幼馴染たちの密談と憂鬱

「で?私に何か用?この後用事があるんだけど?」

私の前には学校一のイケメンと言われる男子がいる。と言ってもただの腐れ縁だ。

彼は彼の幼馴染が好きで、私も私の幼馴染が好き。だけどその二人は同じ部活に入っている。

私は部活をできない理由があるから帰宅部で、彼はサッカー部の期待のエースだ。

だから私達はあの二人がくっつく事を何より恐れている。

「そう邪険にしなくてもいいだろ?君と俺の仲じゃないか。」

「嫌よ。貴方といると迷惑な噂が流れるもの。颯汰に勘違いされたら死んじゃうわ。」

だからこそ私達は意図的に二人にならないようにしている。

現時点で学校で過ごす時間という意味で彼女に負けているのに、これ以上変な誤解を与えて距離を空けたくない。

「これはルール違反よ。こんな空き教室に呼び出して何のつもり?」

「いや、なんだ。俺たちも高校生だ。だけど俺達はおそらく成功する告白に踏み出せていない。だからダブルデートを提案する。」

ダブルデート…。なるほど悪くはない。悪くはないけど時間を作れるかは微妙だ。でも時間がないことを言い訳にあの二人の距離が縮むのを黙って見てるのも嫌だ。きっとあの二人は好き合っているけれど、ここで幼馴染として…いや正妻としての姿を桜に見せておくべきだ。

「良いわよ。」

顔を上げたその時、窓からの風に乗って何かが目に入る。

「痛っ!」

思わず声を上げた私に心配そうな顔をした慎吾が近づく。

「大丈夫か?」

気づけば顔が近い。その瞬間、誰かが廊下を走る音が聞こえた。

「追って!」

私は思わず声を荒げる。こんなところ誰かに見られたら絶対に勘違いされるだろう。

「お、おう!」

慎吾が走り出す。彼の運動能力なら追いつくことは可能だろう。私はそう考えながら目を洗いにトイレに向かうのだった。


「えっ…取り逃したの?」

戻ってきた慎吾はバツが悪そうな顔をして頷いた。逃したものは仕方ない。

だけど慎吾から逃げ切れる人物は少ないだろう。ふと颯汰の顔が浮かぶが、彼は部活中だ。その可能性は限りなく低いだろう。

「まぁいいわ。噂なんて後でどうとでもなるもの。」

私は一先ず切り捨てる。考えても仕方ない。望んで手に入れたわけではないけれど、私達は揃ってカースト上位だ。二人で否定すれば信じてもらえるだろう。

「帰るわ。」

「そうか。気をつけてな。」

予想外の事もあったし、やっぱり慎吾と二人でいるのは良くない。

「次からは2人っきりにならないようにして。」

「あぁ…そうだな。わかったよ。」

釘を刺して今度こそ私は彼に別れを告げた。


私こと東堂環奈は幼馴染の男の子に恋をしている。ずっと隣にいた男の子。優しくて、泣き虫だった私をずっと守ってくれた。

だけどそんな彼と私には少しだけ距離ができている。理由は幼稚園児の妹だ。

私の両親は会社の社長、副社長で多忙だ。

その二人の間に子供が産まれた。それが妹だ。

妹のことは好きだ。可愛い。でも問題なのは妹の世話を私にのみさせる親だ。

そのせいで彼との時間を作れなくなった。いやこれも正確ではない。私があえて断ったのだから。

朝はバタバタと妹を保育園に送って、帰りはこうして迎えに行く。

優しい彼はそんな私を手伝ってくれると言ってくれた。彼の大事な時間を私に使わせるのは申し訳ない。

彼はプロになれる才能がある。だから私の為に時間を使ってほしくはない。

「付き合ってほしいなんて言えるわけないじゃない…。」

ポツリと呟いて涙が出そうになった。両親とは全然会話も出来ていない。現状を変えることもきっと不可能だ。だってこんな状況でも私は妹の事を大事だと思ってしまっているのだから…。

気が付くと保育園の前に着いていることに気づいて私は頭を振る。

こんな暗い気持ちで妹と会うわけにはいかない。一つ息を吐いて私は保育園の中に歩を進めた。


「ねーね!ただま!」

「うん。お帰り。朱莉(あかり)。」

私はまだ小さい妹の手を引いて、保育園の先生に礼を言って園を出た。

「今日はどうだったの?」

「お絵描きした!」

「そう。楽しかった?」

「うん!」

朱莉が満面の笑みで頷く。それを見ただけで私の心は少し軽くなった。やっぱり私の妹は可愛い。

「最近にーにが家に来ないね。」

朱莉がにーにと呼ぶのは颯汰の事だ。私だって彼と一緒に居たいけれどそれは無理だ。

「にーには忙しいからね。」

部活で忙しいのは本当だけど半分は嘘。

ふと来ないでと言った時の颯汰の悲しそうな顔を思い出す。今も忘れられない。

でも後悔は無い。あの日以来颯汰は明らかにバスケが上手くなった。私に使っていた時間を全てバスケに使っている。私はそんな颯汰を見ているだけで幸せだった。

「またいつか遊びたい!」

「うん。都合が合えば誘ってみるね。」

ダブルデート。賛成はしたけれど結局参加できるかは怪しい。朱莉を一人には出来ないし、両親も説得しなければならない。勉強もしなければいけないし、私には本当に時間が無い。

(でも…これは私自身が決めたことだから。)

いつまでも頼って依存していた私を変えなければいけない。

「ねーね?」

はっと顔をおろす。

「朱莉。今日は何が食べたい?」

出来うる限り優しく微笑みかける。

「ハンバーグ!」

「そっか。じゃあ買い物をしないとね。」

私は小さい妹の手を引きながらゆっくりと歩いた。

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