

『メニューは見た?』

『あぁ。』

『マッサージは私がするから。こう見えて慎吾の為に学んでたの。』

は?と頭が混乱する。

『アンタと環奈の家が近いから提案はしなかった。勘違いされたくなかったし。でももう気にする必要は無いでしょ?』

『まぁそうだが…。お前は良いのか?』

『いいわ。じゃあお休み。』

『おやすみ。』

それ以降チャットが帰ってくることはなく、俺は考えるのを辞めてベットにダイブしたのだった。

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