第2話僕のプロローグ

 木枯らし1号が吹いて数日が経った。少し先のイベントを前にして、浮かれ始めている街の雑踏の中で名前を呼ばれて振り向いた。振り向いてはみたが、行き交う人々の中に知った顔はない。確かに…呼ばれたんだ、懐かしい声で。確かめたくて、あちらこちらに視線を泳がせてみたが、知った顔も懐かしい声も見つけられない。『気のせいか』と歩を進めると、冬の冷たい風が通りすぎて「まぁだだよ」と聞こえた。―君なのか?―風の行方を追うと君に再会あってしまう気がして…足がすくんでしまったんだ。

 いくつかの経験で現在いまの僕は優しい言葉や嘘をおぼえてしまったから、あの頃のように黙って小さくなる背中を見送るほど子どもじゃないから、君と再会あってしまうのが怖いんだ。


 あの頃の自分の情けなさを悔やむ気持ちが暴走してしまったら…じょうとか思い出とかと対極にあるもっと生々しく身勝手なが、今まで取れていたバランスを崩し、色々なものを傷つけ、壊してしまうかもしれない。だから…忘れたふりをしていたんだ。忘れたものには心配をする必要もないし、幸せを祈ることもない。喉に引っ掛かった小骨のように常に『在る』と突きつけられることもないから、自身のことに気持ちを寄せることができた。

 何度か古い友人から伝言ゲームのような君の噂が届いたけど、僕は曖昧な返事しかできなかった。君がこうであっても不幸であっても心はざわつく。僕と居ないことで君がこうなのか不幸なのか知りたくなかったし、君が居ないことで僕がこうなのか不幸なのか知ってほしくなかった。


 古傷は、忘れた頃にチクチクと痛む。


 君なのか?僕の名前を呼んだのは。

 君なのか?「まぁだだよ」と追いこして行ったのは。

 教えてくれ。

 僕は何を探して、何を見つけたらいいんだい?

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