ゾンビとバンビ:分断された世界の寓話
プロローグ:新たな人類の誕生
かつて一つだった人類は、今や『ゾンビ』と『バンビ』に二分されていた。この区分は単なる生物学的な違いではなく、社会の根幹を揺るがす深い亀裂となっていた。
ゾンビは、一般的なフィクションで描かれるような知性を失った歩く屍ではない。彼らは依然として人間であり、感情や思考力を持ち合わせていた。しかし、その本質は確かに変容していた。動きは鈍く、痛覚は鈍麻し、本能(特に食欲と性欲)に従順になった。そして何より特徴的なのは、人肉への渇望だった。
第一章:感染の始まり
風の噂によれば、最初のゾンビは一人の人間から始まったという。その発生原因は今も不明だが、ゾンビから人間への感染経路は明らかだった。それは血液感染、特に性行為による感染が主だった。
ゾンビウイルスに感染した人間は、徐々に変化していった。理性の制御が弱まり、粗野な性格へと変貌し、性欲が異常に亢進した。多くのゾンビは性行為への執着を示し、感染は主に社会の周縁、いわゆる浮浪者や放蕩者から広まっていった。
初期のゾンビは、外見上はただの不潔な人間にしか見えなかった。そのため、誰も彼らがゾンビだと気づかなかった。しかし感染が広がるにつれ、人々は彼らを「ゴミ」「馬鹿」「豚」などと蔑み、差別し始めた。この時点では、まだ「バンビ」という言葉は存在しなかった。
第二章:人肉産業の台頭
数年が経ち、ゾンビの人口は着実に増加していった。それに伴い、新たな産業が勃興した。それが人肉産業である。
生きている人間の肉を食べることは依然として重罪だったため、人肉工場では死者の肉のみを加工していた。しかし、ゾンビたちは生きた人間の肉により強い欲望を示した。そのため、性行為中にゾンビに噛みつかれるという事件が頻発するようになった。
ある議員が「ゾンビ同士で食べ合えばよいのではないか?」と提案したことがあった。これに対し、ある識者のゾンビは興味深い回答をした。「ゾンビになった瞬間に肉質が変わり、その肉はゾンビにとって不味くなるのです」と。この生物学的な変化が、ゾンビと非ゾンビの間の溝をさらに深めることとなった。
第三章:バンビの誕生
時が流れ、ゾンビの人口は非感染者を上回るようになった。そしていつしか、ゾンビ以外の人々は『バンビ』と呼ばれるようになった。これは当初、ゾンビたちによる蔑称だった。「バンビのように足が速く、いつまでも臆病に逃げ回っている、ゾンビの快楽を知らない哀れな存在」という意味が込められていた。
しかし、この呼称は次第に非感染者たちのアイデンティティとなっていった。彼らは自らを「純粋」で「無垢」なものとして、誇りを持ってバンビを名乗るようになった。
第四章:社会の崩壊
ゾンビの爆発的な人口増加は、深刻な問題を引き起こした。人肉の需要が供給を大きく上回るようになったのだ。ゾンビたちは通常の食事で命をつなぐことはできたが、人肉への渇望は決して消えることはなかった。
人肉不足に苦しむ一部のゾンビたちは、ついにバンビを直接襲撃し始めた。これは明らかな犯罪行為だったが、警察の大半もゾンビ化していたため、取り締まりは形骸化していた。
ゾンビたちは知恵を絞り、集団でバンビを狩るようになった。メディアに登場するゾンビたちは「ゾンビになることで解放される」と主張し、その考えが主流となっていった。
第五章:反乱と崩壊
数年後、社会の秩序は完全に崩壊した。ゾンビたちはバンビを襲うことに何の躊躇もなくなり、政府や法執行機関もほぼ完全にゾンビ化していた。
しかし、そんな理不尽な状況に耐えかねた一部のバンビたちが立ち上がった。彼らは「ゾンビ狩り」を開始した。これは平和を望むゾンビたちにとって最大の恐怖となった。
メディアがゾンビ狩りを大々的に報道すると、ゾンビたちは一致団結し、「バンビは危険だ!撲滅しよう!」と声を上げた。社会は完全な無法状態となり、ゾンビたちはバンビの住居にも積極的に侵入するようになった。
最終章:滅びゆく世界
それから数十年後、皮肉にもゾンビたちの大半は飢餓により死滅した。彼らの貪欲さが、結果的に自らの破滅を招いたのだった。
残されたバンビたちは、荒廃した世界で新たな社会を築こうとしていた。彼らは過去の教訓を胸に刻み、より思慮深く、共感的な文明の創造を目指していた。
しかし、人類の歴史が示すように、新たな分断の種は常に存在する。バンビたちの未来が、かつてのゾンビとバンビの対立を繰り返さないという保証はどこにもなかった。
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