第45話 今日で最後

 急に身を乗り出す僕に何故かラフィネさんが動揺する。



「そうだが…スヴニールは騎士に興味があるのか?」



どんなに貧しい町で生まれ育った子どもであっても、一度は騎士団長になることを夢見る。絵本を読んだり大人たちの話を聞いたりして、その栄誉と勇気ある人々のことを知るのだ。おもちゃ屋で働いていた頃、木の枝とまな板を剣と盾に見立てて騎士のごっこ遊びをする子どもたちを見かけたこともあるくらいだ。



「僕だけじゃない。誰だってみんな騎士様本人のお話を聞きたいと願っています」


「嬉しい話だな。可愛い弟子に免じてき…」


「協力しませんよ」


「オーララ」



大げさに嘆いて、肩を竦めるオレリアンさん。

 それでも彼は折れることなく問い続けた。これはラフィネさんの嫌いなタイプだろう。土足で何度も何度も踏み込まれるのは僕も好きじゃない。



「半魔法使いは一つの魔法に特化している、または一つの魔法しか使えないと言われているが…どちらが正しいんだ?」



何か答えないと彼が引かないと諦めたのか、つれない表情のままぼそぼそとしゃべり出した。



「…後者です」



半魔法使いは一つの魔法しか使いない?、そんなわけない。

 ラフィネさんは大抵のことを魔法でこなしている。作品作りと料理、花いじりとピアノの演奏以外は全て魔法で行っていると言ってもいいくらいだ。

 でもそれを話さないということは、彼にとって都合の悪いことなのかもしれない。それならここは黙っておこう。



「用件は済みましたか。なら早く出て行」


「いやいや、本題はここからだ。ラフィネ、お前に依頼をしたい」



 一転、オレリアンさんは一層真剣な面持ちになる。店内の空気も一瞬にして張りつめて背筋が伸びる。



「これは我が騎士団の中で最も階級が上の騎士千二百名が著名した契約書だ」



筒状の紙を広げると、沢山の名前が書き連ねられていて、その全てに拇印が押されている。



「これは?」



少し眉を下げて微苦笑するオレリアンさん。



「実はお前に会えるのも恐らく今日で最後になる」



 わけを聞けば、国王の命令で近々氷山の向こうへオレリアンさんたち上級騎士が出陣することになったという。魔法使い相手では勝機などないに等しく、騎士の間ではBataille pour mourir――死ぬための戦いと呼ばれているらしい。

 これまでの戦いでは若い騎士がまるで捨て駒のように駆り出されていたが、なかなか勝利をあげられないことにしびれを切らした国王がついに団長級の上級騎士たちに命令を下したという。

 残される下級騎士たちが不安を抱えているのを見て、オレリアンさんたちは何か勇気つけることが出来るような品を継承したいと考えたらしい。

 自分たちの家族や友人よりも近く、面倒をみてきた後輩たちのために。



「それでラフィネが思い浮かんでな」



早速契約書にじっくりと目を通しているラフィネさんは放っておいて、ずっと疑問に思っていたことを口にする。



「オレリアンさんたち騎士様は魔法使いとの戦いに命をかけていらっしゃるのに、なぜ騎士ではない上流階級の貴族たちは戦争のさなかでも尚この町に別荘を建てるのでしょう」



国とパトリシアさんのような人たちの間にある温度差は前々から気がかりだと思っていた。国王陛下は彼の話だと打倒魔法使いという揺るがぬ考え方をお持ちでいらっしゃる。それに対して、パトリシアさんは魔法使いに敵意どころか、殺されるという危機感すら覚えていないようだった。

 珈琲の入ったカップを揺らしながら聞いていたオレリアンさんは、悲しげに微笑んだ。



「魔法使いを敵視しない動きが出てきているんだよ。実は俺もそのうちの一人だ」


「オレリアンさんも?」


「ああ」



それは城から遠いほど顕著だ。城から近い町は緊迫した空気や憎悪で〝魔法使い〟なんて迂闊に口に出せないほどだそう。子どもたちも大人たちのそれを肌で感じていて萎縮していると言う。



「ラフィネと仲良くしていることだって極秘事項だ。ばれたら打ち首だろうな」


「仲良くしてません」

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