第7話 兆し

 あなたは久しぶりの呑み会に「知ってるやつばかりだし…」と私を誘ってくれた。

 私は、あなたが気を遣うことなく楽しんで欲しかったから誘いにはのらず、友人と週末の夜を過ごすことにした。友人と一緒に料理を作ったり、懐かしいラブストーリーを観たり、楽しく時を過ごした。夜も更けてきたが、散歩がてらコンビニに行くことになった。

 コンビニで買い物をして店をでて駐車スペースを横切る時、おもわず「えっ」と声が出た。「どうした?」と友人が私の視線を追う。あなたが綺麗な女性ひとと歩いている。私も友人も足をとめる。

 私は…あなたの名前を声にできない。あなたも私に気がつき視線が合った。だけど…私の名前を呼んでくれない。あなたの横を歩く女性ひとはあなたの顔を見上げて、華やかな笑顔で何か話しかけている。私は、あなたに歩みよろうとした友人を制して…なぜか少し笑った。そんな私を目の当たりにしても、あなたは何の反応も見せることなく店内に入っていた。

 夜も更けた呑み会の帰り道、綺麗な女性ひととふたりきりで歩いていることに重きはおいてはいない。友人かもしれない、帰り道が同じだけかもしれない。ただ…あなたも私もお互いの名前を声にしないでやり過ごそうとしている…。その事に私は諦観せざるを得なかった。

 友人が「お酒入ってるしね、朝イチ焦って電話してくるでしょ」と言ったから、私は「そうだね」としか言えなかった。


 朝になっても、昼になってもスマホは鳴らない。いつもならふたりでランチをしているのに…。鳴らないスマホを気にしながら、あなたの横を歩いていた女性ひとを思い出していた。あの華やかな笑顔はわたしを。下品な言葉を使えばにも見えた。きっと、私が持ち合わせていない物をたくさん持っていて、愛されるのが当たり前で…。名前も知らない人に対してこんな想像をしてしまう自分が嫌いだ。「私もあんな風に笑えたら…笑ってみたい」と涙が流れた。


 陽を浴びて咲くヒマワリと夕暮れに咲く月見草。どちらが正解、間違えとかではなく、ただ、それだけのこと。同じ花びんには飾られない花だから、どちらの花が好きなのか、それだけのこと。

 夕方、テーブルの上でスマホが震えた。

「二日酔いだよ…明日、会おうよ」と、あなたが言った。私は「うん」とだけ答えた。

ふたりとも言葉にしなくてはいけないことをむねにねじこんでしまった。「あの女性ひとは知り合い?」でもいいし、「駅まで送っただけだよ」でもいい。真実ほんとうの言葉でも、嘘の言葉でも強がりでも言い訳にしかならなくても伝えなきゃいけなかったんだ。みっともなくてもよかったんだ。情けなくてもよかったんだ。そんな姿を、本音を伝えようとすることが大切だったんだ。だって…言葉にしなくても解ってしまうことがあることにあなたは気づいていないから。私は何度も見て来たから知っている。優しさと弱さは紙一重で、真実と嘘は表裏一体。迷っているふりをして傷つけていると。


 あの夜、私は何を守ろうとして、何を諦めたんだろう。そんな事すらわからないまま時をやり過ごしてしまっている。



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