第17話 サンセリテとの出会い
横たわる骸、サンセリテさんと彼は五年ほど前に出会ったという。
「サンセリテとは騎士入団試験の日、中庭で知り合ったのです」
彼女は女性であることを理由に夢である騎士を諦めたくはないと、彼を王子だとは知らずに打ち明けたという。
夢を語る彼女を輝かしく思った彼は後日、試験結果を騎士団長に尋ねたらしい。当然彼女は不合格とされていた。ただ女であるというだけで。
しかし騎士団長は悔しそうに嘆いたそう。
「あいつには相当な剣技の才がありました。国王陛下がお許しにならないとわかっていましたので落とすほかありませんでしたが、私個人としては惜しいと思っています」
それを聞いた彼は彼女の身元を調べ、王の愚行を代わりに謝罪するため彼女の家へ赴いたという。
「サンセリテさんはなんて?」
「本来は騎士になれていたというほどの技量を自分が持ち合わせていたという事実に彼女は大喜びでした。理不尽な理由で入団出来なかったというのに…」
呆れたように嘆息する彼は、その時の彼女のことを思い出しながら話しているように見えた。その瞳が移しているのは現在ではなく、セピア色となった過去の情景。
店外から聞こえる小鳥たちのさえずりに現実に引き戻された様子の彼は「罵られると覚悟を決めていたのですが」と眉をハの字にして微苦笑し、少し表に出てしまった悲しみの色を誤魔化すようにカップを持ち上げた。
「いただきます」
「セルメント様」
「いい。この方々には私に毒を盛るメリットがない。例えあったとして、私はサンセリテのところに行くだけだ。何の問題もない」
部下と紹介された男はすっと伸ばした手を引いた。自分が毒見するつもりだったのだろうか。
彼はそれからサンセリテさんとよく会うようになったという。彼女の自宅や城下町のマルシェを歩きながら、人種や男女差別、貧富の差について自由に語り合ったそう。
「…王宮では思ったことを口にすることは勿論、思想や掲げる理想、考え方まで強制されるので」
二人のそんなささやかな、けれど自由で平和な時間はつい先日終わりを迎えた。国王である父親に知られるところとなり、彼女は捕らえられてしまったのだと険しい表情で話す。
「何の罪もないサンセリテを罰するために、あの男は彼女の素性を調べ上げました」
打倒魔法使いということしか頭にない国王だというのに、彼女の罪探しには躍起になっていたと吐き捨てるように言った。それも全て、息子である自分を思い通りにするため。
「彼女はこの国の外交に応じない国の生まれで、その純血でした。あの男はそれも踏まえてそれらしい諸々の罪をわざわざ偽り上げた」
敵国の侵入者あるいはスパイが無垢な王子に近づき誘惑した、という作り話を元に彼女を必要以上に罰したと言う。
「…それでサンセリテさんはそのお姿になってしまわれたんですね」
押し黙る彼は自責の念に苛まれているようだった。自分が彼女と関わらなければこんな事態を招くことはなかった、と。
裕福であれば何にも困らず幸せに暮らしているのだとばかり思っていたけれど、そんなことは全然なかったようだ。どんな身分であっても、どんな環境に身を置いていたとしても、誰でも同じように悩み苦しむことはあるんだな。
「私の依頼、引き受けていただけますか。お代は貴方が望むだけお支払いします」
「ええ勿論…と言いたいところですが、ご本人が依頼主でないとお受け出来ないのですよ」
「わかっています」と彼は笑った。この店の噂はサンセリテさんから聞いて知ったのだと話す。
「私の立場上、命を狙われることはよくありまして。没後骨があの男に渡ると思うと……ですから予め貴方に作品にしてもらえるよう依頼書もとい遺書を書いておいたのです。彼女も身寄りがなく同じように」
彼は胸元から一枚の手紙を取り出してラフィネさんに渡した。
「見張りの目がない彼女の家で書いていましたら、彼女も書くと言い出して…。その時の物がこれです」
「封を開けても?」と確認するラフィネさんに彼は深く頷いた。ボクもそれを横から覗く。
「殺伐とした世の中だ。もしどちらかが先に死ぬようなことがあれば、貴方に遺書を届けようと約束をしていたのです」
「…確かにサンセリテさんご本人が書かれた物のようですね」
「なぜわかるんですか、先生」
尋ねると「魔法だよ」と片目をつぶった。
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