第15話 セルメント王子

 ラフィネさんは一通り話し終えると、空になっていたカップにお代わりを注いでくれた。



「そんな経緯があったのですね」


「ジャンティのように家族に何か遺したい、傍にありたいと願う人間が他にもいるかもしれないと思いましてね。人骨でもっと作品を作れるかもしれませんし、やってみようと思い立ったわけです」



紅茶にミルクを垂らしていると、彼は懐かしむように続けた。



「初めは葬儀屋と掛け持ちでやっていたのですが、ヴィーニュさんの紹介や、他にもどこで知ったのかロン・ドルミールへ訪れる方が増えたので葬儀屋の方はやめることにしたんです」


「葬儀屋よりも稼げるようになったんですね…」


「稼げることは素敵なことです。それに醜い生と違って、死は美しいですから」



妙な間に、ミルクを注ぐ手を止める。何も言えずにいると「さ、昔話はここまで」と言って彼は席を立った。

 時計を見ればもう九時を回っている。



「カウンターで店番を。依頼人がいらしたら呼んでください。私はアトリエにいます」


「わかりました」



髪を結いながらアトリエに向かうラフィネさんは何か思いついたように、肩越しに僕を振り返った。



「依頼人がいなければ本棚にある本を読んでいても構いませんよ」



そう言ってアトリエに入ってしまった。



「ミステリアスな人だな…」









―――その頃、王国では…



「あの女とはもう関わるんじゃない。わかったな」


「ウィ、父上」



セルメントは父親であるテール王にお叱りを受けていた。



「国王陛下、そろそろ」


「そうだな。セルメント、今日は自分の部屋から出るんじゃないぞ」


「…わかりました」



自室に戻る途中、廊下の奥から騎士が二人歩いてくるのが見えた。



「なあさっきの女、見たか?。可哀そうに」


「仕方ないだろ。王子さんに勝手に近づいたって話だし、あの身分じゃな」



壁沿いに等間隔で飾られている甲冑の影へ咄嗟に身を隠す。



「スパイって噂もあるけど、どこまで本当か。それなのにあんな仕打ちって…」


「ちょっと罪が重すぎると思わなくもないが、国王陛下の命令には誰も意見出来ないさ」



頭が真っ白になった。胃からせり上がってくるものを、口を押さえて必死に堪える。

 気づかれないように自室の方向とは異なる廊下を足早に進む。

 地下には拷問部屋というものが存在する。この城の醜い点の一つだ。

 本来なら近寄りたくないその部屋の重い扉をそっと押し開いて中を覗くと、中はしんと静まり返っていて誰もいないようだった。

 様々な拷問用の道具を蔑むように避けて歩きながら、ある拷問器具の前に立ち覚悟を決めて扉に手を掛ける。



「っ…サンセリテ」



無残な姿になった彼女を、下に落下した他の骸たちの中へ落ちないよう身体を支えながら外へ出してやる。

 頬をそっと撫で額にキスをしてからその身を幾重にも布で包み、染み出した血液が滴らないことを確認してから彼を呼ぶ。



「フィデル」



すると足元に、跪いた男が現れる。



「お呼びでしょうか」


「馬車を出せ。あの男からよく見えるようにな」


「国王陛下は現在、次の騎士出陣についての議会に出席されております。あのお部屋には窓がありません」


「そうだったな…。なら、あのいかにも馬鹿そうな奴らを使え」


「は」



 議会が行われている間では、険しい表情をした偉人たちが国王と共に騎士出陣についての議論を繰り広げていた。意見が二つに割れており一触即発の空気が漂う。



 「それでは騎士全体の危機になりかねないかと…」


「悠長なことは言っていられないのだッ。直ぐにでも上級騎士を」



話を遮るようにバンッ、ともの凄い音を立てて扉が開かれる。何事かと中にいた者たちの視線が全て扉へと集中する。



「国王陛下ッ」



憮然な表情を浮かべる国王の代わりに隣に座っていた側近がヒステリックに怒号をあげる。



「なんだお前たちは、議会の最中だぞ」



先程廊下を歩いていた二人の若い騎士は、顔を引きつらせながら腰を直角に曲げ頭を下げる。



「申し訳ありません。ですがセルメント様が…」


「あいつがどうした。言ってみろ」


「その、馬車で隣国へ向かっているようなのです」


「何だとッ」



 馬鹿な騎士二人を筆頭に追手が空の馬車を必死に追いかける様は滑稽だった。あの馬車に僕は乗っていないというのに。



「行こうか」



サンセリテを担いだ彼の肩に触れ、共に姿を消す。城下町の人間は誰も僕らのことは見えない。

 馬車とは正反対の氷山の麓の町へ向けて歩みを進める。

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