第18話 僕と友人に

 日が暮れ始めたのを見て、彼らは「ご馳走様でした」と席を立った。



「今日はもう遅いですし、契約だけ終えたら失礼します」


「国に戻られるんですか?」


「いえ、この森で野宿しようかと…」



ラフィネさんに視線を送ると「それはいいですね」と、頭にはもう報酬のことしかない顔をしていたので、食器を片つけにキッチンへ行くふりをしながら彼の足を踏みつける。



「痛たた。うちのスヴニールが自分の部屋で良ければ泊まっていかないかと言っていますよプランス」



驚いたように振り返る彼の様子を窺うように改めて申し出る。



「王子様がよろしければ、ですが。部下さんもご一緒に」



結果、彼らは屋敷で一泊することとなった。

 僕の部屋に二セット布団を敷いて、部下さんと僕がそこに、彼にはベッドを使ってもらうことにした。



「私がそちらでなくていいのかい?」


「床で寝るのには慣れているので、どうかお気になさらないでください」



彼は困ったように眉を寄せ、「すまないな」と申し訳なさそうにしていた。



「夕食の料理、あれは美味だった」


「イワシのオイルサーディンを使ったパスタのことですか?」


「ああそれだ」



ぱっと晴れやかな表情で興奮しながらそう話す彼に思わず笑ってしまう。王子様にも子どものような一面があるのだな、と少々失礼だとは思いつつ可愛らしいなと胸中で感想をこぼした。



「どうしたんだい?」


「すみません、勝手に親近感が湧いてしまって。僕もあれ好きなんです」



不思議そうに首を傾げていた彼は「ぷっ」と笑いだし、次第に大笑いする。



「そんなことを言ってくれる人は初めてだ。サンセリテさえ王子だと明かした時には数々の無礼を許せと半泣きになって縋りついてきた。そんなこと僕は気にしないというのに」



彼は僕の手を取り、ベッドから身を乗り出した。



「君、名は何と言う。良ければ教えてはくれないだろうか」


「ス、スヴニールです」



その勢いに圧倒されながら自分の名を口にする。



「スヴニール…思い出という意味だね、言い名だ。いくつだろう?」


「来月十一になります」


「僕は十六だ。五つしか変わらないのだし、王子様という呼び方と堅苦しい言葉遣いはなしだ。スヴニール、僕と友人になってはくれないだろうか」



グイグイこられたけど、僕も小さい頃から周りには大人ばかりで、同じくらいの歳の子どもと接する機会があってもそれはみんなお客さんとしてだった。だから、友人と言える友人はこれまでいたことがない。だから…



「僕でよければ喜んで、セルメントさん」


「約束だ。ああそれと、さんもいらないよ。今日この時から対等な友人なのだから」



何か裏があるのか騙されているのか、あるいは弄ばれている。一瞬脳裏をよぎった考えは直ぐに霧散した。この人はただ純粋に、友人になろうとしてくれている。僕をまっすぐに見据える目が、彼の誠実さを物語っている。



「ウィ。よろしく、セルメント」



 その夜、セルメントとは様々な話をした。好きな季節に好きな色、昔の話や最近あった出来事の話。互いに貧富の差や立場の違いはあれど共感できることが多く、そんな彼との会話は楽しかった。話している最中急に返事が聞こえなくなり、ベッドを覗くと寝息を立てて眠ってしまっていた。



「王子はここまでの長旅の間、一度もお眠りになられていません。サンセリテさんをここに連れて来るまではと、気を張っておいででした」



肩に置かれた手に反射的に振り返ると、部下さんが布団から出ていつでも僕に襲い掛かれる体制でこちらを見下ろしていた。



「どうかそのままにして差し上げてください」



声を抑えてそれだけ告げると、再び布団へと戻っていく部下さん。セルメントの護衛をするのが仕事だから咄嗟に身体が動いただけなのか。

 殺気を放っていたことには特に悪気があったわけではなさそうなので言及しなかった。



「…てっきりもう眠っていたのかと」



尋ねても、返事がない。再び岩の如く口を閉ざしてしまったようだ。



「あの…聞いてもいいですか」


「半魔法使いであることでしょうか」


「それについては先生があまり話したがらないので、別の方から無理矢理に聞き出そうとは思いません。知りたいのは貴方のことです」


「私のこと…?。変わった方ですね、あなたは」



彼は言葉を選びながらセルメントとの関係を教えてくれた。



「私は…王子が幼少の身よりからお傍でお仕えさせていただいています」



半魔法使いで魔法使いにも人間にも馴染めずにいた彼を受け入れ、手を差し伸べてくれたのはまだ幼いセルメントたった一人だけだったそう。



「あの日から私はこの方に一生つき従うと誓った。王子の手を汚さないことが、私の存在意義」



王子が夜空に輝く月ならば、自分は水面に映るような波紋で姿を消す月だと彼は言った。



「王子は次期国王になられるお方。王子にとって邪魔な障害は私が代わりに除り去る」



例え水面が揺れても本物の月が揺らぐことはない。



「貴方のような方が常に傍に控えていると、その…貴方も狙われることがあるんじゃ?」


「普段は魔法で姿を消して過ごしているので、私の存在は誰にも周知されていません。ですからどうかご内密に…でないと貴方々を手に掛けなくてはなりません」


「大丈夫、言いませんよ」


「感謝します」

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