負け犬同盟は見返したい!
@Ka-NaDe
負け犬同盟の結成
夕焼けが差し込む教室。
中にいるのは俺がずっと好きだった初恋の少女と学校一イケメンの男子。
その顔が徐々に近づき、見てられなくなった俺たちはその場から逃げ出した。
「これで300…。」
ブレることなく飛ぶバスケットボールが弧を描く。
ぱすんと音を立てて、当然のようにボールは吸い込まれた。汗を拭って横になる。体育館の床は冷たくて気持ちいい。
この疲れも心地いい。目を閉じて大きく息を吸って吐いた。
「流石ね。」
頭の上から聞き覚えのある声。目を開けた先には見慣れた顔。
「桜か…。」
長い黒髪。整った顔。ジャージを着てても分かるほどの整ったスタイル。
学校2番目の美姫と呼ばれる藤咲桜(ふじさきさくら)が俺を見下ろしている。
「流石は県内一のシューター。いえ県内一のポイントガードだったかしら?」
「ポイントガードだ。スリーポイントはオマケだよ。パスとドリブル以外の武器が欲しかったから努力しただけ。背が低い俺がゴール下にいたらお荷物だからな。」
俺の身長は168cm。明らかにバスケプレイヤーとしては小柄だ。
「貴方がお荷物なら全員お荷物ね。」
そう言って桜が俺の横に座ってスポーツドリンクを置いた。
「お前…暇なの?俺になんか構ってないで帰ってもいいんだぞ?」
彼女はバスケ部のマネージャーではあるが、俺の専属というわけでもない。
「私達は失恋コンビ。そうでしょ?速水颯汰(はやみそうた)くん?」
あぁそうかと頷く。俺達はあの光景を一緒に見て逃げた。つまりそういうことだ。
「傷心中なんだ。慰める気は無いぜ?」
「あら冷たい。でもそうね。振られた二人で慰め合うなんて惨めになるわ。私は一人だと泣いちゃうからここにいるのよ。」
彼女は立ち上がってボールを持つとレイアップを決める。
「やるじゃん。」
俺も立ち上がって体を伸ばした。
そんな俺に桜はビシッと指を指す。
「1on1よ。負けたら私の言うことを聞きなさい?」
ははっと笑いが溢れる。
「いいぜ?負けたら飯奢れよ?」
「いいわ。私が勝ったら付き合いなさい?」
「は?」
一瞬フリーズする頭が復活する前に、彼女は俺の横をすり抜けてレイアップを決めた。
「うわぁ…。卑怯…。」
「は?作戦だから。」
そう言って彼女が俺にパスをする。
「上等だ。叩き潰してやる。」
パスを受け取った瞬間シュートする。
パスンと気持ちいい音がする。
「ちょっとは手加減しなさいよ…。」
「悪いな。勝負となれば手は抜けない。」
「そんなに私と付き合うのは嫌!?」
ドリブルしながら向かってくる桜を最小限の動きで止める。ボールを奪うと崩れた体勢のまま、パスをするようにボールを投げるとギリギリで決まる。
「そういう話じゃねぇ!振られたから誰かと付き合うのはその人にも失礼だろ!お前のことはいい女だと思う…けど…あぁ!わかんねぇ!なんて言えばいいかわかんねぇ!」
俺が叫んで顔を上げると桜が泣いていた。思わずギョッとするが我に返って彼女に駆け寄る。
「わりぃ。俺最低だ。頭の中ぐちゃぐちゃで、叫んで八つ当たりしちまった…。」
謝ると桜が抱きついてくる。俺はそんな彼女を抱きしめ返すことが出来ない。
「謝るのは私よ!ごめんなさい!」
頭をかく。彼女だって俺と同じで傷ついてるんだと再認識する。
暫くそうやって俺は彼女が泣き続けるのを受け止めるしかなかった。
「はぁ…スッキリした!」
ガバッと彼女が俺から離れる。
「そうかよ。」
俺はバスケットボールを手にとってカゴに入れる。すると桜も俺に倣って片付け始めた。
お互い無言で作業をしてボールを片付ける。
「さっきのは私の負けね。何食べる?」
「そうだな…。ラーメンで。」
「またぁ?アンタも飽きないわねぇ。」
桜が呆れたように俺を見る。
あんなことがあった後だが、気まずいとは思わない。俺達は中学からだから既に3年の付き合いになる。高校でもこうして一緒にいるのだから腐れ縁である。
「あーあ。10年の長い初恋が終わっちゃったわ!」
「俺は11年だ。だから俺の勝ち。」
「は?ぶっ飛ばすわよ?」
睨み合い、そして笑う。俺達は男友達のようにお互いを応援していた。
何故なら俺達は長い間幼馴染に恋をする同盟者だったからだ。
「でもなんとなく納得だわ。彼女に勝つとか無理だもの。」
桜が彼女というのは俺の幼馴染の東堂環奈(とうどうかんな)の事だ。
長い黒髪。完璧なスタイル。美麗秀麗。文武両道。入学直後から学園一の美女と言われていて、告白された回数は一月で三桁に達したらしい。
「まぁ俺も納得だわ。」
対する桜の幼馴染も大概である。
神崎慎吾(かんざきしんご)。誰にでも優しく、文武両道のイケメン。
環奈の恋人として誰もが納得する。アイツは俺が環奈のことを好きなのを知っていたはずだが嫌味すらも出てこない。
「私達は永遠の2番手。仕方ないわよね。」
「俺は2番手じゃねぇよ。下から数えたほうが早いわ。」
「何言ってるのよ。文武両道のイケメンじゃない。貴方の人気は慎吾の次よ?今まで誰もよってこなかったのは、貴方の横に私と環奈がいたから。今後は私が風除けになってあげるわ。」
「はぁ!?まぁいいや。恋愛とか糞だし、こうやって隣にいてくれや。お前まで離れてったらぼっちになっちまう。」
「そうね。幼馴染は負けポジション。はっきりわかっちゃったわ。私も慎吾以外との恋愛とか興味ないしちょうどいいわ。」
二人で負け惜しみを言いながら笑い合う。
あぁ…。今日という日にこいつがいて良かった。俺は本気でそう思った。
「はぁ!?お前たちが振られた!?」
『キスを目撃した。』
俺達の綺麗に揃った言葉に店主が頭を抱える。そしてドンとラーメンを置いた。
ここは俺達の行きつけの辛味噌ラーメンが有名な人気店だ。
「俺の奢りだ!たくさん食え!」
「さすが店長!」
「よっ!日本一!」
俺たちの言葉に苦笑しながら店長は店の奥へと消えた。
辛味噌ラーメンは少しずつ味噌を溶かすことによって味変を楽しむ。そしてちぢれ麺がスープに絡んで最高の味を味わえる。
そして柔らかくも肉厚なチャーシューが食欲をそそる。俺たちはあっという間にラーメンを完食して、店長に礼を言うと店を出た。
まだ帰る気になれない俺達は、歩きながら目についた公園に立ち寄ってブランコに座った。
「はぁ。なんかこうなるとやっぱり悔しいわ。アンタも私もレベルは高いと私は思うわ。なのに幼馴染だったというだけでこんな目に遭わされてる。気に食わないわ!」
「いや幼馴染は関係ないだろ。」
世間一般では幼馴染は負けフラグらしい。
あまりに距離が近いから発展しないのかもしれない。
「それだけじゃないわ!初恋は叶わない!この言葉を最初に言ったやつを殴りに行くわよ!」
「なんでそんなに暴力的なんだよ。キャラ崩壊してんぞ?」
いや俺の前ではこんな感じか。最初の一年はお淑やかだったのが懐かしい。
「それはアンタの前だからよ。なんでかわかんないけど素が出せるの。アンタは私が横にいても惚れなかった。だからいつの間にか大事な友達になってた。我慢しないっていいわよね。アンタだって私の前では饒舌じゃない。」
それはそうだ。好きな女の前では誰だって緊張するし、女子はそんなに得意じゃない。
「根が陰キャだからな。騒ぐのは嫌いなんだよ。だけど人付き合いは大事だからちゃんとコミュニケーションは取ってる。」
うん。だぶん。上手くはやれてる…はず。
「でも深い関係にはなろうとしないわよね。きっと私たちの敗因はそこよ。結局大事な一歩を踏み出さないから負けるの。だから…。」
ふわっとブランコから桜が飛び降りる。
そして振り向いてニッと笑った。
「私のものになりなさい!」
そして右手が差し出される。ふっと笑って俺はその手を握った。
「お前のものにはならないが…これは負け犬同盟だ!見返してやるか!俺とお前で!」
「ええ!必ず見返しましょう!私と貴方で!」
こうして俺達は立ち上がる。
恋とかそういう感情じゃなく、ただ俺達を選ばなかった幼馴染達が悔しがる顔を見たい一心で。だからこれは俺達がお互いをレベルアップさせるための同盟だった。
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