第3話思い出の始まり

 初めて手をつないだ日をおぼえている?初めてふたりだけで小さなシアターで映画を観て、初めてふたりだけで食事をしたりしたよね。いつもは、言葉少なくぶっきらぼうなあなたが、帰り道で不意に私の掌を包んだ。私はびっくりして、背の高いあなたの顔を見上げたら「酔った勢い…」とボソっと言って笑ったから、「そっか…」と言って私も笑ったけど、大きな掌から伝わる、あたたかい優しさに泣きそうになった。

 おどけたように両腕を広げてくれた夜。私が子どものように飛びこむと、ギュッと抱きしめてくれたよね。

 私は生まれてきたことを、あなたに逢えたことを、初めて神様に感謝した。だけど、胸の奥にある『長くは続かない』と言う予感は、ずっと消せずにいた。あなたと過ごす時間は長くは続かないとをしておけば、たとえ予感通りに終わっても、期待して終わったより泣く時間は短くてすむし、最初からなかったことにしておけば、あなたを恨むこともなく「やっぱりね」と吐き捨てれば済むと思っていた。


 こんな哀しい癖がついたのはいつの頃からか…もう、思い出すこともできずにいた。そんな思いをいだいた私を、あなたはとがめることもなく、穏やかな空気で包んでくれたから、私はあなたの真意を詮索することも、疑うこともなく、安心して笑ったり泣いたりしていた。


 振り返ってみて、あの頃の私はとても幸せだったんだ。初めて、私が私でいられたのかもしれない。

 だけど、どんなに幸せな思い出でも思い出し笑いもできずにいる現在いまの私は傷はいつしか癒えるかもしれないけど、諦めたモノは二度とは戻らないことを、あの頃の私に教えてあげたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る