Demande 依頼
第16話 遠方からの来客
屋敷中の掃除を終えると、ラフィネさんがティータイムにしようと紅茶を淹れてくれた。
あれから二月ほどが経つけれど依頼人は一度も訪れていない。
その間僕は毎日勉学に励み、空いている時間は全て掃除や読書に当てていた。
「そう言えば、おもちゃ屋の店主と君の育ての親に手紙は書けたんですか」
ケーキスタンドからフィナンシェを一つ摘まむ彼に尋ねられ、書いた手紙を見せる。
「よく書けていますね」
「はい、先生のおかげです」
彼に教わりながら蝋を垂らし、封蝋印で封を閉じる。美しく咲くイリスの印が浮き出す。
「紅茶が冷めてしまいます。早く戻りましょう」
「だからティータイムの後でいいですって言ったじゃないですか」
「君が早く手紙を出したさそうにしていたから先に教えて差し上げたんでしょう?」
「あはは…顔に出てしまってましたか。すみません、すぐに出してきます」
この屋敷のある森から少し行ったところに、この森つ近に住む人が出したい手紙を入れるボックスが設置されている。
郵便局はもう少し町に出ないとなく、毎日朝夕に郵便屋さんが馬車を使って郵便局までこのボックスごと運んでくれる仕組みになっている。
どこへ行くにも不便な辺鄙なところに屋敷があるから、買い物をする時は一月に一回ラフィネさんと馬車で町まで出向いていた。
郵便屋さんだけがわざわざこんなところまで足を運んでくれる。ありがたい話だ。
ボックスに手紙を二通投函し、急いで屋敷へ戻ろうとしたところで不意に声をかけられた。
「パードン、ムッシュー」
振り返るとさっきまで誰もいなかったところに人が立っていた。大きな包みを担いだ大柄な男と、マントを取る青年。
「この辺にマガザンアンティキテロン・ドルミールがあるという話を聞いて伺ったのですが、どこにあるかご存知でしょうか」
これは、と思い彼らをそのまま屋敷へと案内する。
「先生、依頼人の方です」
奥のテーブルへ向かってそう声をかけると、ティーカップとソーサーを持ち優雅に現れるラフィネさん。
「丁度新しいお茶を淹れたところです。お話、店主であるこのラフィネが聞きましょう」
男が当たり前のように椅子を引くと、青年もまた当たりといったように引かれた席についた。男は彼の後ろに控えている、というより背後を守る護衛のような風貌だ。周囲を警戒しているのか、男からはピリついた雰囲気を感じ取れた。
「えっと…」
彼にも紅茶の入ったカップを給仕しようとしていただけに、それを持て余してしまう。すると「せっかくのご厚意だ、お前も座りなさい」と青年が促し、彼もすぐさまその命に従い「失礼します」と静かに隣の席へ腰かける。
よく見ると二人のマントのボタンにはフルール・ドゥ・リスの模様が描かれていた。二人は間違いなく王族関係の方々だ。
「…取り繕ってもいずれ明らかになってしまうことなので正直にお話します。私はこの国の王子、セルメント・ドゥ・コントロレと申します。こちらは私の信頼のおける部下です」
王子様と彼を護衛する部下さん、ということは城のある城下町から何ヵ月もかけて遥々やって来られたのか。
「貴方の部下は半魔法使いですね。先に申し上げておきますが、用件が魔法に関することでしたら残念ながらお力にはなれませんよ」
美しい顔で称える笑み、しかしその目は一切笑っていない。どうしてラフィネさんはあの人が半魔法使いってわかるんだろう。
「彼も君と同じなのかい?」
「…そのようです」
「そう。失礼しました、貴方が半魔法使いであることを今しがた知りました。無礼をお許しいただけますか」
どうやら本当に知らなかったようだ。しかしラフィネさんはまだ警戒しているようで、鋭い目つきで彼を疑るように睨んでいる。
「ですがご安心ください、私は別の用件でこちらに参りました」
彼は席を立ち、床にそっと置いていた包みを丁寧に広げる。幾重にも重なる布の上に、痛々しい傷がいくつもある骸が横たわっているのが露わになった。
「彼女の名はサンセリテ。彼女の骨で作品を作っていただきたいのです」
とっくに麻痺しているラフィネさんは、手に取ったマドレーヌを皿に戻した僕の代わりにそれを摘まみお得意の胡散臭い笑みを浮かべた。
「そういうことでしたら、詳しくお話をお聞かせ願えますか、プランス・セルメント?」
この豹変っぷり、さっきまでの警戒と疑いはどこへ行ったんだ。ほんと、この人はお金に目がないなぁ。
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