第10話 楽しい街歩きは危険の香り

「いらっしゃい!新鮮なアボ焼きだよ!」

「美味しいスープはいかが?温まるよ〜」

「魚の干物はいらんかぇ〜」


この街…アトネートの街は大陸間貿易の主要港と、豊かな漁場を持つ漁港という2つの顔を持っている。


貿易港には貿易商の建物がズラリと建ち並び、大きな木箱がいくつも積まれている場所。人々の往来も多くて、モヒーンを連れた荷運び人がアチラコチラで作業をしている。賑やかだけど、仕事中の賑やかさって感じかな?


対して漁港の方は、漁を終えた船が沢山接岸していて、新鮮な魚介類の水揚げを行っているのが見える。こちらも漁師さんの大声が賑やかだ。


そんな貿易港と漁港の間には大きなマーケットがあり、新鮮な魚介を使った料理を中心に、様々な飲食物が売られている。ワタシ達もこのマーケットをブラブラと見て回っているというワケ。


威勢のいい呼び込みがあちこちから聞こえる。


『美味しそうなものが沢山あるんだねぇ』

「貿易港だからか、異国の料理も並んでいるようですね。…あちらの香辛料は西の大陸のもののようです」


ルノの目線の先には鮮やかな布で飾られた屋台があり、店主の後ろには様々なスパイスが入っているらしい袋が積まれていた。客の好みによってスパイスを調合するらしく、慣れた手つきで銀の盆にスパイスを入れていき混ぜてから袋に詰めてお客に手渡していた。小さい頃に連れてってもらった観光地にもあんな感じのお店あった気がする。あれは七味唐辛子の屋台だったかな?


ジュワ〜〜〜ッッといい音が聞こえたと思ったら、屋台のオジサンが大きな鉄板に生地を落としている所だった。お好み焼きのようなホットケーキのような…良く分からないけど、焼き上がったら焼き魚やお野菜を上に乗せ、ソースをかけてからクレープのようにクルンと巻き、紙で包んで店頭に並べていた。


アチコチ歩いてもらった感じだとパンのようなものに挟んだり巻いたりする料理が多いみたい。料理だけ見てると異世界というよりも海外に来てる感じの方が強いかな?ただ、ヒトを見ると異世界感が強くなる。


そもそも、肌の色が赤かったり青かったりするんだもん!もうね、塗ってるの?って聞きたくなるレベルで、肌の色が鮮やか。それと、もっと驚くのが彼等の会話。


「いよっ!そこのお兄さん、お兄さんの肌みたいに真っ赤なトメト扱ってるぜ?」

「おっ、そりゃイイな。一つくれ!」

「そこの青肌のにぃさん!みておくれ、この魚。お兄さんと同じで綺麗だろ?」

「へぇ、新鮮そうだ。いくらだい?」


弄る方も弄られる方も、何も気にしてないの!


「そりゃ、赤いのも青いのも見たままその通りだからじゃないですか?」


とは、ルノの言葉。もう、肌の色の違いなんて大したことじゃ無いんだってさ。身体の特徴を言われても殆どの人は気にしないし手足が欠けてても「そうなんだよね」で済んでしまうらしい。


「まぁ、これは庶民の間での話でして…」


なるほど、貴族のほうが面倒なんだね。


そんな話をしつつ、一通り屋台を見て回ったワタシ達。一応気になった料理も買ってみたんだけど、ワタシには無味無臭だしマナも少ないしで、これなら魔獣の方が良かったな…って。旅の楽しみと言えばグルメだけど、それが楽しめないのはちょっと凹むよ。


「なら、魔石を取り扱う店に行ってみますか?」

『そんなのあるの?』

「ヒトが使う魔導器は魔石の力で動くのですよ。なので、街には魔石を取り扱う店というのがあるそうです」

『あ、あぁ〜!そういえばそうだね。年料が調達できないと困るもんねぇ』


魔導器というのは、マナの力で動く道具類の事。観光案内所…じゃなくて冒険者ギルドにあった受付用の魔導機も同じく魔石を燃料にしてマナの力で動いているもの。機と器の違いは、業務用と家庭用。


主な魔導器は、魔導ライトや魔導かまど。それから井戸にある水の濾過浄化装置とかかな?あとは、おトイレ。出たものを分解して処理する魔導器が組み込まれてるんだってさ。スライムじゃないんだねぇ。


「農村などでは使われているそうですよ」


いるんだ、スライム。


まぁそんな感じで、各ご家庭で使われている魔導器の燃料として魔石は無くてはならないもの。生活必需品なので、販売店だって当然存在しているのだ。


「…いらっしゃい」


ブラブラしながら見つけたお店は、少しくたびれた感じの古さを感じるお店だった。店内には大小さまざまな魔石が展示されていて、目的の大きさを伝えると奥から品物を出してもらえるシステムらしい。


「どうやら、ウルフがこの中で一番大きな魔石になるようですね」

『うーん、実物を見ないと何ともだけど…これなら外で狩った方がいいね』


そんな風にルノと話していると、いつの間にか店主が真後ろに来ていた。


「『精霊憑き』とは珍しいの」


ルノと、隣に浮かぶワタシをチラリと見つめてボソリと呟く。…あれ、精霊ってヒトの目に視えるんだっけ?


「なるほど、『魔眼』持ちですか」

「こうした力ある石の近くじゃないとわからない程度のモンさ」


店主が棚にある魔石をチラリとみる。


「…それで、わざわざ声をかけたのは何故ですか?」

「そう警戒しなさんな。ワシはこう見えて真っ当な仕事をしとるんでね、お前さんに忠告だ」

「忠告?」

「数日前から精霊石を狙う者達がこの街を彷徨いてる。ウチにはまだ来ていないが、他の店と冒険者がやられている。お前さんも気を付けることだ」

「ふむ…向かってきた者は叩きのめしても?」

「…半殺し程度にしておけ。ギルドに突き出さにゃならんからな」

「なるほど。ご忠告、感謝する」

「感謝するより商品を買ってくれたほうが有り難いんだがね?」

『…ふふっ』


コチラの声は聞こえていない筈だけど、店主の商魂たくましい言葉に思わず笑ってしまうと、店主はそれに気付いたのかワタシの方に目線を動かすと口の端を少し持ち上げていた。もしかして、じゃなくてだったのかもね。


『そういえば、意外と素直に話を聴いていたね?』


結局、魔石は買わなかったが、代わりにワタシのオヤツ用にと鞄に放り込んでいた魔石をいくつか譲っておいた。店主は「おいおい、内容と釣り合ってないぞ…」と困惑顔だったけど、ワタシが『オヤツのクッキーを数枚分けるだけだよ』と言えば「…まぁ、困った事があったら『クロヴァル商会』を頼るといい」と、商会の紋章が入ったカードを手渡してくれた。


「あの者からは悪意を感じませんでしたからね」

『悪意とかわかるの?』

「…一応、神獣ですので」

『へぇ〜』

「我が君も分かると思いますよ?」

『そうかなぁ??』


なんて話をしながら人気のない路地に差し掛かった時だった。



ゾワリ



悪寒のようなものが全身を駆け巡った。そして、凄く不愉快な気分になる。もしかして…


「ふふ、感じましたか?」

『…そうみたい』


そんな会話をしているうちに、悪意が周囲を取り囲っているのがわかった。まだ様子見といった感じだけど、その距離は徐々に近くなっている。上に逃げれば良さそうだなーって思っていると


「こういった場合、上空に逃れた瞬間に魔法で拘束されます。用意周到な相手の場合は…ですが」


ルノは気付かない振りをしつつ、人気のない場所へと歩みを進める。単に上に逃げれば安心というワケでもないんだね。危ないあぶない。


『それじゃ、どうするの?』

「答えは簡単です。相手のマナを吸ってしまえば彼等は動けなくなりますよ」

『えっ、そんなんでいいの?簡単すぎるし逆に吸われない?』

意図してマナを吸えるのは我が君くらいですよ」

『えっ、そうなんだ』


えぇー、精霊ってマナ吸って生きてるようなモノだから普通にできる事だと思ってた…。ほら、精霊が魔法を使う者の近くにいると危険って言うし。


「あれは仕組みが違うのです。…と、その前にこの邪魔な虫を退治してしまいましょうか」

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