第8話届かない言葉

 言い訳にしかならないけど、酔っていたんだ。だから、何が正解なのか考える余裕もなかった。


 久しぶりに気を許せる人たちとの呑み会だった。それぞれのパートナーもいたし、友人の友人みたいなのもいた。僕も君を誘ったけど「久しぶりなんだから、楽しんできて」と君は気づかってくれたんだよね。

 宴もおひらきの時間になり、それぞれが帰路につこうとしていた。僕は君の声を聞きたくなりスマホを取り出した。その時「送ってくれませんか?」と声をかけられた。何度か呑み会に来ていたから知った顔ではあったけど、そんなに話をしたおぼえがなかったから正直戸惑ったけど、駅から少し離れた店だったこともあり「あっ…駅までだったら、この時間ならタクシーもいるし」と言った。

 いつもなら、馴染みの店で呑んだ帰り道は、ひとりだったり、横に君がいたり、友人たちと騒ぎながら歩いていた。いつもの風景、酔ってふわふわとした高揚感で風も気持ちよく感じたりもしたが、今夜は違う。横を歩く人の違和感で緊張している。それに、やたらと話しかけてきて、しんどくなっていた。

 コンビニの灯りが見えたから水を買おうと思い、コンビニの駐車スペースに一歩踏み入って一瞬で視界がフリーズした。君がいる。君は声をかけてこない。僕も声をかけない。

 なぜ名前を呼んでくれない?

 なぜ「誰?」とたずねてくれない?

 なぜ僕に歩みよろうとした友人をとめた?


 なぜ僕は君の名前を呼ばないんだ―。

 ほんの数秒の間にいろんなものが錯綜する。

 そして君は小さく笑った。どんな意味がこめられている?

 まるで君を試すように、声をかけないまま店に入った。雑誌コーナーの大きな窓越しに君の背中が小さくなる。その背中から視線をはずせずにいる。怒涛のように哀しみのような、後悔のような、よくわからないものたちが押し寄せてきた。どんな言葉も届くはずもないのに「ごめん」と言わずにはいられなかった。


「ごめん」


女性を駅まで送り、別れ際「私は時間全然平気ですよ」「前からあなたが気になっていたから、思いきって声をかけたんです」と言われたけど…その誘いに乗ることができる位泥酔してたらもっと楽にダメな奴になれていたんだろう。ひとりで歩くいつもの道が、君がいないだけでこんなにも普通の舗装道路になってしまうのかなんて思ったりして夜空を見上げた。月も星もいつも通りだったけど、君がいたら「きれいだね」なんて言っていただろうと想像したら、無性に泣きたくなった。だから、ちゃんと昨夜の僕の心境を話さなくちゃと思って、何から話そうかと迷っていたけど、君の「もしもし」と言う声を聴いたとたん、頭の中をぐるぐる巡ってた言葉たちが飛んで消えて行った。会わなきゃと思ったけど、すぐに会える程冷静でもなかったから「明日会おう」と逃げてしまったんだ。


 あの夜、僕は君の名前を呼ぶべきだったんだ。

 僕は…僕だけが君の心にある深い傷を、孤独を知っていたんだから。君の名前を呼べていたら、何か変わっていたのかなとも思う…ごめんな。

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