第15話 世の中そんな上手くいかないって

『それで、エリスは結局なんなの?』

『そうねぇ。今はという感じかしら?』


ヒトの魂を人形に宿らせる研究は失敗に終わり、人形が暴走してゴシュジンサマも妹も居なくなった。エリスはゴシュジンサマが魔力供給をして操作していた人形だから、当然燃料切れで動かなくなるはず…だった。


しかし、この研究所は迷宮。


エリスはいよいよ動かなくなる…というタイミングでを発見する。


『それが、『迷宮核ダンジョン・コア』よ』


迷宮には核が存在し、高濃度のマナが蓄積された精霊石とも魔石とも違うモノらしい。


これが地中深くに出現し、周囲のマナを変質させて迷宮の元になる。初期の迷宮は洞窟のような形で、そこに魔獣やヒトを誘い込んで養分にしながら成長。ある程度育つと迷宮化して魔物を生み出すようになる。迷宮内で放出されたマナは迷宮の養分となり、迷宮はどんどん大きく育っていくんだとか。


魔力切れ寸前のエリスは、ゴシュジンサマの研究を守る為に迷宮核を魔核の中に取り込んで魔力供給不足を補おうとした。その結果、エリス自身が迷宮核となってしまった…というのが今の状態。


「にわかには信じられません…迷宮が意思を持つなど…」


神獣であるルノも驚きを隠せていない。


『やっぱ珍しい事なんだ?』

「珍しいどころではないです。迷宮に核が存在し、それを取り込んだ存在など聞いたこともありませんよ」

『んー、迷宮核の事なら何となくわかるかも』

『そうなの?』

『私が取り込んだ核はまだ若い核だったしご主人様の手が入っていたから純粋な核のままだったけど、成長した迷宮核は意志を持っているはずよ』

『え、そうなん?』

『その為に迷宮を成長させていると言っても過言ではないわね』

『へぇ〜』


何だか世界の謎に触れまくってる気がするな。


『あ、そんな事より』


忘れちゃいけない事があるよね!


『ワタシ、味覚や嗅覚のある身体欲しいんだけどどうしたら良いと思う?』


せっかく、人形のプロがいるんだから聞かないとだよね!世界の謎より目の前のご飯!


『人形だけならすぐにでも用意できるけど…』


エリスが言うには、人形は魔核を嵌め込んだボーンと呼ばれる芯材にマナが通る糸を張り巡らせていて、その外側に外装を装着する造りになっているから飲食出来る構造になっていないんだとか。つまり、人形に宿ってもヒトらしく振る舞う事しか出来ないんだって。


『だめじゃん!!!!』


しかも、噂の自動人形とはエリスの事。つまり求めていた人形ではなかったという事で…


『うっ…うっ…ワタシの味覚がぁ…』


思わず床に突っ伏して泣いたよね。希望を持って来てみればコレだもの。


『…精霊って食事してなかったかしら?』

『あれは食事に含まれるマナを食べてるだけだから違うんだよぉ…』


高位精霊は食事をとれる。けど、ちゃんと食べてるかと言えば微妙なんだよね。ワタシがしたいのはヒトらしい食事なんだよ!!


『そうねぇ…あ、そういえば』


エリスはそう言うと、積まれた書類やら本やらをガサゴソと漁りだした。この部屋、研究所だったからか本やら書類やらがドッサリと散らばってるんだよね。


『あ、あったわ。これならどうかしら?』


エリスが手にしたのはくたびれた革の手帖。


『ご主人様の研究の中に、ヒトの身体を造るものがあったのよ』

『…マジで?』

『マジ?はよくわからないけど、確か地下に設備も残してあったはず』

『その話、詳しく!!!』


なんと、エリスのゴシュジンサマは人造人間を造る研究もしていたらしい。実際に肉体の培養にも成功。ただ、それに見合う魔核が手に入らずに計画は頓挫。結果として人形ゴーレム化計画が進められたようだ。


『ご主人様が亡くなるまで、素体はしっかり保管してあったの。妹さんに必要になるかもしれないって』


人形化計画が失敗したら、人造人間の身体を少しずつ移植するという構想もあったらしい。もうそれ、マッドサイエンティスト的なやつじゃん。怖っ。


2人が亡くなってからはエリスもその存在を忘れていて、今どうなっているかは不明。もしかしたら迷宮の影響を受けて魔物化しているかも?との事だった。


施設はココの地下にあるので、ルノを先頭にして階段を降りる。一応、迷宮の主としてこの辺の魔物の制御は出来るけど、忘れてた場所だからよく分からないんだって。この、忘れん坊さんめ!


『迷宮核と融合したからか、迷宮を育てる方に意識が向いちゃってて…』


と、てへペロ☆みたいな感じで言ってた。


階段を降りて狭い通路を歩くと、古びた鉄の扉があった。この先が人造人間の研究をしていた場所なんだって。


ガチャン ギギギギギィィ…


重い音を出しながら、扉が開かれる。部屋の中は薄暗くここからだと様子はわからなかった。


『明かりをつけるわね』


エリスがそう言うと、部屋の中が一気に明るくなった。こういった事は、迷宮核の意思一つで出来るんだってさ、すごいねぇ。


『うぉぉ…スペースファンタジー…』


中は少しの埃っぽさもなく、ついさっきまでヒトが作業していたかのようだった。魔物の気配は無さそうなので、エリスの案内で奥まで進むと…


『うわ…ほんとに女の子が寝てる…』


部屋の一番奥には大きな円柱型の水槽があり、その中には管に繋がれた小さな女の子が。まさにSFって感じで、ちょっとコーフンする。


『この子が人造人間?』

『そう、素体No.2038。ご主人様の妹『エリナ』の身体から採取された肉片を元にして作られたものよ』

『めっちゃSFやん…培養してるやん…』


とりあえず水槽の中を観察してみる。見た目は本当に普通の女の子がプカプカと浮かんでいて、ウデや首元に点滴の管のようなものが何本も刺さっている。管の先は水槽の上部に繋がっていて、そこから栄養が供給されているらしい。


『特に大きな変質は見られないから、使えるかも』

『使えるって言っても…具体的にどうするの??』


水槽横にあるモニターを観ながらエリスがつぶやく。ワタシとルノもモニターを覗くけど、何が書いてあるやらサッパリわかんない。


『えーと、ここに核となる精霊石を入れると、頭部への埋め込みをして起動テスト…各部位の接続テストが行われた後に本起動となる…だって』

『失敗したらどうなるの?精霊石砕けたり消滅したりしない??』

『んー、壊れることはない筈よ。というか、中に貴女がいるんだし魔法でどうにかしたらいいわ』

『どうにかって何!!!』


そんな適当な…


『私が人形なの忘れてない?自分の身体の装換は自分でしてるし、素体が違うだけで手順は変わらないわよ』

『うっ…それもそう…なのかな?』


エリスは自分で古くなったパーツを交換してるらしい。とりあえず失敗してもワタシが消えるとかじゃないならオッケーかな!ルノは渋い顔をしてるけど『そもそも、宿ってるだけの存在なんだから失敗したところで死なないわよ』というエリスの言葉に渋々頷いていた。


『それじゃ、ここに精霊石を入れてくれる?』


エリスの指示で、ルノが精霊石を外して投入口に入れた。ワタシ?ワタシは意識だけ外側にいるよ!


カポンという音と共に、精霊石が水槽内へ。マジックハンドみたいなのに掴まれて女の子の頭部に近付けると、別の手が伸びてきて女の子の額を左右に開いた!血は出てないけどちょっとグロい。


そこに精霊石をグイッとはめ込むと、精霊石からマナが吸われてるのを感じた。完全に吸われているというよりは、全身に巡っているって感じ。


『接続準備完了。仮起動します………起動成功。魔髄液注入…魔輸液の循環を確認…魔神経の接続を確認…動作確認…完了…信号確認…両手足の信号確認…内部機関…正常に稼働中…』


機械音声みたいなものが聞こえてくる。


『そろそろ精霊石に戻っておいて。合図を出したらゆっくりとマナを身体に行き渡らせてね』

『はいはーい』


精霊石に戻ると、なにやら不思議な感覚がした。柚子だった頃の身体の感覚がしていて、感動する。


『ユージュ!聴こえるかしら?マナを巡らせてみて、そろそろ身体が動くはずよ!』


ゆっくりとマナを浸透させていく。血液のように巡っているマナとは別に、これは自分の身体だと認識するためだ。そして、ワタシは目を開いた…


『本起動確認、肉体の覚醒成功』


ゆっくりと手を動かす。うす黄色い液体の向こうで、ルノとエリスが手を振っていた。


『うん、手足もちゃんと動かせてるわね。それじゃ、培養液を排出するわよ』


エリスがパネルを操作すると、周りの液体が徐々に減って、身体が空気にさらされた。


『あっ』


液体が排出され、水槽の底にペタリと座り込んでしまった。が、コレは想定内。最後に水槽がパカリと開いて―


『あっ…だめっ…!!』


指先から、足先から、肉体は崩壊していったのだった。

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