第19話 ようこそ、精霊の御宿へ
「改めまして、本日は当御宿へお越しくださいまして誠に有難うございます。私はこの『精霊の御宿』の女将をさせて頂いております、エルヴィーラと申します。このお部屋の接客担当をさせて頂いておりますので、何か御座いましたらお気軽にお呼び下さいませ」
ワタシ達を案内してくれたのはこの宿の女将さん。部屋の中は日本の温泉旅館みたいな部屋でビックリしてしまった。
「和室じゃん!!!サイコー!!!」
早速、靴を脱いで上がり、部屋の中へ。旅館の部屋にあるテーブルと椅子の置かれた謎のスペースって、何だかワクワクするよねっ!お風呂上がりにその椅子で飲むジュースの美味しさ…思い出したら飲みたくなっちゃった。
ちなみに、この世界は基本的に土足が当たり前なので靴を脱いで裸足になるという事に戸惑う人も多いらしい。ワタシが何の抵抗もなく靴を脱いで上がった姿を見て女将さんが目を丸くしていたよ。
ワタシ達が落ち着くまでの間、お茶の支度をしていた女将さんは、座椅子に座ったタイミングでユグドラシル商隊について尋ねてみた。
「ワタシ達、彼等を探してるんです」
女将さんは少し目を瞠ると、手早くお茶の支度を済ませてコチラへ向き直った。
「左様でございましたか。…ユグドラシル商隊というのは北の地にある神族様の国に唯一入る事が許された商隊ということはご存知でしょうか?」
「もちろんです。ワタシ達はそこを目指しているので…」
「そうなのですか…そもそもユグドラシル商隊というのは神族様の国に住まうエルフ族で構成された商隊でございます。その目的は各地の世界樹様のお世話と、神国には無い品々を仕入れる為。そして、この御宿はそうして世界各国を回るユグドラシル商隊の定宿の一つとして建てられております」
「そうなんですね」
「そして、ユグドラシル商隊も私達もユグドラシル教団に所属する信徒でもございます」
この宿はユグドラシル教の施設の一つでもあり、普段はユグドラシル教関係者にしか認識できず扉を開くことも出来ないらしい。例外的に扉を開く事が出来るのが、神獣や世界樹の加護を受けた者。ルノは世界樹の守護者だし、ワタシは世界樹の実を食べてるから認識できたみたい。
「もしかして、ここに勤める者は全員がエルフ族なんですか?」
女将さんに尋ねると、ニッコリと微笑んで首を縦に振った。そもそもユグドラシル教団の関係者にしか視えない宿なので必然的にエルフ族ばかりになるようだ。ちなみに、神族は基本的に国から出ないので神族に仕えるエルフ族がこうして外国で活動しつつ様々な情報や品物を入手しているらしい。
女将さんは以前は神族の屋敷で働いていたらしい。そこで、ユージュリアについて聞いてみることにした。
「ユージュリア様…で、ございますか」
お茶のおかわりを淹れようと準備をしていた女将さんの動きが止まる。その目には驚きと戸惑い、それから哀しみの色が滲んでいた。
「世界樹様よりユージュリアなる神族の少女を探すように仰せつかった。生死は問わぬから知っている事は全て詳らかにせよ」
ルノの言葉に女将さんはそれ以上話すことなく、「少し時間をいただけますか?」と言い、それ以降は何も語ることなく部屋から出ていってしまった。
「うーん、これはアタリを引き当てたかも?」
「そうですね、おそらく近しい者には違いなさそうです」
女将さんの様子から、恐らくユージュリアの事を確執に知っているだろうと思えた。だって、『ユージュリア様』って言っていたからね。そもそも、知らなければ『誰ですか?』となる筈。いやぁ、何だか順調過ぎて怖いね!
「それにしても、ここが世界樹信仰の者達の宿だとは思いませんでした」
「世界樹信仰の事は知っていたの?」
「はい。私が世界樹の守護獣となってからあの森に入ってくる者は居ませんでしたが、世界樹様よりその知識も教えて頂いてます」
「そうなんだぁ」
まぁ、世界樹がそれを容認してるならとやかく言う事はないよね。神獣や精霊も大切にしているみたいだし、敵にはならなさそうだ。ここでユージュリアの事も、神国へ行く方法も分かれば良いんだけどなぁ。
* * * * * * *
「ありゃ、なんか…甘く感じる?」
それに気付いたのはデザートの世界樹の蜜がけアイスを食べ終わった頃。この御宿の食事はマナが豊富で、味覚のないゴーレムなワタシでも満足できた。そして、今まで『味覚が無いから』と避けてきた食事をここで初めてとった事で、何となく『味』を感じられる事に気が付いた。多分素材の味というよりマナの味なんだと思う。ちなみに、手を付けていなかった魔物肉は少し苦く感じたし、野菜もほんのり甘い。そして世界樹の蜜はそれ以上に甘かったからマナの性質とかそういったものが関係しているのかも?
「もしかしたら、『味覚が欲しい』という心の内の願いがマナに作用しているのかもしれませんね」
「えーと、それは魔法が発動しているってこと?」
「そうですねぇ…仕組みとしては魔法と言えます」
「おぉ…」
今はマナに作用しているけど、もしかしたら食材の味が分かるようになるかも?と少しだけ希望が持てた。…まぁ、ユージュリアの肉体を入手するのと、どちらが早いかな?ってところだけどね。
食事も終わって、部屋でノンビリとしていると部屋のドアがノックされた。
訪ねてきたのは女将のエルヴィーラさんと、それからもう一人。
「ユグドラシル商隊のアウグレーティアと申します」
そう言って頭を下げたのは、ワタシが最初に見かけた男性だった。パッと見はエルフのように見えるけれど、精霊であるワタシの眼は誤魔化せないよ。
「…神族の方ですね?」
ワタシがそう言うと、アウグレーティアさんが弾かれるようにバッと顔を上げた。そして、目が合った瞬間、アウグレーティアさんは息を呑んだ。
「何故…っっ?!その光は…ユージュリア?…いや…しかし…」
その眼は真っ直ぐにワタシを見ているけれど、困惑と驚きとが入り混じって見える。
「こちらの御方は、神族のアウグレーティア様です。現在、とある使命の為に現在ユグドラシル商隊と行動を共にされておいでなのです」
アウグレーティアさんが、困惑した顔でペコリと会釈した。うーん、何だか見覚えがあるような?
それにしても、使命とかそんな話をワタシ達にしていいのかな?って思ったけど、彼等はとある使命の為に協力を仰げるような神獣を探していたらしい。
「ルノ、神獣って世界樹のあるところに居るんだよね?」
「基本的にはそうなりますが、神獣と成れる獣はほんの一握り。現存する神獣は然程多くはありません。それに、神獣は世界樹と一対のようなもので、世界樹から離れて活動する神獣となると…」
知らんかった。
世界樹の守護獣である神獣は、大抵が世界樹から離れて活動することを嫌悪するものらしい。それは本能的なもので、世界樹の守護を神から任命されているからだろうというのがルノの見解だ。ちなみに、ルノに関してはワタシが浄化した事で主従契約が結ばれているので、世界樹から離れて活動することに何の嫌悪感もないんだとか。
「それじゃ、神狼族みたいな神獣の一族は?世界樹を護る獣って神獣だけじゃないよね?」
「神の獣の一族は長である神獣に付き従うものですから…神獣が協力的でないなら無理でしょうね。世界樹の森の管理などもありますし、意外とやる事は多いんです。」
「へぇ、そうなんだ」
「神族である私は神獣に会うことは出来るのですが、やはり世界樹から離れるのは難しいらしく…困り果てていまして」
まぁ、そんな感じでなかなか協力が得られないのだとか。
「それで、使命ってなんなんです??」
そもそも、それを聞かないと協力できるかどうかも分からないよね。
「それが…」
そうしてアウグレーティアさんが話し始めたのは、ワタシ達が想像したよりも、もっと大変な話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます