第18話 水と踊りの街ハチマーン

ハチマーンは国境の街から北西にあり、そこそこ大きな街で、踊り子の聖地と言われている。特に、夏に行われる夜舞祭という祭りでは各地から踊り助平が集まり、一日中踊り囃子が流れ大人も子どもも一晩中踊り明かすらしい。残念ながら今は祭りの時期じゃないんだって。


それから、もう一つ気になる話が。


「どうやら、水の精霊王が住まう霊泉があるようです」


ここに来るまでに、精霊達は何度も見かけてきた。今だって真っ白な氷と雪の精霊達がフワフワとしているのが視えている。でも、『精霊王』と呼ばれるほどの存在はまだ出会ってないんだよね。どんな精霊ヒトなんだろう?


「突然襲われたりしないよね???」


ふと、心配になってルノに聞いてみた。何せ、生まれたときは殺伐としてたからね。


「流石に問答無用で襲ってくるようなモノは居ないと思いますが…例え王たるモノであっても、我が君の足元にも及びませんよ」

「そうかなぁ」

「私を下したその実力は確かなものですよ、我が君」

「あれ、ルノって世界樹にはミジュクモノって言われてたよね」

「うぐっっ!そ、それは精神論とかの話であって…っ!」


ホントかなぁ?まぁ、出会えるかどうか分からないし考えても仕方ないか!


国境からハチマーンまでの景色は、岩肌や土が目立ちゴツゴツとした感じ。草は少なく木々は深い緑色をしている。見たかんじ、針葉樹が多いみたいだね。寒さは感じるけど、まだ雪は積もってはいなかった。


…そう、のだ。


びっくりして肌を抓ってみたけれど、痛みは感じない。一応、触った触られたという事は分かるようにしてあるのだけど、これは触覚というよりマナの伝達シグナルのようなもの。本物の触覚を知っているワタシからすれば到底「触る」という感覚とは思えないのだ。


しかし、今はなぜか寒さを感じている。


「ふむ…もしかするとマナが関係しているかもしれませんね」

「…マナが?」

「私にはわかりませんが、属性の偏ったマナに触れるとそのように感じるのかもしれません。この辺りは氷のマナが強いようですし」

「なるほどねぇ…まだまだ知らない事は多いんだなぁ」

「世界の知識が集まる世界樹でさえ隅々まで知り尽くしているとは言えません。命が巡り知恵ある者が営みを続ける限り、知識というものは枝葉のように伸び育つのだと聞きました」

「そっかぁ…」


ユージュリアはとにかく本を読む子供だったし、前世持ちの精霊であるワタシはこの世界の普通より知識量はあるはず。それでも、世界樹には遠く及ばない。その事実に心を震わせたのは、きっとワタシの中に溶け込んだユージュリアだと思った。


針葉樹の森をしばらく進むと、何だか見たことのある街並みが見えてきた。平屋の木造建物に瓦屋根。整然と並ぶ家屋に、整えられた広い道の左右には湯気の立つ水路がある。碁盤の目…というのだろうか。どこかの城下町を思わせる町並みに面食らってしまった。だって、この世界で和風な建物を見ることになるなんて思わなかったんだもん!


街に入るための門は鳥居みたいな…なんだっけ。あ、関所だ!社会の教科書でみた江戸時代の関所みたいな感じになっていた。黒くて大きな門の前には和風な建物に不似合いな兵士が立ってるけど、もはや…ナントカ映画村じゃん。


手続きを無事に終えて門をくぐる。道幅は遠くから見た以上に広くて水路も大きい。この湯気はなんだろう?と思ったら、地下から高温の温泉水が湧いていて、水路で流す事で町全体を暖かく保っているんだって。どうりで、寒い季節のはずなのに町の人達は割と普通の服なはずだわ。通り沿いの軒先には七夕飾りみたいな行燈が吊るされていて、屋根の高さが同じだからか、見ていて気持ちがいい。まっすぐ進むと町の中央に大きな櫓があり、一番上には鐘が吊るされ、櫓の真ん中辺りは壁がなく柱と柵だけがあった。何かの舞台みたい。


「公衆浴場…えっ、温泉があるの?!」


何気なく見ていた町並みの中に、気になる看板を見つけてしまった。暖簾がハタハタと風に揺れ、桶を持ったヒトが時々出入りしている。温泉があるなんて…ここは是非もう一度訪れるリストへ入れておかないと!!


「…ん?」


行きたい場所リストを取り出してメモをしていると、何やら気になる人が出てきた。


金髪スタートヘアを後ろで纏め、ゆったりとした服はこの辺りの服装では無さそう。どちらかと言うとファンタジー系の物語に出てくるエルフっぽい…。


「耳は丸いけど、纏ってるマナが違うんだよなぁ」


ヒトのみならず、生きているもの全ては魔法が使えなくてもマナを纏っているというのは魔法学の一番初めに習う事。纏っているマナは個人や種族によって微妙に違っていて、精霊はその違いを察知することで善悪などを判断している。当然ながら精霊であるワタシもちゃんと判別は出来ている。ちなみに、神獣であるルノや世界樹は金色のマナを纏っていて、ワタシは虹色。マナだけ見ればゲーミングクリオネと言っても過言ではない。


神族も神の系譜なので金の混ざるマナを持っているんだけど…


「あのヒト、もしかしたら探してる人かも」


違うかもだけど、精霊としての勘がそう告げる。取り敢えず後をつけてみると、そのヒトは大通りを通り抜け、人通りの少ない町の外れに近い場所へと迷いなく進み、ちょっと…いやかなり、廃墟かと思うほどの宿屋に入っていった。


「我が君、ここは何やら隠匿されているようですね」

「そうみたい」


建物の前で少し悩んだが、ここまで来たしと思い直して少しガタつく扉を開けた。


「ようこそおいで下さいました」


後ろ手に扉を閉めると、そこには見た目と全然違う空間が広がっていた。落ち着いたブラウンの壁にワインレッドの絨毯。置いてある調度品の一つ一つがシンプルながらも高級感を出している。例えるなら、テレビで芸能人が紹介する高級旅館みたいな感じ。ホテルじゃなくて旅館と例えたのは、従業員と思わしき人達の格好が着物だったからだ。


「あ、えーと…」


声をかけられたのは予想外だったけど、ヒトを追いかけてきたと正直に言うのも躊躇われて言葉に詰まってしまう。それをどう解釈したのか、声をかけてきた人物はニッコリと微笑んで「こちらへどうぞ」と受付らしい場所へと案内する。


「ようこそ、『精霊の宿』へ。ご宿泊でよろしかったでしょうか?」

「えっと、泊まるというか…何と言うか…」

「こちらでの宿泊は無料でございます。お部屋をご用意しておりますのでごゆっくりお寛ぎ下さい」

「えっ、どういう事ですか?突然やってきたワタシ達が無料だなんて…」


そんなの詐欺とかに決まってる!!泊まるとも言ってないのに何でこのヒトは勝手に話を進めるんだろうか。


「こちらの宿は世界樹の一枝をお預かりしております。普通のヒト族ならば足を踏み入れることすら出来ないのですよ。ホホホ」

「…つまり?」

「この宿にお泊りになられる方は神獣様や神族様、またはそれに連なる御方の為にユグドラシル教会によって建てられたお宿なのです。そちらの御方は神獣様でいらっしゃいますので、お代は無料なのでございます」

「ユグドラシル教会??宗教施設なの?」

「なるほど、それではお部屋にご案内しながらご説明させていただきますね」


こうして、ワタシ達は宿屋の一室に案内されたのだった。

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