Le passe d'Raffine ラフィネの過去

第12話 この店を営む理由

 その夜はずっとピアノの音が響いて、二階にも僅かに聞こえていた。イストワールをピアノ演奏で聞くと本物、という感じがした。

 人気を博したことで有名になり、人々の生活の中でちょっとした時に思わず口ずさんでしまうような、馴染み深い曲。そういった曲は大抵、そうなるまでに長い時間がかかるものだ。想像もつかないほど昔に作曲された曲が今日まで人々に愛され奏でられているのがいい例だ。

 それなのにこの曲イストワールは、没後五十年も経っていないまだ若い女性が作曲したと随分前にモルガンおじさんが教えてくれた。

 少し切ない旋律で、柔らかい音階。高難度とされるそれは演奏できる人間が少なかった。それでも何としてでも弾けるようになりたいと、多様な楽器奏者たちが練習に躍起になるほどの素晴らしい作品だった。

 温かい毛布にくるまって眠りにつく。イストワールを耳にしながら見た夢では、両親と笑い合う自分の背中が見えた。手を伸ばしても、届かない過去の夢。

 翌朝、与えられた慣れない服を着て階下へと降りる。



「ボンジュール、スヴニール君。よく眠れましたか?」


「実はあまり…。少し両親のことを思い出してしまって」



ピアノの旋律のせいかもしれません、とラフィネさんは微笑んだ。



「イストワールはその名の通り、人の物語を奏でますからね」



イストワールはまるで人生そのもののように物語性のある曲だった。それであんな夢を見てしまったのかもしれない。

 キッチンで背を向けたままそんな話をするラフィネさん。



「教科書、確か昔私が独学用に使っていた物がカウンターの本棚にあります。紙とペンはそこの引き出しに。朝食の準備をしている間に、先に用意しておいてください」



手元を覗くとフライパンの柄を彼自ら持って煽っている。



「あれ、魔法…」


「君、今朝方に五度お手洗いに行ったでしょう」



流石に迷惑だったよな、と反省していると意外な返答が返って来た。



「魔法で作った飲食物は少々魔力が残ってしまうんです。原因はそれでしょう。今日からは手作りしますから、少し待っていてください」



手早く支度をするラフィネさんの後ろで立ち尽くす。良い性格してると思ったけど、優しい一面もあるんだな。

 朝食を終え、隣に椅子を持って来て座ったラフィネさんに文字の書き取りを見てもらっていた。



「そろそろ計算の方をやりましょうか。スヴニール君は呑み込みが早いですね」



教科書に書かれている問題を解いていてふと顔を上げると、僕の手元を伏し目がちに見るラフィネさんの美しい横顔が飛び込んできた。この人目鼻立ちも整っているし、勉強を教えるのも上手い。料理も出来てピアノも弾けて、魔法を使わなくても何でも出来てしまう。それなのにどうしてこんな森の中でひっそりと骨董品店を営むことを選んだんだろう。



「手が止まっていますよ」


「あっ、すみません」


「何か気になることでも?」



聞いてもいいかな、とペンを置いて彼と向き合う。



「先生はどうしてロン・ドルミールで物作りをしようと思われたんですか」



ラフィネさんはミルクティーに角砂糖を落として、ティースプーンで静かにかき混ぜた。



「それはね…」



窓の外へ向けて、彼は遠い目をした。

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