Demande 依頼
第44話 騎士団長様
花たちに元気がないと突然言い出した先生に言われるまま、今日は朝から庭の手入れをしている。
葉や花弁に触れ、時々「綺麗ですよ」と花へ声をかけながら庭の花畑中を歩き回るラフィネさんはどこか浮世離れしていて、御伽噺の一ページのようにも思えた。
「作品にもよく花を彫るのですが、花は口にすることが出来ない、言葉にできない思いを伝える手段とも言えます」
摘みたての薔薇を鼻に近づけながらうっとりするラフィネさんを見上げる。
「そういうところ結構ロマンチストですよね、先生は」
「ロマンチスト、ナルシスト、エゴイスト…全ては私のためにあるような言葉ですね」
「そこまで言ってないですよ」
慌ててそう否定すると、さぞ不思議そうに「全て誉め言葉でしょう?」と返された。
やけに機嫌のいい彼を不気味に思いながら黙々と雑草を抜く。小さな花を咲かせた雑草であれば、可哀想なので花畑から離れた場所に植え直した。
「オーララ、顔に土がついていますよスヴニール君」
頬に触れようと伸ばされた手に土をのせる。
「先生がやらないからでしょう」
「おい、ラフィネ」
声のした方を向くと、立派な甲冑を身に着けた恰幅のいい男が門を開けてこちらへ向かって来ていた。
「百も二百も年取ると耳が遠くなるのか?、可哀想に」
花の合間をぬって男のところへ歩み寄ったラフィネさんは、手に持っていた土を男の甲冑になすりつけて満面の笑みを見せる。
「ボンジュール、シュバリエ・オレリアン。まだ死んでなかったんですね」
一体この人たちどういう関係なんだ。
二人が何やらもめているうちに顔を洗って戻ると、ラフィネさんは意外にも彼を店の中へと招き入れていた。
「珈琲でいいぞ」
「誰があなたに淹れるんでしょう」
呆れながらキッチンへ向かう。
「先生は紅茶ですか」
「ウィ」
代わりに淹れていると、いつの間にか背後にオレリアンさんが立っていた。「うわぁ」と情けない声をあげると心地のいいテノールで笑われた。
「すまんすまん、仕事柄癖で。驚かせてしまったね。君はラフィネの弟子といったところかな」
「申し遅れました」
お湯が沸いたのと同時に火を止めて彼に向き直る。
「僕はスヴニールといいます。一年ほど前から先生の元で働かせていただいています」
「しっかりした子だ。お前とは大違いじゃないか」
ラフィネさんへ向けてわざと大声で言う彼。
「あの…オレリアンさんは先生とどういう」
二人にそれぞれ珈琲と紅茶の入ったカップを手渡すと、同時に返答がかえってきた。
「ストーカーと被害者です」
「旧知の仲だ」
二人の間には大きな認識の違いがあるようだ。
それを聞いたラフィネさんが信じられないと言った表情ですかさず反論した。
ラフィネさんの言い分によると、無罪の彼を過去に捕まえ牢獄へ入れたというのはオレリアンさんの先祖だそう。それ以降オレリアンさんの家系は何かあるごとに、ラフィネさんを捕まえようとこの店にちょこちょこ顔を出しては彼を見張っているらしい。
「オレリアンが一人寂しく死んでくれればそれも途絶えるんですが」
清々しいほどに放たれた暴言を、これまた見事に受け流すオレリアンさん。それどころか、彼はつんとするラフィネさんと肩を組もうとさえしている。華麗にかわされているけれど。
「そんなことを言ってくれるな。俺は単にお前と仲良くなりたいだけさ。その気持ちに表も裏もないぞ」
嘘を言っているようには見えない。なんていい人なんだ。
「胡散臭いですね」
あんたがそれを言うか。
「最初から裏なだけでしょう」
「今日だってお前に頼みがあって来ただけなんだ」
一切の表情をなくし、冷ややかに答えるラフィネさん。
「魔法については何もお教え出来ることはありません。私は中立な立場…というよりどちらの味方をするのも御免なので」
「確かに魔法には国としても、俺個人としても興味がある」
オレリアンさんの親しみやすい表情は変わっていないけれど、目が先程よりも真剣さを帯びていた。
オレリアンさんは騎士として、こちらの国に亡命してきた半魔法使いに戦闘への協力を要請しているらしい。なかなか半魔法使いたちが名乗りをあげないのは当然だと彼も重々承知の上で、それでも人間側が不利な戦況をどうにかして変えたいと考えていた。
真摯に語るオレリアンさんの話に聞き入っていると「威圧的になってしまったな」と穏やかに笑った。
「威圧的であること声が大きいのは直りませんよ。職業病なんですから」
「まあ団長やってるとな、指令を出したりとか尋問したりとか色々」
「騎士って…騎士団長さんなんですかッ?」
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