第35話 受取人不明の魂柱

 屋敷に戻った後、夕食を摂りながらラフィネさんにクロシェットさんと彼女にヴァイオリンを教えたという謎の女性について話した。それまで興味なさそうに聞き流されていたけれど、僕が「オンド」という言葉を口にした途端彼は話に前のめりになった。



「今オンドと言いましたか?」


「は、はい。言いましたけど…それがどうかしたんですか」



ラフィネさんは席を立ち、店の前に並べられている受取人のいない作品たちをひとつひとつ見て回り、何かを確認している。



「どうしたんです、急に」


「ここにないとなると…」



僕の声など聞こえていないようだ。ラフィネさんは僕の問いかけを無視して、作品を置いている机の引き出しを次々と開けていく。



「ああ、ここにありましたか。確かこれが」



彼が手にしているのは小さな箱。僕にも見えるように床に膝をつくと、彼はポケットから取り出した白手袋をはめて箱の蓋を丁寧に開けた。



「これは……小枝?」



少し透き通ったそれは、透き通っているという特徴を除けばどこからどう見てもただの小枝にしか見えない。



魂柱こんちゅうですよ」


「こんちゅう?」


「ヴァイオリンを奏でる上で大事な役割を果たす歯車、とでも言っておきましょうか」



ラフィネさんの説明曰く、魂柱とは、ヴァイオリンの内部で表板おもていた裏板うらいたの間に立てられた円柱形の木の棒のことをいうようだ。



「でもなぜ魂柱なんでしょう?」


「それよりもスヴニール君、ここを見てください」



箱には『鈴を転がすような声で笑う可愛い子へ オンドより』と書かれている。



「これって…?」


「恐らくオンドさんがクロシェットさんに渡したかったものでしょう」



要領を得ず首を傾げていると、ラフィネさんは一から説明してくれた。

 つまりこういうことらしい。

 ラフィネさんは随分と昔に人間の国へ逃れた一人の魔法使いの女性の依頼を受けたという。彼女の名前はオンド、波紋という名の女性だ。名前と同じように、一粒の雫からいくつもの輪が広がるような繊細な演奏をする女性だったそうだ。

 彼女は自分の命がそう長くないことを悟り、窮屈に感じる魔法使いの国ではなく見知らぬ人間の国へ逃れ、人間の国にある自然豊かな森の中でひっそりと暮らしていたらしい。一人寂しく死を待つようなそんな毎日に、迷子の少女が一人。



「もしかして、その少女は彼女から一ヵ月間ヴァイオリンを習ったと言いたいんですか?」


「流石スヴニール君、正解です」


「そんな偶然あるんですね…」



演奏会の後にクロシェットさんたちと何を話していたのか僕がラフィネさんに話したことで、彼の中で全てが繋がったようだ。



「病に侵されながらも、彼女は必死に私へ依頼をするために来店しました。名前も知らない、けれど一ヵ月自分を幸せな気持ちにしてくれたヴァイオリンの才を感じる少女に何かを残したくて」


「詩的に話さないでください」



そこで頼まれたのが、自分の骨でヴァイオリンの部品を作ってほしいというものだったそうだ。



「依頼主が魔法使いであることはすぐにわかりましたので、まずは危険性について説きました」


「危険性?」


「ええ」



魔法使いの骨は人間とは異なる色。そのために、人の目に触れればただ珍しいと思われるだけかもしれないが、魔法使いの目に触れればそれだけで戦争の火種になりかねなかった。



「魔法使いを殺したその骨で作ったものを人間が持っている、と知られればクロシェットさんは愚かそれを作った私まで目をつけられてしまう」


「自分の心配ですか」


「当たり前です」



ラフィネさんのこういうところは呆れてしまうが、確かに危険だ。そうでなくとも関係性の悪い魔法使いと人間の国のことだ。魔法使いの骨を使ったヴァイオリンなんかがもしも魔法使いの目にとまってしまったらと思うとぞっとする。正式な依頼を通した作品であっても、それを一度誤解してしまった魔法使いに説明するのは難しいだろう。



「その可能性については彼女も十分承知していたようで、だから魂柱を作れと」



ヴァイオリンを傍から見ただけでは見えない場所に位置する部品である部品、だからオンドさんは魂柱にしてほしいと依頼してきたのだろう。



「ヴァイオリンについてはさっぱりだと話したら、魂柱の作り方のいろはを叩き込まれましてね。果たして良質な木材で作る魂柱と骨で作った魂柱が同じ役割を果たせるかどうかは疑問でしたが、その点については心配されていないご様子でしたので依頼主ですし彼女に従いました」



苦笑するラフィネさん。オンドさんの納得のいく魂柱を木材で完成させられるまで、彼は延々と魂柱作りをさせられたらしい。先が長くない彼女は鬼気迫っていて、段々と厳しくなる指導のもとラフィネさんは黙々と魂柱を作り続けたらしい。



「オンドさんの依頼を受けた年は、恐らく骨よりも木材を触っている時間の方が長かったでしょう。骨を触らせてもらえず魂柱を作り続ける日々…あんなのは二度と御免です」



少々憤りながらも彼は懐かしそうに透き通る魂柱を眺めていた。丁寧に箱にしまうと、視線をこちらへ向けた。



「オンドさんが亡くなられた後、彼女の骨を魂柱にするのには流石の先生も緊張されたんじゃありませんか?」


「それはもう。彼女、私が骨で魂柱と呼べる魂柱を作れなかったら必ず化けて出るに決まっています。そうしたら何をされるかたまったものではありません」


「先生のことです、見事に魂柱を仕上げられたのでしょう?」


「当たり前じゃあないですか。骨の魂柱を完成させ安堵したのも束の間、肝心のこの作品を差し上げる相手がわからずずっとこの店に保管していたんですよ」



 オンドさんは魂柱を贈るための箱に宛名を書いたと話していたからラフィネさんも油断していたらしい。彼女自身もその少女の名前を知らなかったため、箱に書かれていたのは本名ではなかった。



「けどいつもの先生ならその宛名確認しますよね?」


「魂柱作りの練習ばかりさせられていたせいで、どうかしていたのでしょう」



箱に書かれた宛名には『鈴を転がすような声で笑う可愛い子へ』とだけしか書かれていない。これだけの手がかりでは、例え半魔法使いのラフィネさんであってもこの名前が指す人物を探し出すのは難しいだろう。



「でもこれでやっと渡せるじゃないですか」


「ええ。スヴニール君の話を聞いてこの作品を渡すべき人物が恐らくクロシェットさんであることはわかりました。彼女の言う恩師の名前もオンドというようですし。しかし万が一別人だと困るので、クロシェットさんに明日確認をとりましょう」



クロシェットさんがヴァイオリンを習ったのが本当にオンドさんであるのか確認するために、彼女に話を聞きにデュボワ宅へ行こうということで話がまとまった。

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