第5話 愛のあとさき
私は『愛』という無防備な言葉を信用できないまま生きてた。たとえ理不尽な理由であれ、私はたまたま殺されなかっただけで、たまたま、私を傷つけた人を殺めなかっただけのことでしかない。そんな経験が有ると無いとでは、人生の
最初から気がついてはいたんだ。あなたと私は違い過ぎていた。生まれおちた環境も注がれてきた愛情も歩んで来た道もどれをとっても私には眩しく見えた。あなたはそれをひけらかすこともなく、逆に重く感じて抗ってもいたから、私も見ないふりができた。私は…誕生日に歳の数のロウソクの火を吹き消したり、小さなクリスマスツリーを飾りつけたり、大きな背に背おわれて公園を散歩したり、優しいぬくもりの中で泣き止むようになだめられたり…そんな、暖かい温度が伝わるような回想ができずにいる。暗い部屋でひとりで布団にもぐりこんでいた。冷たくなった食事を箸でつついていた。熱をだして学校を休んだ日もひとりで、昼に近くの店から店屋物が届いた。そんな思い出ならいくつも挙げることができた。だから、誰かを想うことができても「どうせ私なんか…」と思っていたし、付き合っても本音や本心を隠して冷めたふりをしていた。ただ素でいることが怖くて出せないだけだったんだ。
あなたとの時間のなかの何気ない言葉やぬくもりは私をあたため、安心させた。今日は大丈夫、明日もきっと大丈夫と毎日を紡いでいた。一緒に笑ったり、たまにケンカをして、仲直りして、散歩をしたりご飯を作ったり…そんなありふれた日々が続くだけで良かった。いびつなピースはピタッと合わなくても隣に居るだけで良かった。だけど…あなたのバックグラウンドは『今までの私』を許そうとはしなかった。黙過することもできないらしい。ふたりでいる風景はあまりにも稚拙で不安しか見えないらしい。『今までの私』を今の私にはどうすることもできない。『またか…仕方ないか…』と言いながらも、一度は感謝した神様を恨んだ。
ただ、一緒に居ることすら許されない私が
信じていなかったけど、ずっと欲しかったのは『無防備な愛』だったのかもしれない。人を想い、一緒に歩いて行くのにも、誰かのジャッジを必要とするのなら…そのジャッジを受け止めなくてはいけないのなら…答えなんて知りたくもない。無防備な、無条件な、無償の愛なんてはじめからなかったと思っていた方がよかったのかもしれない。
こんなことを考える夜は大抵静かに雨が降っている。哀しみを抱えた人々に寄り添い一緒に泣いてくれているかのようだ。
そんな夜をあなたは知っている?
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